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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

6連

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 食事を終えたエミレスはリャン=ノウと共に自室の前まで来ていた。
 
「お風呂の準備が出来るまでちょっと休んどいてや? また後で迎えに来るから」
「え…でも今日は疲れちゃったからこのまま休みたい…」
「だーめ! 身体のケアは大事なことや。それに温浴はストレス発散にもなるんやで?」

 エミレスを強引に部屋へと押し込み、リャン=ノウはいつもと同じ明るい顔で話す。

「リャン」

 部屋を後にしようとドアノブを握っていた彼女を呼び止めるエミレス。
 「なんや」と視線を向けるリャン=ノウへ、エミレスははにかみながら言った。

「いつもありがとう」

 突然のお礼に目を丸くするリャン=ノウ。
 が、直ぐに破顔しエミレスの頭を強く撫で回した。

「当たり前やろ、エミレスはボクらの大事な姫なんやからな!」

 底抜けに明るい太陽の様な笑顔。
 幼い頃、突如この辺境の別邸で暮らすことになった彼女にとって、リャン=ノウとリョウ=ノウ大切な存在だった。
 憧れで信頼できる兄妹のような二人。
 そんな二人にエミレスの孤独な心は今日も救われている。
 感謝してもしきれないほどに。




「んじゃまた後でな?」

 部屋のドアを閉めたリャン=ノウは一人廊下を歩く。
 壁際に飾られたランプの灯りは弱く、そのため足場すら見えない程薄暗くなってしまっている。
 と、廊下の向こう側から聞こえてくる足音。

「疲れて帰って来てるというのに…少しはエミレス様の心情を察したらどうですか、姉さん?」

 そう言ってリャン=ノウを呼び止めるのは、色違いながらも同じ制服を纏った同じ顔の男―――リョウ=ノウ。

「ちゃんと考えとるやんか。あの子の場合一人で休ませるより食うもん食わせて和ませた方が良いんや」

 対抗するかのようにそう反論するとリャン=ノウは勝ち誇った笑みを浮かべて見せる。
 そんな態度が気にくわない様子のリョウ=ノウは僅かに眉を顰める。

「そうやってヘラヘラ笑って何も言わず強引に事を動かす…悪い癖ですよ。今回のお茶会もそうです」

 今度はリャン=ノウが眉を顰める。

「エミレス様を差置くような用事って何ですか? もしかして…何か裏で企んでいるんじゃないですか…?」

 姉の強張った表情を見つめ、今度はリョウ=ノウが勝ち誇った笑みを浮かべて見せる。
 双子であるにも係わらず、二人の性格は全く以って真逆だった。
 彼女が太陽のように皆へ輝くならば、彼は月のように皆を照らすほどに。
 しかし相反するも、双子だからこそお互いのことは誰よりもよく理解出来ていた。

「企みて、言い方悪いわー…。それにホンマに今日は知り合いと会う用事があって同行出来なかっただけや」

 口角を上げ、そう言うリャン=ノウ。
 その笑みに返すべく、リョウ=ノウもまた微笑む。
 だが、互いにその眼は笑っていない。

「アンタこそ、そのヘラヘラした笑い方止めといた方がええよ」

 そう言い残し通り過ぎていくリャン=ノウ。
 無言のまま、リョウ=ノウはそこに立ち尽くす。
 相容れぬ双子。
 互いをよく理解出来ているし、嫌いなわけでもない。
 だが、よく理解出来ているからこそ、好きにもなれないでいた。
 互いに腹の底に何かを隠していることを、誰よりも知っていたからだ。






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