78 / 302
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
6連
しおりを挟む食事を終えたエミレスはリャン=ノウと共に自室の前まで来ていた。
「お風呂の準備が出来るまでちょっと休んどいてや? また後で迎えに来るから」
「え…でも今日は疲れちゃったからこのまま休みたい…」
「だーめ! 身体のケアは大事なことや。それに温浴はストレス発散にもなるんやで?」
エミレスを強引に部屋へと押し込み、リャン=ノウはいつもと同じ明るい顔で話す。
「リャン」
部屋を後にしようとドアノブを握っていた彼女を呼び止めるエミレス。
「なんや」と視線を向けるリャン=ノウへ、エミレスははにかみながら言った。
「いつもありがとう」
突然のお礼に目を丸くするリャン=ノウ。
が、直ぐに破顔しエミレスの頭を強く撫で回した。
「当たり前やろ、エミレスはボクらの大事な姫なんやからな!」
底抜けに明るい太陽の様な笑顔。
幼い頃、突如この辺境の別邸で暮らすことになった彼女にとって、リャン=ノウとリョウ=ノウ大切な存在だった。
憧れで信頼できる兄妹のような二人。
そんな二人にエミレスの孤独な心は今日も救われている。
感謝してもしきれないほどに。
「んじゃまた後でな?」
部屋のドアを閉めたリャン=ノウは一人廊下を歩く。
壁際に飾られたランプの灯りは弱く、そのため足場すら見えない程薄暗くなってしまっている。
と、廊下の向こう側から聞こえてくる足音。
「疲れて帰って来てるというのに…少しはエミレス様の心情を察したらどうですか、姉さん?」
そう言ってリャン=ノウを呼び止めるのは、色違いながらも同じ制服を纏った同じ顔の男―――リョウ=ノウ。
「ちゃんと考えとるやんか。あの子の場合一人で休ませるより食うもん食わせて和ませた方が良いんや」
対抗するかのようにそう反論するとリャン=ノウは勝ち誇った笑みを浮かべて見せる。
そんな態度が気にくわない様子のリョウ=ノウは僅かに眉を顰める。
「そうやってヘラヘラ笑って何も言わず強引に事を動かす…悪い癖ですよ。今回のお茶会もそうです」
今度はリャン=ノウが眉を顰める。
「エミレス様を差置くような用事って何ですか? もしかして…何か裏で企んでいるんじゃないですか…?」
姉の強張った表情を見つめ、今度はリョウ=ノウが勝ち誇った笑みを浮かべて見せる。
双子であるにも係わらず、二人の性格は全く以って真逆だった。
彼女が太陽のように皆へ輝くならば、彼は月のように皆を照らすほどに。
しかし相反するも、双子だからこそお互いのことは誰よりもよく理解出来ていた。
「企みて、言い方悪いわー…。それにホンマに今日は知り合いと会う用事があって同行出来なかっただけや」
口角を上げ、そう言うリャン=ノウ。
その笑みに返すべく、リョウ=ノウもまた微笑む。
だが、互いにその眼は笑っていない。
「アンタこそ、そのヘラヘラした笑い方止めといた方がええよ」
そう言い残し通り過ぎていくリャン=ノウ。
無言のまま、リョウ=ノウはそこに立ち尽くす。
相容れぬ双子。
互いをよく理解出来ているし、嫌いなわけでもない。
だが、よく理解出来ているからこそ、好きにもなれないでいた。
互いに腹の底に何かを隠していることを、誰よりも知っていたからだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる