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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

3連

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 再度響くノックの音。
 今度は「失礼します」の声と共に扉を開けて、先ほどの女性―――基、リャン=ノウが姿を見せた。
 リャン=ノウは着替え終わったエミレスを見るなり、満面の笑みを浮かべる。

「めっちゃええやん、かわいーわ!」

 綺麗な装飾が施された淡い黄色のドレスを着ているエミレスは、リャン=ノウに絶賛されるなり顔を真っ赤にさせてしまう。
 嬉しさ、というよりエミレスは恥ずかしさで一杯一杯だった。
 しかし、勿論これが初めてというわけではなく。

「そんな…私には全然似合わないから…」

 毎度毎度、綺麗なドレスへ着替える度。
 彼女はそう言って羞恥心に胸が張り裂けそうな思いでいた。

「何ゆーてんの。もっと自分に自信持たなあかんて! こんなにかわいーのに!」

 俯くエミレスをリャン=ノウは力一杯抱きしめる。
 優しく温かな彼女の言葉。
 だがそんな言葉を何回聞こうとも、エミレスは否定せずにはいられない。
 全く以って、信じられないのだ。

「そんなことない…私は綺麗でも可愛くもないから……だから……」

 リャン=ノウを引き離し、強く頭を振るエミレス。
 その一方で、侍女たちはエミレスの言動には気にも留めずそそくさと退室していく。
 彼女達は次いで、お茶会へ出向くべく準備をしなくてはならないからだ。
 二人きりになる室内。
 だからこそ、余計にエミレスの胸の内が吐露されていく。

「…だからみんなから嫌われてる…だから…お兄様たちからも見放されているんだわ―――」

 と、感情を昂らせ始めるエミレスへ、リャン=ノウは食指でその口を噤む。
 続けて彼女はエミレスの頭を優しく撫でた。
 
「それはお門違いやってゆーとるやろ。スティンバル国王様たちは皆急がしいだけやって」






 エミレスが現在住む屋敷は、国の中心地である王都エクソルティスから遥か離れた東方の地にある。
 本来は避暑地で年に一度訪れるかどうかというこの地に、彼女は10年ほど前から世話係数人と暮らしていた。
 一方で唯一の兄スティンバル・タト・リンクス国王は王都に居る。
 かつてはとても優しかった兄だったが、離れて暮らすようになってから一度も会いに来てはくれない。
 今も欠かさず手紙を出し続けてはいるが、返事さえ来ることもない。
 そもそも、エミレスは何故自分がこんな遠地で暮らさなければいけなくなったのか。
 その理由を聞かされてもいなかった。
 だが、彼女は決して聞くことはしない。
 王都へ帰りたいとも言わないし、兄に会いたいとも言ったことはない。
 聞かずとも、エミレスは察してしまったからだ。
 愛しかった兄たちに嫌われているのだと。




「ほらほらっ。こないだも手紙出したばっかやし…今度こそきっと返事が来るはずやって!」

 笑みを浮かべ、リャン=ノウはエミレスを見つめる。
 エミレスはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。



 
 
 リャン=ノウに手を引かれるエミレスは屋敷の玄関へと辿り着く。
 そこでは既に侍女たちが待っており、赤絨毯の前で整列していた。
 エミレスが通ると腰を曲げ、「いってらっしゃいませ」と挨拶をする。
 赤絨毯を歩いたその先―――屋敷の外には一台の馬車とリョウ=ノウが待っていた。

「お待ちしていました。さ、お乗り下さい」

 リョウ=ノウは馬車のドアを開け、エミレスを車内へ案内する。
 そうして自分も馬車の中へと入り、静かにドアを閉めた。

「今回のお相手はここらを統治するお偉いさんのやからな。くれぐれも粗相のないようがんばりや! リョウもエミレスを手伝ったれや」
「了解しました」
 
 御者の手綱を叩く音が響き、馬車はゆっくりと進み始める。
 リャン=ノウはその馬車が地平線の彼方に消えるまでずっと手を振り続け、応援の言葉を叫んでいた。
 





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