そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

64話

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「―――そう言えば、その子の母親ってやっぱりリンダさん…?」
「ああ、リンダとの娘だ―――ナスカ」

 フルトは未だ隠れてしまっているナスカの方を覗き込み、優しく微笑む。
 アーサガは紹介を兼ねてナスカを前に出そうとするものの、すっかりと拒絶してしまっている。
 彼が見たことのない程に煌びやかな装飾のマントを羽織っているせいか、はたまたブムカイとはまた違う笑顔を終始作っているせいなのか。
 緊張と不安によってナスカは父の背に引っ込んだまま、フルトへ顔を向けようとしなかった。
 仕方なく、フルトは俯く彼女の頭を優しく撫でるだけにした。

「きっとアーサガよりもリンダさんに似るね。そのときはどう? 甥っ子を紹介するよ」
「断る」

 アーサガにそう即答され、フルトは「そう言うと思った」と、これまでとは違う笑い顔を浮かべて言った。




「ところで、此処に来たのには理由があるんでしょ?」
「お前はどうなんだ?」
「僕は姉さんに退位の報告で…それと、アーサガに会えたらなって思って」

 彼は全てを見透かしたような顔でアーサガを見つめる。
 言葉には出さないがアーサガも彼と同じ心境であった。
 頭を掻き、軽くため息を洩らすとアーサガは近くの壁へ寄りかかった。

「お互い似たり寄ったりってことか…」
「流石幼なじみ同士ってことだね」
「ただの腐れ縁じゃねえか」

 クスクスと自然な笑みを浮かべて笑うフルトは、アーサガの後を追い、隣へ並ぶ。
 ナスカはその辺で遊ぶように言った。
 放置されたナスカはどうしようかと暫し呆然としていたが、不意に何かの遊びを見つけたようで、それに夢中になって近くにしゃがみ込む。
 娘の無邪気な様子を眺めつつ、アーサガは静かに口を開き、語り始めた。
 この数日間の出来事―――ジャスミンとの再会と決着についてを。





 全てを粗方話し終え、ゆっくりと息を吐き出すアーサガ。
 フルトは僅かに眉を下げると。
 そして、疲れたのかアーサガの隣に並び、壁に寄りかかる。
 彼は少しばかりの間瞼を閉じた。

「……多分僕のせいかもしれない」
「なんでだよ?」
「一度だけ……一年程前にジャスミンさんと会ったんだ…」

 意外な言葉にアーサガは目を見開く。
 多忙である現国王が闇に生きてきた中年女性とどうすれば再会出来るのか。
 しかしその方法はとても簡単なものだった。

「此処で…偶然出会ったんだよ」

 一年程前のその日。
 今回のように―――だが今回とは違い偶然にフルトはジャスミンと此処で出くわしたと話す。

「ジャスミンさん、大病を患ってもう長くないって話してくれてさ…だから最後にアドレーヌのことを聞きたいって…」





 薄暗い小雨の夜。
 偶然と言うには彼女の身体は随分と濡れていた。
 大病という話もアドレーヌの真相を聞くべく付いた嘘かもしれないが、今となってはそれが真実かどうかは定かではない。

「それで話してしまったばかりに…彼女はそんな凶行を……僕のせいだ、申し訳が立たないよ」
「お前のせいじゃねえ。どう考えてもアイツの身勝手な行動のせいだろうが」

 俯き落胆するフルトへ、アーサガはそう言う。

「それでも、僕にとってジャスミンさんは母親のような存在だったから…追い込んでしまったなら哀しいよ」
「哀しいものか?」
「そうだよ。だって彼女はいつだって僕や君たちにだって優しかったじゃないか」

 そう言ってフルトは笑みを見せた。







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