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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

60話

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 *



『ナスカ〈愛する純白の天使〉…って意味? すっごーい! ちゃんと考えてるじゃない! 気に入ったわ、それにしましょう―――貴方は今日からナスカよ』



 *



『ねぇ…兵器って……いつなくなるの? なくなったら、私たちは幸せになれるの?』

『ああ…兵器がこの世からなくなったとき…約束を果たした瞬間……それが俺たちの幸福のときなんだ……』

『…馬鹿。解ってないわ、アーサガ……貴方には幸せが何処にあるのか…それが解ってない!』



 *



『リンダ!!』

『どう、しよう…こんなとき、何を話したら言いか…わからないよ…』

『バカ、何も喋るな!』

『…ごめん、ね、ナスカ…もっといっぱい話し、たかった……アーサガ…ナスカ…を―――』



 *



『兵器の偶発的な事故だとよ。お前、自分のせいとか思うなよ』

『…』

『ナスカちゃんは…どうするんだ? なんだったら俺の知り合いに頼んでも…』

『俺が育てる。あいつは俺の子だ。手出しはさせねえ』

『…ま、いいけど。無理だけはさせんなよ?』



 *



『ほーら、パパって言ってみてナスカ?』

『マ、マ』

『うーん…なかなか言ってくれないね…』

『良いだろ別に。そう困る事でもねえし』

『でももうそろそろ言えても良い年頃だと思うんだけど?』

『心配すんじゃねえって。俺とお前の子に問題なんかあるわけねえだろ?』

『そうかもだけど―――』

『―――パ、パ』

『え?』

『パ、パ』

『ほら見たろ? 俺らの子供なんだ、変な心配しなくてもちゃんと育つんだよ』

『……そう言っときながら、本当はやっと呼ばれて嬉しいんでしょ?』

『はあっ!? んなわけねえだろ』

『どうだかね~』

『パ、パ』

『…でも、やっぱり親子だから繋がってるんだよね、私たち』

『どういう意味だ?』

『それくらい自分で考えてみなよ、パパ!』

『パ、パ!』



 *

 






 瞼に当たる日光の眩しさに眉を顰め、「むう」と声を洩らしながら、ハイリは重い瞼を開けた。
 おもむろに目を擦ろうとしたが何かがぶつかり、それが眼鏡のレンズだと気づくのに時間は掛からなかった。

「…んぅ……そうか。此処で寝ちゃったんだ…」

 ずれていた眼鏡を掛け直し、ハイリはゆっくりと身体を起こす。
 机の固い感触から離れると、今度は冷たい空気が彼女の体へと当たる。
 本来ならば相部屋の同僚と同じく別室で寝るつもりであったが、疲労のせいかいつの間にか机に突っ伏して眠ってしまったと思われた。
 すっかりと凝り固まってしまった体を伸ばすと、ハイリは柄にもなく大きな欠伸をつい洩らしてしまう。
 と、その瞬間に彼女は自分の失態に気付き、直ぐにその体勢を止めた。

「ア、アーサガさん! あの、その…欠伸と言うのは脳を休ませるための行為と言われていましてだから自然と漏れ出たものなので―――」

 頬を紅潮させながら、ハイリは早口でそう説明しベッドの方へと振り返る。
 だが、振り返ったその先には皮肉る父親も、天使の様な寝顔の少女もおらず。
 綺麗に畳まれた布団だけがあった。

「…え?」

 目を丸くさせるハイリは、パサリ、と落ちた何かに気がつき目線を落とした。
 彼女の背中から落ちたそれは、ベッドにあったはずの掛け布団だった。

「これ……アーサガさんが…?」

 本来ならアーサガとナスカがいるはずだった、もぬけの殻の場所。
 掛け布団をしばし眺めてから、おもむろにもう一度ベッドを見つめる。
 騒々しかったこの短期間。
 余りにも色々なことが起こり過ぎて、濃厚過ぎたこの時間。
 そんな二人が行ってしまった―――居なくなったんだと、静かな空間が流れてからハイリはようやく気付いた。
 やっと、という解放感。
 呆気ない、という虚無感。
 それが同時に押し寄せてきて、彼女の胸は自然と熱くなっていく。

「狡いですよ……そういう去り方は…!」

 もやもやとした感情と暫く葛藤した後、ハイリは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
 次いで窓の外を眺める。
 日はまだ昇りきっていない。
 淡いうす紫色の空だ。
 まだ朝だと言うことを確認すると、彼女は急ぎ駆け出し、扉も開け放ったまま外へと飛び出していった。






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