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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

59話

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 その後は暫く静かだった。
 静寂とした雰囲気の中、唯一窓硝子に風が当たる音だけが聞こえてくる。
 そんな沈黙の心地良さに一人浸っていたハイリ。
 しかし、おもむろにアーサガが口を開いた。




「結局、親と子の関係ってのが…わからないままだ」

 突然の、独り言のような彼の言葉に首を傾げるハイリ。

「親と、子。ですか?」

 血縁関係。
 生むのが親で、生まれるのが子。
 おたまじゃくしとかえる。
 その関係について、辞書から調べ上げた言葉で述べて良いのならば、いくらでも説明は出来る。
 だが、彼が求めていることはそんな理屈で並べた言葉ではないと察し、ハイリは沈黙したまま眼鏡の蔓を押し上げる。

「俺に両親と呼べる奴がいなかったせいとは言わねえが……他人ではないけど他人のようで、親がいなくても子供は成長する。裏切られても愛しい相手―――どんな言葉で言われても、結局俺は何も理解できねえみたいだ…」

 彼にしては珍しく饒舌で、目線は自然と窓の向こう―――その景色へと向く。
 夜空は数多の星が煌めき、更に上空では月が輝いていた。

「私は…両親は健在ですが、どう説明すれば良いのか言葉が見つかりません。大戦時中は苦しい環境下で育ててくれたことにとても感謝していますが…軍人になることを反対された時はとても苦しい分厚い壁の様な存在に思うこともありました」

 俯いたまま、そう語るハイリ。
 彼女の身の上話は初めて耳にしたが、このご時世そう言った話自体はアーサガもよく聞いていた。

「けど、つまりはそういうことなのかもしれません。そう簡単に説明できるものじゃないんですよ、親と子の関係なんて」
「模範解答みたいなことしか言えないお前がそう言うとはな」

 アーサガにそう言われ、ハイリは眉を顰め彼を睨みつける。
 が、隣でぐっすり寝ているナスカがいるため大声で怒る事も出来ず。
 歯がゆさに彼女は口をへの字に曲げながら閉じる。
 そんな様子を見つめ、アーサガは緩む口元を手で隠しながら付け足した。

「だが、そんなお前がそう言うんだから、そんなもんなのかもな」

 直後、顔を紅くさせるハイリ。
 しかしそれには気付かず、アーサガはナスカの掌が何かを求め動いていることに気付く。
 そっと娘の傍へ近づき、彼はその手を優しく握ってあげた。
 無意識に緩く握り返すナスカの手はとても温かく、そして柔らかい。

「親らしく、なんてのは解んねえけど…こいつが泣いたときに湧き上がった―――あの感情だけは、それが何か解らなくても、忘れたくはねえ…」

 と、ナスカとアーサガの手へ重ねるように白く透き通った掌が重なる。
 一瞬、彼女の幻覚が見えたかと鼓動が高鳴るアーサガ。
 だが見上げた先にあったのはハイリの笑顔だった。
 アーサガと目を合わせたハイリは微笑みながら答えた。

「そうですね…その感情と繋がりをいつまでも忘れないでください」 

 夜空の月は白く輝き、その柔らかい光は地上へと注がれる。
 風は次第に穏やかなものとなり、そよ風が優しく草木を揺らす。
 ようやく得た静かな夜が、静かに更けていく。








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