そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

56話

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「―――ナスカは…どこにいるんだ?」

 おもむろに、どこか尋ね難そうにアーサガが口を開いたのは、それから少し後のことだった。
 目が覚めた直後には彼女の心配をしていたアーサガ。
 しかし今の彼は娘について、戸惑っている様子であることはハイリも薄々感じていた。
 俯くアーサガへ、ハイリは答えた。

「…基地内にある寮の…私の部屋で、現在は相部屋の方に任せています――医療部隊所属なのでその辺りのケアは心配要りません」

 そう言うとハイリは立ち上がり、カーテンをゆっくりと開ける。
 窓から射し込む外の明かりは眩いほどに白く、基地を照らしているようであった。
 遠くから聞こえてくる鳥の囀りと、太陽の位置から今が朝方であるとアーサガは冷静に推測する。
 その反面娘について、どうするべきか決心がつかず、額に手を当て深く悩んでいた。

「…ナスカちゃんに会いに行きますか…?」






 ジャスミンの話した事実は、全てが真実でないにしろ、全てが虚言というわけでもない。
 そんな話を聞かされ、ナスカは父を恐怖しただろう。
 軽蔑しただろう。
 恨んでいるだろう。
 そう考えてしまえばしまうほど、彼は今まで相手にしたどんな賊よりも―――ジャスミンと対峙したときよりも、身が竦んでしまう。
 未だに、ナスカの呟いた言葉が脳裏から離れずにいる。

『いや…』

 後退りし、まるで父を否定するかのようなナスカの姿。
 あまりの絶望のせいか、このときの娘の顔もアーサガは見られなかった。
 俯いて、震えていた娘の姿しか覚えていない。

(てめえの身勝手な行動で連れ回しときながら、手元から離れそうになった途端こんなにも竦んじまうとか…酷い父親だな…)

 もう一度会って娘から否定されたとき、そのときこそアーサガは全てを失うことになるだろう。
 アーサガは暫く悩み沈黙し、そして――ー。




「ナスカに会わせてくれ」

 未だ娘の頬を打った感触が拭えない―――その掌を強く握り締め、アーサガは言った。
 




 アーサガは松葉杖とハイリの手を借りて、軍基地の敷地内にある女性寮へ向かっていた。
 本来は男人禁制だが、ブムカイから特別に許可は貰っていた。
 ハイリが宛がわれている部屋は、3階の一番奥にある二人用の部屋であった。

「この奥です」

 ハイリの先導で彼女の部屋の扉を見つける。
 浅くなっていた呼吸を静かに深く繰り返しながら、アーサガは彼女が開ける扉の先を見つめる。

「ナスカ…」

 扉の向こうにあった二つのベット。
 その一つにナスカは座っていた。
 何もしている様子はなかった。
 だが、扉が開いた音に驚いたのだろう。
 彼女は脅えた顔でアーサガたちを見ていた。
 そして、アーサガと目が合うまでに時間がかからなかった。
 
「あ…ッ…」

 ナスカはアーサガと瞳を交え、直ぐに逸らした。
 その表情は既に恐怖を物語っている。 
 アーサガは一旦躊躇して足を止めた。
 が、背後にいるハイリへの建前もあってか直ぐにまた、一歩足を出した。
 踏み出された足音と共に、ナスカは脅えたように肩を竦める。
 青ざめた顔がそこにはある。
 アーサガは顔を顰め、反らした。

「…い、や…」

 母を―――愛する家族を見殺したと聞いて、恨みや恐怖を抱かない者はいないだろう。
 アーサガ自身も、それは理解出来る感情だった。
 
「…」
「アーサガさん…」

 アーサガは静かに踵を返した。
 娘が拒絶する以上、一緒にいることなど出来ない。
 何より、アーサガ自体が耐えられそうになかった。

「悪い…ナスカのことを頼む」

 おそらく、二度とあの子の笑顔も寝顔も見ることは出来ない。
 そう決意を固めたアーサガは、ハイリへと視線を移す。
 彼女もまた、悲痛を訴える顔でアーサガの事を見ていた。

「アーサガさん…」








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