58 / 310
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
56話
しおりを挟む「―――ナスカは…どこにいるんだ?」
おもむろに、どこか尋ね難そうにアーサガが口を開いたのは、それから少し後のことだった。
目が覚めた直後には彼女の心配をしていたアーサガ。
しかし今の彼は娘について、戸惑っている様子であることはハイリも薄々感じていた。
俯くアーサガへ、ハイリは答えた。
「…基地内にある寮の…私の部屋で、現在は相部屋の方に任せています――医療部隊所属なのでその辺りのケアは心配要りません」
そう言うとハイリは立ち上がり、カーテンをゆっくりと開ける。
窓から射し込む外の明かりは眩いほどに白く、基地を照らしているようであった。
遠くから聞こえてくる鳥の囀りと、太陽の位置から今が朝方であるとアーサガは冷静に推測する。
その反面娘について、どうするべきか決心がつかず、額に手を当て深く悩んでいた。
「…ナスカちゃんに会いに行きますか…?」
ジャスミンの話した事実は、全てが真実でないにしろ、全てが虚言というわけでもない。
そんな話を聞かされ、ナスカは父を恐怖しただろう。
軽蔑しただろう。
恨んでいるだろう。
そう考えてしまえばしまうほど、彼は今まで相手にしたどんな賊よりも―――ジャスミンと対峙したときよりも、身が竦んでしまう。
未だに、ナスカの呟いた言葉が脳裏から離れずにいる。
『いや…』
後退りし、まるで父を否定するかのようなナスカの姿。
あまりの絶望のせいか、このときの娘の顔もアーサガは見られなかった。
俯いて、震えていた娘の姿しか覚えていない。
(てめえの身勝手な行動で連れ回しときながら、手元から離れそうになった途端こんなにも竦んじまうとか…酷い父親だな…)
もう一度会って娘から否定されたとき、そのときこそアーサガは全てを失うことになるだろう。
アーサガは暫く悩み沈黙し、そして――ー。
「ナスカに会わせてくれ」
未だ娘の頬を打った感触が拭えない―――その掌を強く握り締め、アーサガは言った。
アーサガは松葉杖とハイリの手を借りて、軍基地の敷地内にある女性寮へ向かっていた。
本来は男人禁制だが、ブムカイから特別に許可は貰っていた。
ハイリが宛がわれている部屋は、3階の一番奥にある二人用の部屋であった。
「この奥です」
ハイリの先導で彼女の部屋の扉を見つける。
浅くなっていた呼吸を静かに深く繰り返しながら、アーサガは彼女が開ける扉の先を見つめる。
「ナスカ…」
扉の向こうにあった二つのベット。
その一つにナスカは座っていた。
何もしている様子はなかった。
だが、扉が開いた音に驚いたのだろう。
彼女は脅えた顔でアーサガたちを見ていた。
そして、アーサガと目が合うまでに時間がかからなかった。
「あ…ッ…」
ナスカはアーサガと瞳を交え、直ぐに逸らした。
その表情は既に恐怖を物語っている。
アーサガは一旦躊躇して足を止めた。
が、背後にいるハイリへの建前もあってか直ぐにまた、一歩足を出した。
踏み出された足音と共に、ナスカは脅えたように肩を竦める。
青ざめた顔がそこにはある。
アーサガは顔を顰め、反らした。
「…い、や…」
母を―――愛する家族を見殺したと聞いて、恨みや恐怖を抱かない者はいないだろう。
アーサガ自身も、それは理解出来る感情だった。
「…」
「アーサガさん…」
アーサガは静かに踵を返した。
娘が拒絶する以上、一緒にいることなど出来ない。
何より、アーサガ自体が耐えられそうになかった。
「悪い…ナスカのことを頼む」
おそらく、二度とあの子の笑顔も寝顔も見ることは出来ない。
そう決意を固めたアーサガは、ハイリへと視線を移す。
彼女もまた、悲痛を訴える顔でアーサガの事を見ていた。
「アーサガさん…」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
〇〇の化身
お玉杓師
ファンタジー
何気ないクリスマスを過ごしていた主人公・フリーは、ある朝――父親に残酷な真実を告げられる。何度も繰り返すループを越えた先に居たのは神のような存在「化身」だった。
※誤字脱字・意味不明な言い回しがあるかもしれないです。
※「よーい、どん」「記憶の固執」などのエピソードは読まなくても構いません。ただ本編のことを少し知れるだけなので、読みたい方は是非。
不定期更新です。
感想・お気に入りしてくれたら嬉しいです!よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる