上 下
53 / 307
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

51話

しおりを挟む
 






 アーサガの絶望したような青ざめた顔を眺め、ジャスミンはこれまでにないほどの邪悪な笑みを浮かべた。

「反論はないようだね? まあ、あんたが否定出来るなんて思っちゃいないけどねえ」

 窓から射し込む光を背にして座るジャスミン。
 その姿は逆光によって黒く翳り、笑みはそれを更に際立てる。
 彼女は枕元からマッチと煙草を取り出すと、勝利の美酒さながらに火を付け吸い始めた。
 室内に漂い広がっていく紫煙。
 余裕を見せつけるジャスミンに負けじとアーサガは鋭く睨み続けているが、しかしそれ以上動く事が出来ない。
 彼女との直線上にナスカがいることもあったが、脚の痛みで思うように動ける自信がないという理由もあった。
 何より、目の前で娘が恐怖と悲しみで怯えきった瞳で、震えながら見つめている。
 そんな姿を目の当たしてしまい、アーサガは全身に刃が突き刺さったような感情に襲われ、動けずにいた。
 沈黙された雰囲気は暫く続くと思われた。
 が、おもむろにジャスミンが口元から煙を零しながら言った。

「……最後の決着といこうか」

 彼女の口端は釣り上り、アーサガを見つめる。
 アーサガは無言のまま、顔を顰め睨み返し続ける。

「このままあんたの首を掻っ切るのは簡単だろうさ。けどね、あたしもそこまで悪魔じゃあないよ」

 と、彼女は懐から拳銃を取り出した。

「だから…これで決着をつけようか。よくやってただろ?」 
「ああ…」
 
 揉め事の決着は早撃ちで。
 ジャスミンから銃の手解きを受けた際、学んだルールの一つだった。
 頼み事、困り事。そういった話での決着はいつも早撃ちで決めていた。
 しかし。
 アーサガはこれまで一度も彼女に勝ったことがない。
 だからこそアーサガは決着に納得がいかず、リンダと駆け落ちをしてしまったわけなのだが。

「…だが、ここではなく違う場所で、だ」

 娘やハイリを万が一にも傷つけるようなことはしたくない。
 そんな彼の意図を察したジャスミンはナスカを一瞥した後、「わかったよ」と答える。
 ベッドから立ち上がると踵を返し、背後の窓を大きく開けた。
 生暖かい風が部屋中に吹き、積もっていた塵やホコリを飛ばす。
 ジャスミンは窓の木枠へと手をかけ、「着いてきな」と、言った。
 アーサガもまた、其処から去って行った彼女の後を追うべく歩き出そうとする。
 と、彼は目の前の娘へ視線を移した。

「あ…あ……ぁ……」

 微かに洩れるナスカの声。
 いつも見せてくていた笑顔とは程遠い、青ざめ引きつった顔。
 アーサガは硬直する娘へ何と声を掛ければいいのか解らず、眉を顰める。
 とは言え親として、こんな彼女をこのまま置いて行くわけにもいかない。
 様々な思いと葛藤しては口を開きかけるが、結局アーサガから声が発せられることはない。



 
「ナ…スカ……ちゃん」

 と、沈黙した室内で、おもむろに聞こえるハイリの声。
 彼女は苦痛に顔を歪めながらも上体を起こし、ナスカの方へと手を伸ばしていた。

「ナスカちゃん…は…私と、一緒に…いてください…」

 ナスカは頷くと急いでハイリの傍へ駆け寄り、取り出したハンカチで溢れ出ている口元の血を拭ってあげた。
 「ありがとう」とハイリは礼を言って微笑んで見せるが、怪我が痛むのだろう呼吸は浅く、早い。 
 そんな彼女の状態を見るべくアーサガもまた近寄ろうとしたが、視線が合ったハイリは静かに頭を振っていた。

『すみません』

 彼女の唇がそう微かに動いていたが、その声は彼の耳には届かず。
 アーサガは静かに動き出す。

「色々と、悪かったナスカ。ハイリ、ナスカを頼む」

 ようやく声に出せたその言葉だけを残し、アーサガは怪我人であることを微塵も感じさせない動きでジャスミンを追いかけていった。
 再度、静寂となった部屋には先ほどよりも強い風が流れ始める。
 まるでせき止めていた何かがなくなったかのように。
 ハイリは深く呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

(…了解です―――そういえば名前、初めて呼ばれたな…)







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...