そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

50話

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「…ナスカ!?」
「…パパ…」

 肩を上下に揺らし、乱れた呼吸を整えようとするアーサガ。
 ナスカの無事な姿に安堵すると同時に、彼は迷うことなく銃口をジャスミンへ向けた。

「おや…パパにも内緒にしなかったのかい?」
「内緒も何も…お前の根城は昔っから『ヴェ(魔女が)・ム(眠る)・ラ(場所)』だっただろうが。それにお前がナスカと接触すれば絶対に何か吹き込むと思っていたからな」

 だからこそ彼はナスカとジャスミンを会わせたくはなかった。
 娘に未だ話せずにいる真実を吹き込んで欲しくは無かったから。
 真実以外の感情も、吹き込んでしまうと思ったから。

「馬鹿のくせに随分と頭を使ったようだね」

 ジャスミンはアーサガの登場に動じる様子もなく、相変わらず不敵に笑いながら返す。
 アーサガもまた動じることなく、いつになく冷静に、真剣な表情でジャスミンを睨み返す。



 と、それまで気を失っていたハイリが目を覚ました。
 重たい瞼をゆっくりと開き、ぼやけている視界は少しずつ鮮明になって映り始めていく。

(アーサガ…さん…どう…して、ここに……?)

 声を出そうとするが思うように出ず、呼吸も上手く出来ない。
 起き上がろうとしても、痛みによってまともに動けない。
 咳き込むと同時に吐血し、激痛が走る。
 痛みに顔を歪めながらもハイリは静かに耳を欹て、三人のやり取りを静観する事しか出来なかった。





「一体何がしたいんだお前は…?」
「フフフ…祖母が孫の生い立ちを話して何が悪いってのかい?」
「…ナスカに何を話した!?」

 彼女は口端をつり上げさせる。

「あんたとリンダが駆け落ちしてこの子を生み、そして大きな罪を犯したという真実をちゃんと話したまでさ」
「だったらそれ以上はもう話すな…!」

 アーサガは銃の引き金を掛ける指先に力を込める。
 が、ナスカが居る前でそれを発砲することは出来ない。
 こんな女でも、愛娘(ナスカ)にとっては実の祖母に変わりないのだ。
 今にも泣きそうな顔で怯えきっている彼女に、これ以上恐怖を与えたくはなかった。
 すると、ジャスミンは彼の心情を知ってか知らずか、口元を歪め言う。

「良い様だね…だけど、もっと惨めな気持ちを味わってもらおうかね」
「何だと…?」

 顔を歪め、アーサガはジャスミンを睨む。
 睨み続けることしか、出来ない。
 そんな彼を後目に、ジャスミンはナスカの耳元へと唇を寄せた。

「ナスカ」

 祖母に名を呼ばれ、鼓動を高鳴らせるナスカ。
 恐怖と困惑に硬直する孫へ、ジャスミンは言った。
 アーサガにもあえて聞こえるように。

「止めろッ…!!」

 ジャスミンは制止の声も聞かず、唇を動かす。
 本当ならば飛びついてでもその口を封じたいとアーサガは思ったが、脚に走る激痛が引き止める形となってしまう。
 
「あんたのパパはね、ママを見捨てて置いて行ったんだ。そのせいで兵器の暴発に巻き込まれて…死んだのさ。あんたのパパはママを見殺しにしたんだ!」

 それはジャスミンによる虚言であった。
が、真実を聞かされていないジャスミンにとっては、それが事実である以上、真実と相違はない。
 同時に、無垢な子供が聞けば、それもまた真実だと捉えるに違いない。
 ナスカは、アーサガを潤む双眸で見つめていた。 

「パ、パ…」

 アーサガはナスカの視線を感じるも、顔を合わせることが出来なかった。
 目を逸らし、ジャスミンの言葉の真偽を口にすることもしない。
 彼もまたそれが真実だと思い込み、今も尚苦しみ続けているからだ。

「パパ………」
「ナスカ―――」

 震えたか細い声にアーサガは思わず顔を上げ、咄嗟にナスカへと手を伸ばした。
 が、しかし。

「いや…」

娘は顔を青ざめたまま、まるで拒絶するかの如く動かない。
 その瞬間、アーサガの心に大きな何かが、重たく突き刺さった。
 脚の痛みも忘れるほどに、全身の血の気が引き、恐ろしい程の虚無感に襲われる。
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