48 / 299
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
46話
しおりを挟む痛み止めが切れてきたのか、はたまた無理に動かしたせいで傷が悪化したか。
激しくなる脚の痛みを堪えながらも、アーサガはエナバイクを走らせ続ける。
娘を追うため、ちゃんと話し合うために。
荒くなる呼吸を抑えるべく、脳内で違う事を考えようと、彼は色々過去の記憶を思い返していく。
懐かしく、温かく、そしてとても痛い、辛い記憶を。
*
『ねえ…この子の名前、何が良い?』
『別に何でも』
『もう…“ベツニナンデモ”なんて名前あるわけないでしょ!? 私は貴方に…アーサガに決めて欲しいのに…』
『―――ナスカ』
『え? もしかして闇言?』
『闇言だったら意味は“抗う悲しみギルド”になるだろ? いくらあのジャスミンが作ったからってそんなのにあやからねぇよ』
『じゃあ…なに?』
『前にジャスミンから聞いたんだが、闇言順のモデルになった“古代クレストリカ美語”ってのがあるって』
『うん、それは聞いたことあるけど』
『で、ナスカはそれぞれ純白(ナ)、愛(ス)、天使(カ)って意味なんだ……つまり―――』
*
『―――お前の時代はあんま必要なかったかもだがな、これからは教養も必要なことだ。なあ、ナスカちゃんにも読み書き教えた方が…』
『うるせえ! 俺は教えて貰わずとも覚えられた。ナスカだって勝手に覚えるに決まってる…俺がちゃんと育ててんのに指図すんじゃねえ!』
『はいはい…もう何も言いませんて』
*
『―――逃げて、アーサガ…!!』
『リンダ!!!』
*
『俺のせいで…リンダが……約束がッ――――』
*
――絶対に、約束よ――。
*
時間は遡り、ナスカとハイリが外へ出て行く前のこと。
ナスカはアーサガに暴力を振るわれたということで、被害者という扱いになっていた。
加害者は親でもある、あの有名人“漆黒の弾丸”であったものの、基地から無断脱走した件に加え医務室の窓破損いう、今回は何時にも増して度を超えた規則違反の数々。
娘への暴行も踏まえて灸を吸える意味で禁錮十日という処罰が下され、アーサガは独房へ押し込められた。
そのためナスカはアーサガとは別の個室で保護されることとなった。
一人寂しくソファに座るだけのナスカ。
昨日楽しそうに読んでもらっていた本にも、遊んでいた人形にも手をつけないでいる。
お腹が空く時刻だというのに、目の前に置かれているお菓子にもジュースにも手を出そうとはしない。
と、そこへドアをノックする音が聞こえた。
ナスカはドアを開けに行こうとも、返事をしようともしない。
暫く経ってから扉は勝手に開かれ、そこからハイリが姿を見せた。
「大丈夫…ナスカちゃん?」
しかし、ナスカが返事をすることはない。
それどころか、感情を表そうともしない。
俯いたまま、まるで時間が止まってしまったかのように黙りっぱなしであった。
困ったように眉を顰めながら、ハイリはナスカの隣へと座った。
それでも、彼女は口を開こうとしない。
「パパのことは、その…ちょっと会えないだけだから…ね?」
無言のまま頷く事さえしないナスカに、ハイリはより一層不安を抱く。
おそらく、それほどまで父に打たれたことがショックだったと考えられたからだ。
幼い子供へ暴力を振るうことは、この上なく許されない残酷な行為。
ましてや、実の親が相手ならば尚更に。
それはまさにこの世で一番信じていた者から裏切られるのと同等のことだろうからだ。
「その…ナスカちゃんには他に家族は…いないの? おじいちゃんとか、おばあちゃんとかは?」
ハイリは思わずそんな質問をした。
質問してから彼女は後悔する。
父親(アーサガ)が祖父や祖母などの家族構成について、きちんと教えているとはとても思えなかった。
「あの、えっと……ママかパパのパパとか、ママかパパのママという人のことを…パパから聞いたことあるかな?」
そう投げかけたものの、おそらく回答はないだろうと思っていたハイリ。
が、意外にもナスカは反応を示していた。
顔を上げ、ナスカはハイリを見つめていた。
何か言いたそうな顔。
しかし、口は動いているものの、言葉が出ない―――それを口にして良いかどうか、迷っているように思えた。
「焦らなくて大丈夫。ゆっくりでいいから教えて?」
するとナスカは小さく頷き、ようやく返答してくれた。
まだ声は出していないものの、それだけでハイリはとても安堵する。
暫くの沈黙があった後、ナスカは静かにその重い口を開いた。
「ママのママなら…知ってる」
「え…ママのママ…おばあちゃんがいるの?」
ナスカが頷くことはなく。
代わりに、ポケットからぐしゃぐしゃになっている紙きれをゆっくりと取り出した。
ハイリは彼女からそれを受け取り、丁寧にその紙きれを開いていく。
そこには地図と、そして店名らしき名称が書かれていた。
「ヴェムラ…?」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる