そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
48 / 322
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

46話

しおりを挟む
 







 痛み止めが切れてきたのか、はたまた無理に動かしたせいで傷が悪化したか。
 激しくなる脚の痛みを堪えながらも、アーサガはエナバイクを走らせ続ける。
 娘を追うため、ちゃんと話し合うために。
 荒くなる呼吸を抑えるべく、脳内で違う事を考えようと、彼は色々過去の記憶を思い返していく。
 懐かしく、温かく、そしてとても痛い、辛い記憶を。



 *



『ねえ…この子の名前、何が良い?』

『別に何でも』

『もう…“ベツニナンデモ”なんて名前あるわけないでしょ!? 私は貴方に…アーサガに決めて欲しいのに…』

『―――ナスカ』

『え? もしかして闇言?』

『闇言だったら意味は“抗う悲しみギルド”になるだろ? いくらあのジャスミンが作ったからってそんなのにあやからねぇよ』

『じゃあ…なに?』

『前にジャスミンから聞いたんだが、闇言順のモデルになった“古代クレストリカ美語”ってのがあるって』

『うん、それは聞いたことあるけど』

『で、ナスカはそれぞれ純白(ナ)、愛(ス)、天使(カ)って意味なんだ……つまり―――』



 *



『―――お前の時代はあんま必要なかったかもだがな、これからは教養も必要なことだ。なあ、ナスカちゃんにも読み書き教えた方が…』

『うるせえ! 俺は教えて貰わずとも覚えられた。ナスカだって勝手に覚えるに決まってる…俺がちゃんと育ててんのに指図すんじゃねえ!』

『はいはい…もう何も言いませんて』



 *



『―――逃げて、アーサガ…!!』

『リンダ!!!』



 *



『俺のせいで…リンダが……約束がッ――――』



 *



 ――絶対に、約束よ――。



 *



 





 時間は遡り、ナスカとハイリが外へ出て行く前のこと。
 ナスカはアーサガに暴力を振るわれたということで、被害者という扱いになっていた。
 加害者は親でもある、あの有名人“漆黒の弾丸”であったものの、基地から無断脱走した件に加え医務室の窓破損いう、今回は何時にも増して度を超えた規則違反の数々。
 娘への暴行も踏まえて灸を吸える意味で禁錮十日という処罰が下され、アーサガは独房へ押し込められた。
 そのためナスカはアーサガとは別の個室で保護されることとなった。



 一人寂しくソファに座るだけのナスカ。
 昨日楽しそうに読んでもらっていた本にも、遊んでいた人形にも手をつけないでいる。
 お腹が空く時刻だというのに、目の前に置かれているお菓子にもジュースにも手を出そうとはしない。
 と、そこへドアをノックする音が聞こえた。
 ナスカはドアを開けに行こうとも、返事をしようともしない。
 暫く経ってから扉は勝手に開かれ、そこからハイリが姿を見せた。

「大丈夫…ナスカちゃん?」

 しかし、ナスカが返事をすることはない。
 それどころか、感情を表そうともしない。
 俯いたまま、まるで時間が止まってしまったかのように黙りっぱなしであった。
 困ったように眉を顰めながら、ハイリはナスカの隣へと座った。
 それでも、彼女は口を開こうとしない。

「パパのことは、その…ちょっと会えないだけだから…ね?」

 無言のまま頷く事さえしないナスカに、ハイリはより一層不安を抱く。
 おそらく、それほどまで父に打たれたことがショックだったと考えられたからだ。
 幼い子供へ暴力を振るうことは、この上なく許されない残酷な行為。
 ましてや、実の親が相手ならば尚更に。
 それはまさにこの世で一番信じていた者から裏切られるのと同等のことだろうからだ。

「その…ナスカちゃんには他に家族は…いないの? おじいちゃんとか、おばあちゃんとかは?」

 ハイリは思わずそんな質問をした。
 質問してから彼女は後悔する。
 父親(アーサガ)が祖父や祖母などの家族構成について、きちんと教えているとはとても思えなかった。

「あの、えっと……ママかパパのパパとか、ママかパパのママという人のことを…パパから聞いたことあるかな?」

 そう投げかけたものの、おそらく回答はないだろうと思っていたハイリ。
 が、意外にもナスカは反応を示していた。
 顔を上げ、ナスカはハイリを見つめていた。
 何か言いたそうな顔。
 しかし、口は動いているものの、言葉が出ない―――それを口にして良いかどうか、迷っているように思えた。

「焦らなくて大丈夫。ゆっくりでいいから教えて?」

 するとナスカは小さく頷き、ようやく返答してくれた。
 まだ声は出していないものの、それだけでハイリはとても安堵する。
 暫くの沈黙があった後、ナスカは静かにその重い口を開いた。

「ママのママなら…知ってる」
「え…ママのママ…おばあちゃんがいるの?」

 ナスカが頷くことはなく。
 代わりに、ポケットからぐしゃぐしゃになっている紙きれをゆっくりと取り出した。
 ハイリは彼女からそれを受け取り、丁寧にその紙きれを開いていく。
 そこには地図と、そして店名らしき名称が書かれていた。

「ヴェムラ…?」








しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

そんなの知らない。自分で考えれば?

ファンタジー
逆ハーレムエンドの先は? ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...