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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

43話

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「ま、俺の感想は置いといてだな。ナスカちゃんを打ったてのはどうしてだ?」
「…」
「わからねぇんだったら話したらどうだ? こーみえてお前より長く生きてるしな! 気晴らしでも良いし…どーせ、今暇なんだろ」
「…物好きだな、お前もあの女も…」
「俺は長年のよしみ。まあハイリ君はそうかもね」

 大げさに笑ってみせるブムカイ。
 アーサガは腰を上げようとするも脚に激痛が走り、思わずうめき声を洩らす。

「ちゃんと安静にしてるのか? お前の脚、骨にこそ異常はないらしいが絶対安静の大怪我だからな?」
「わかってる。問題はねえ」

 脚に負担がないように座り直しながら、アーサガは静かに口を開く。



「―――ナスカは俺の子だ」
「ああ、間違いなくそうだな」

 彼の自問自答のような呟きのような言葉に、ブムカイは優しく答える。

「リンダが居なくなって…ずっと世話してきた」
「人伝に母乳の手配すんのはしんどかったな。しかもおしめの取り換え方も一から学んでな」

 そう言って笑うブムカイに、アーサガは沈黙したままでいる。
 大方あの当時の記憶―――子育て特有の手痛い失態の思い出―――に眉を顰めているのだろうとブムカイは勝手に想像し、もう一度人知れず笑みを零す。

「…大変な目にもあったが…ずっと一緒でやってきた。大事な……俺の一部みたいなもんだ」

 ポツリと聞こえてくる声が、どことなく沈んできたことにブムカイは気付く。

「どんなときも、どんな長い旅のときも…ナスカは何も言わず、俺の思った通りに待っていた。教養なんかさせてこなかったが、ちゃんと成長した。出来た子だと思ってた」

 ブムカイはアーサガの話しを聞きながらおもむろに懐から煙草を取り出す。
 それを口に咥え、マッチで火を熾す。
 と、煙草からは緩やかな白煙が上り始める。

「だが、今日に限って俺の思惑とは違って後を追いかけて来た。今までならちゃんと待ってるはずなのに、だ…」
「だから、ぶったってことか…?」
「……いや、違うかもしれねえ…」

 灰色の息を吐きながら言ったブムカイの言葉に、アーサガはかぶりを振って否定する。
 その声はとても小さく弱い声だったが、ブムカイは確かにそう聞き取っていた。

「…あの女に俺の全てを否定されて、しかも逃がしちまって苛立って…そのときにナスカが目に入って…何かが爆発した気がした…」
「あの女? ディレイツのことか。で、お前はナスカちゃんに奴当たっちゃったってわけか」
「違う…とは言い切れねえ」

 ブムカイは天井にたまる煙をゆっくりと眺める。
 静かに消えていくそれを少しばかり見つめた後、彼は懐から真鍮製の携帯灰皿を取り出した。

「そうか……ま、自分でそれが気付けただけでも大きな一歩だろうな」

 煙草を携帯灰皿へと潰し入れながら、ブムカイは扉の正面に立った。
 通路の窓から零れる光は、昼下がりの時刻を意味していた。

「最後にひとーつだけ言わせてくれ。俺はもうお前とディレイツの関係もアドレーヌ様のことも聞こうとはしない……ただし、ナスカちゃんのことだけは言わせてくれ」

 扉越しだというのにいつになくブムカイの言葉が耳に入ってくる、とアーサガは思う。

「俺は独り身だから、これは人伝な話だが…子供ってのはさ、体の良い道具じゃないんだってよ」
「…俺は道具だなんて思っては―――」
「まあ聞けって」

 声を荒げようとしていたアーサガを宥めつつ、彼は話を続ける。

「何でも言うことを聞くってのは実に良い子かもしれん。が、だからって永遠にそうだってことは決してない」

 アーサガはおもむろに自身の掌を見つめる。
 そこにあのとき打ったという痛みも赤みももう残ってはいない。
 が、娘を打ったという感覚だけは今も残ってしまっている。
 それとは別で頬の痛みも、未だ腫れが引かず残っていた。

「子供にだって子供の考えがあるし成長すりゃ別の考え方もするようになる。別の生き物なんだから当然だ。自分の分身だって大事に扱うことは間違ってはないさ…けど、そろそろあの子をちゃんと一人の女の子として見てやれよ。ありゃ良い女になるぞ?」
「最後は余計だ」

 アーサガの突っ込みを聞き、ブムカイは人知れず口端をもう一度つり上げる。
 そして思い切り息を吐き出すと、肩をコキコキと鳴らした。

「あーあ! やっぱ俺に説教ごとは似合わんな。つまり俺が言いたいのは、お前は考えがガキ過ぎなんだよ! で、そろそろナスカちゃんと真っ正面から向き合えよってことだ!」
「ガキだと、てめえ…」
「俺からしちゃお前はいつまでもガキのまんまなんです~」

 バンバンと扉を叩き、ブムカイはそう言って笑う。

「お前こそ俺をいつまでもガキ扱いしやがるオッサンのくせに…」
「オッサンは余計だ」

 アーサガは扉越しに伝わってくる振動に顔を顰めながらも、内心、何処か肩の荷が下りたように思えた。
 人知れず、彼は腐れ縁の盟友に感謝し、小さく笑った。 







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