上 下
42 / 307
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

40話

しおりを挟む








 ハイリはジャスミンを追いかけることなく、手にしていた銃をしまうとアーサガの足を手当する。
 興奮気味の彼は気付いていなかったが、彼の片足は明確な程に青黒く腫れ上がっていた。
 アーサガの腕を肩にかけ、ハイリは彼を起こす。
 そしてジャスミンが逃げた方向とは別の道から、外へと出て行った。

「大丈夫ですか?」
「何で来た……」
「脱走者を確保するのは職務です」

 そう言われ、何も返す言葉もなく沈黙するアーサガ。
 それだけではない。
 おそらく激痛で冷静に皮肉を言う余裕もないのだろうとハイリは考えた。

「痛みますか…?」
「問題ねえよ…ッ…!」

 顔ははっきりと痛みを訴えているのに、決して素直にはならないアーサガ。
 そんな彼を見て、ハイリはなるべく彼に負担がかからないよう気遣い歩く。
 と、そうこうとしているうちに廃墟の外へ出た二人。
 外気に肌が触れた瞬間、アーサガは力無くその場に座り込み、引っ張られる形でハイリも倒れ込んでしまった。

「はぁ…はぁ…」
「ほ、本当に大丈夫ですか…?」

 返事をすることもなく、アーサガは一心不乱に呼吸を繰り返す。
 思った以上にその足は重症のようだとハイリは眉を顰める。
 仰向けに倒れ、アーサガは呼吸を繰り返しながら空を眺めた。
 鉛色の空からはポツポツと冷たい雫が降り注いでいる。
 そこで彼はようやく、外では雨が降っていたことに気付く。
 どれだけの時間、自分はあの場に留まっていたのか。
 それを冷静に考える余裕さえ、今のアーサガにはなく。
 足から伝わる激痛とぼやける視界の中、汗と雨で顔を濡らすことしか出来ない。



 すると、足に走る激痛とは別に、冷たい小さな感触をアーサガは掌に感じた。
 顔を歪めながらもアーサガはその方へ視線を向け、そして驚きに目を見開いた。

「ナ、ナスカ…!?」

 痛みも忘れ、体を起こしナスカを見つめる。
 小さな愛娘もまた驚き、慌てて怪我から手を放す。

「パパ…」

 彼女の顔に笑顔はなく、顔面蒼白で脅えきっていた。
 それは、いつも見ていた父とはあまりにも違う状態―――見たことも無い大怪我を負っていたこともあったが、それだけではないようであった。

「アーサガさん。ナスカちゃんは―――」




 ハイリが弁解をする前に、大きな音が響いた。
 同時に、弾けるようにナスカの身体が飛ぶ。
 泥に倒れ込んだ彼女は静かに自身の頬を触った。
 熱くて鈍い痛みが伝わってきた。

「どうして追いかけてきたんだッ!?」

 鬼のような形相でアーサガはナスカを睨みつける。

「お前のためを思って置いてきたってのに…!」
「だっ…て…」




 アーサガはこれまでとは違う相手―――ジャスミンに見つかってしまわないようにと、ナスカを守るべく置いてきたつもりでいた。
 彼としては、それをナスカは理解してくれると思っていた。
 多少の物静かではあるが、物分かりの良い出来た娘だと信じていた。
 言葉を交わさずとも父のやることを理解していると、以心伝心だと。
 自分の分身だとアーサガは信じていた。
 だからこそ、どうして今回に限って追ってきてしまったのか。
 彼女は理解してくれなかったのか。
 その不快感にどうしても苛立ってしまい、つい手が出てしまったのだ。







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...