上 下
38 / 307
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

36話

しおりを挟む







 それからのクレストリカ王国――もといアドレーヌの運命は目まぐるしく変動していった。
 広場でのお披露目の半年後にアドレーヌは男の子を産んだが、引き換えに新国王は戦地で亡くなってしまう。
 同時に訪れた喜びと悲しみの報に、王国が複雑な雰囲気に包まれていたあの日々は今でも忘れはしない。




「…アドレーヌ平気なのかな…」

 アドレーヌを心配するリンダと同じくアーサガもアドレーヌに想いを馳せる毎日。
 だがまだ幼い彼には目の前の彼女を見守ることくらいしか出来なかった。
 更にそれから間もなくして、国の実権はアドレーヌへと引き継がれ、彼女は事実上のクレストリカ王国史上初の女王となった。
 情報屋の話ではアドレーヌ女王誕生については、他の王族たちから多くの批判の声が上がっていたというが、大臣側がそれを押し切って決定させたのだという。
 女王誕生の御触れには、流石のアーサガも違和感のような、胸のざわつく感覚に襲われた。
 当然喜びも一入であったのだが、それ以上の胸騒ぎがしていたのだ。
 そして、それは現実となってしまい、アドレーヌは―――。









「懐かしいだろ…何年ぶりだい? 此処に帰ってきたのは」

 突然の声にアーサガは急いで銃を構え、そして引き金に指先を添えた。
 だが、ステージ袖の暗がりから姿を現した女は既に銃口をアーサガへと向けていた。
 アーサガは顔をしかめる。

「ジャスミン…お前に懐かしいという感情があるのか? 過去の思い出の場所を…リンダやアドレーヌたちとかつて過ごした場所全てを消して回ってるあんたが…!」

 アーサガの叫びに彼女は高らかに笑って見せると、銃口を彼へと向けたままステージ上まで歩いていく。
 外見は実年齢より少々若く見える妖艶な―――しかし何処にでもいるような一般の中年女性だ。
 だが、アーサガにとってはどんな厳つい体格の男や凶悪な罪人よりも恐ろしく、彼女が歩くその足音だけでも威圧感で気圧されてしまいそうになる。
 ジャスミンはアーサガを見下せる位置まで来ると、改めて高らかに笑った。

「あっははははっ…確かにあたしには言う資格がないかもね…でも、それはあんたにも言えるだろ? あたしから娘を…全てを奪った男が…!」

 直後に引かれる引き金。
 轟く銃声音よりも僅かに早く、アーサガは身体を逸らし逃げていく。
 撃たれる銃弾を辛うじてかわしながら、彼は物陰へと隠れた。
 アーサガは安全な場所で体勢を立て直すと同時にジャスミンへ銃を撃つ。
 放たれる銃弾はジャスミンの心臓目掛け飛ぶ。
 が、彼女もそれを予測していたらしく、寸でで退いてみせた。
 相変わらずの不敵な笑み見せつけながら。
 二人はそれから、銃撃戦を始めることとなる。





 二人は近くの物陰に体を隠しながら、時折見える相手目掛けて銃を撃ち合う。
 広さだけは申し分ない廃屋には銃声が何回も響き、壁の至る所に風穴が開く。
 と、そのやり取りの最中、急にジャスミンは鼻で笑った。

「ふん…少しは腕が上がったようだが…まだまだだね」
「俺も伊達に修羅場を潜っちゃいねーんだよ…!」

 するとジャスミンがソファの影から銃口を向けつつ姿を見せた。
 カウンターの向こう側に隠れるアーサガの頭部を確実に狙いながら。
 少しでも顔を覗かせれば一発で打ち抜くだろうことは、見えずとも肌で感じていた。
 アーサガの弾切れを狙ってのタイミングなのだろう推測されたが、同時にそれは彼女の弾切れも近いことを意味していた。

「そろそろ降参したらどうだい?」

 アーサガの知っていたかつての彼女であれば、此処で降伏を提示することはなかった。
 加齢故の油断か、はたまた親心故の甘さか。
 なんにせよ彼女が顔を覗かせているなら、アーサガにとってもそれは好機であった。
 アーサガは一瞬でけりを付けるべく、近くに転がっていた酒瓶に細工を施し、彼女へと投げつけた。

「なんだいこれは…目くらましのつもりかい?」

 ジャスミンは余裕といった表情で酒瓶を避け、投げられた方向とは反対側のカウンター袖へと銃口を向ける。
 酒瓶は囮。それに彼女が気を取られている隙にアーサガは反対方向へと逃げると推測したのだ。
 が、酒瓶が地面に叩きつけられ砕けた瞬間、その割れ目から白い煙が噴射した。
 それはジャスミンの周囲を覆うほどで、思わずジャスミンも驚き両腕で顔を隠す。
 と、それから間もなく、ガチャリという音が彼女のこめかみ付近から聞こえてきた。
 彼女は小さく鼻で笑う。

「ふん。あたしの技まで盗んでくるとは…全く腹立たしいよ」
「おかげさまだ…!」

 持っていた銃を地面へと置き、静かに両手を挙げるジャスミンへ、アーサガは銃口を押し付けたまま尋ねた。

「お前の目的は一体何だ? 何故過去にアドレーヌがいた―――歌っていた場所だけを狙う…?」








しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...