そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
28 / 322
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

26話

しおりを挟む
マリクと話してから1週間
その間俺はただレティと過ごす時間に癒されていることを改めて実感していた
「シア、ここよね?」
いつの間にか少し先を歩いていたレティがカフェの前で立ち止まる

「ああ」
俺は頷いて少しペースを速めた
今日訪れたのは町にあるカフェだ
ここはナターシャさんの知り合いがやっていて俺達も昔からよく連れてきてもらってる店だ

「考え事?」
「ん?あぁ、ちょっとな」
レティの事を考えてたなんて言えないだろ…
俺は適当にごまかしながら扉を開けてレティを先に通した

「いらっしゃい。久しぶりねシア」
「どーも。テラス行っていい?」
「ふふ…いいわよ」
隣にいるレティを見てから生暖かい視線を向けられた
恥ずかしいからやめてもらいたい

レティはケーキとホッとコーヒー、俺はアイスコーヒーを頼んだ
「お待たせ。お客さん少ないから貸し切りにしとくわね」
「…どうも」
「そんな不貞腐れないの。彼女に嫌われちゃうわよ」
店員はそう言いながら戻って行った

「貸し切りって大丈夫なの?」
「あぁ、元々ここは常連しか知らない席だから問題ない」
というより多分俺達しか知らない
チビの集団が店内で走り回るからって開放された場所だからな
庭も手入れされててかなり落ち着く場所だ
2人掛けのベンチが3つ少し間隔をあけて置いてあり、その前に丸い木のテーブルが置いてある

「シアも食べる?」
「いや、いいよ」
満足そうな顔をしながら尋ねてきたレティは『そう?』と言いながら次のひと口を頬張った

「そんなに気に入ったのか?」
「甘いものなんて食べる機会なかったもの」
「あぁ、なるほど」
レティの生い立ちを考えれば当然かもしれない

「母さんもよく作るから、頼めば作り方教えてもらえると思うぞ」
「本当?私でも作れるかな?」
「ああ。チビが手伝えるようなレシピも多いから、そういうのから教えてもらえばいい」
「それはすごくうれしいわ。サラサさんのお料理どれも美味しいしすっごく楽しみ」
そういうレティからはワクワクしてるのが伝わってくる
やっぱりこういう素直な真っすぐな反応は気持ちがいい
計算とか駆け引きとかそういうのが透けて見える反応にばかり接してきたから余計にそう感じる

「やっぱレティがいいな」
「え?」
レティの驚いた表情に自分が声に出していたことに気付く
やばい…
心の声が漏れるとかあり得ない
俺は内心かなり焦っていた

「私がいいって何が?」
「…」
改めて尋ねられて誤魔化そうとするのを諦めた
どうせ周りにもバレてる
かっこ悪いけど結局この1週間言い出せなかったのが現実だ
それならなし崩しだろうと何だろうと伝えてしまえばいい

「…隣に居たいと思うのも、隣にいて欲しいと思うのもレティだけだってこと」
「!」
覚悟を決めてそう言うとレティの目が大きく見開かれた
そして次の瞬間…

「何で泣くんだよ…」
これまで見たこともない満面の笑みの直後溢れ出したのは涙

「だって嬉し…」
「泣くほど?」
何度も首を縦に振るレティを思わず抱きしめた
驚いたせいか一瞬体をこわばらせたレティはすぐに警戒を解いて俺にされるがままになった

「…みんなシアは私を大事にしてくれるって…でも…」
「でも?」
「皆が思ってるような気持じゃないんだろうなって…ただ保護した対象だからだろうなって…」
「…」
「なのに…シアの事を知れば知るほど惹かれていくのを止められなかった」
時々鼻をすすりながら吐き出される想いに今日まで引っ張ったことを恨めしく思う

「もっと早く伝えればよかったな」
マリクの言うとおりだ
かっこ悪くてもその時その時に伝えればよかったんだ
今更言っても遅いけど

「愛してるよレティ。多分、出会った頃から」
「私も…愛してる!」
戸惑いながらも抱きしめ返されて顔がにやけて来る
こんな気持ちを知らずに来たのはもったいなかったなとどこかで思う
同時にそれを与えてくれるレティを、そんなレティと過ごせる時間を大事にしたいと思った

元の世界以上に何が起こるかわからない世界
今日が平和でも、明日にはスタンピードが起こる可能性だってある
当たり前の日常が当たり前じゃないこの世界で、共に過ごしたい相手と過ごせる時間だから猶更だった

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

そんなの知らない。自分で考えれば?

ファンタジー
逆ハーレムエンドの先は? ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 > 前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。

処理中です...