そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
26 / 325
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

24話

しおりを挟む








「アーサガさんはそもそもどうして狩人ハンターなんて始めたのでしょうか…それに『アドレーヌのために』って…あまり愛国心がある人には思えないのですが…」 

 ハイリの言葉を聞き、ブムカイの脳裏にその女性の姿が過る。
 アドレーヌ・エナ・リンクス。
 旧クレストリカ王国時代、最初にして最後の女王。
 彼女は14年前、先の大戦―――暗黒時代とも呼ばれていた『三国大戦』を終結させた張本人と言われている。

「……私はあの当時7歳でしたが、今でも覚えています……兵器の乱用で大地は腐り、草木は枯れ、死体ばかりが続く道。歩く先にはそれらの残骸ばかり…私の住んでいた地方はそうでした」

 環境を顧みない兵器は大地を荒廃させ、生きるもの全てを蝕んだ。
 長い長い年月続いた不毛な争いは、確実に世界を死へと誘っていた。

「ま、何処も大差はなかったさ。あの頃は何もかも膿んでいた。けど…それを救ったのが女王アドレーヌ様…」

 彼女が起こした奇跡。
 それは、武力行使でもなく、根強い説得でもなく。
 まさに神がかり的な御業―――だったという。



 女王アドレーヌは未だ解明されていない未知の力“エナ”を用いて世界を一瞬にして変えたと言われている。
 野ざらしであった屍は土へと還り、兵器はそのほとんどが腐食し使用不能となった。
 更に荒廃した大地からは草木や花が咲き、かつての潤いが瞬く間に蘇った。
 世界は変動し、あるべき姿へと戻ったのだ。

「お伽噺かくらいに信じがたい話だが…その奇跡は俺も含めて数多くの人間が目の当たりにしちまってる」
「はい、私もあの御業を目の当たりにしたとき…始めて見る緑の光景に涙が止まりませんでした」

  そう言ってハイリはおもむろに、窓の外に広がる雑木林を一瞥する。
 基地の二階にまで届く程強く伸びている木々。
 そよ風によって揺れる野草も花も、何年か前までこの地には存在していなかった。
 枯れた木々、干上がった大地。草花どころか飲み水になるような綺麗な川さえない。
 それが日常の風景だった。
 そんな荒廃した地がある日突然、目の前で変貌したのだ。
 夢か幻か疑うことさえ可笑しいくらいに、全ての者が信じざるを得ない『奇跡』であった。

「アドレーヌ女王が起こした奇跡の御業―――あの世界変動で兵器云々はほぼ全て失われた…そりゃあ国も流石に停戦する他なくなるわな…」

 何もかも終わって、そして始まったんだ。
 ブムカイは独り言のように続けてそう言った。



 終焉に向かっていた大地を救ったという女王アドレーヌ。
 彼女の奇跡は一般的な自動機械、カラクリといった類までもほとんど廃品とさせてしまい、文明を300年近くも衰退させた。
 そうした瑕瑾こそあれど、人々は彼女を純粋に称えた。
 争いを生み出した文明ではなく、彼女の奇跡を受け入れたのだ。
 今でも『奇跡の女神様』と呼び崇拝する者は少なくない。
 ―――だが。
 アドレーヌが人々の歓喜に答えることは、決してない。

「ですが…世界変動が起こった直後にアドレーヌ様の身体は謎の結晶体に取り込まれてしまった…そしてアドレーヌ様はその結晶体のせいで永遠の眠りについてしまったのだと、一般的にはそう公表されています」

 眼鏡の蔓を押し上げながらそう話すハイリにブムカイは窓の外を見つめながら、言う。

「未だに信じがたい話だけど複数の目撃者もいたというし…事実、彼女の弟である現アドレーヌ国王が直々に仰ったことだからな」

 争いを終わらせ、世界を救ったとされるアドレーヌ女王は、今も尚その身体は結晶体に閉じ込められたまま。
 天罰を受けたかの如く、眠りについている。
 彼女を閉じ込めている結晶体については、何故アドレーヌ女王だけを襲ったのか、その理由も不明とされている。
 また、現存する僅かな兵器を以ってしても砕くどころか、溶かすことさえ敵わない物質なのだという。
 そのため、彼女は未だにその当時の姿のままで眠り続け、そして、今も人々から『国と平和の象徴』として崇められ続けているのだ。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...