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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
24話
しおりを挟む「アーサガさんはそもそもどうして狩人なんて始めたのでしょうか…それに『アドレーヌのために』って…あまり愛国心がある人には思えないのですが…」
ハイリの言葉を聞き、ブムカイの脳裏にその女性の姿が過る。
アドレーヌ・エナ・リンクス。
旧クレストリカ王国時代、最初にして最後の女王。
彼女は14年前、先の大戦―――暗黒時代とも呼ばれていた『三国大戦』を終結させた張本人と言われている。
「……私はあの当時7歳でしたが、今でも覚えています……兵器の乱用で大地は腐り、草木は枯れ、死体ばかりが続く道。歩く先にはそれらの残骸ばかり…私の住んでいた地方はそうでした」
環境を顧みない兵器は大地を荒廃させ、生きるもの全てを蝕んだ。
長い長い年月続いた不毛な争いは、確実に世界を死へと誘っていた。
「ま、何処も大差はなかったさ。あの頃は何もかも膿んでいた。けど…それを救ったのが女王アドレーヌ様…」
彼女が起こした奇跡。
それは、武力行使でもなく、根強い説得でもなく。
まさに神がかり的な御業―――だったという。
女王アドレーヌは未だ解明されていない未知の力“エナ”を用いて世界を一瞬にして変えたと言われている。
野ざらしであった屍は土へと還り、兵器はそのほとんどが腐食し使用不能となった。
更に荒廃した大地からは草木や花が咲き、かつての潤いが瞬く間に蘇った。
世界は変動し、あるべき姿へと戻ったのだ。
「お伽噺かくらいに信じがたい話だが…その奇跡は俺も含めて数多くの人間が目の当たりにしちまってる」
「はい、私もあの御業を目の当たりにしたとき…始めて見る緑の光景に涙が止まりませんでした」
そう言ってハイリはおもむろに、窓の外に広がる雑木林を一瞥する。
基地の二階にまで届く程強く伸びている木々。
そよ風によって揺れる野草も花も、何年か前までこの地には存在していなかった。
枯れた木々、干上がった大地。草花どころか飲み水になるような綺麗な川さえない。
それが日常の風景だった。
そんな荒廃した地がある日突然、目の前で変貌したのだ。
夢か幻か疑うことさえ可笑しいくらいに、全ての者が信じざるを得ない『奇跡』であった。
「アドレーヌ女王が起こした奇跡の御業―――あの世界変動で兵器云々はほぼ全て失われた…そりゃあ国も流石に停戦する他なくなるわな…」
何もかも終わって、そして始まったんだ。
ブムカイは独り言のように続けてそう言った。
終焉に向かっていた大地を救ったという女王アドレーヌ。
彼女の奇跡は一般的な自動機械、カラクリといった類までもほとんど廃品とさせてしまい、文明を300年近くも衰退させた。
そうした瑕瑾こそあれど、人々は彼女を純粋に称えた。
争いを生み出した文明ではなく、彼女の奇跡を受け入れたのだ。
今でも『奇跡の女神様』と呼び崇拝する者は少なくない。
―――だが。
アドレーヌが人々の歓喜に答えることは、決してない。
「ですが…世界変動が起こった直後にアドレーヌ様の身体は謎の結晶体に取り込まれてしまった…そしてアドレーヌ様はその結晶体のせいで永遠の眠りについてしまったのだと、一般的にはそう公表されています」
眼鏡の蔓を押し上げながらそう話すハイリにブムカイは窓の外を見つめながら、言う。
「未だに信じがたい話だけど複数の目撃者もいたというし…事実、彼女の弟である現アドレーヌ国王が直々に仰ったことだからな」
争いを終わらせ、世界を救ったとされるアドレーヌ女王は、今も尚その身体は結晶体に閉じ込められたまま。
天罰を受けたかの如く、眠りについている。
彼女を閉じ込めている結晶体については、何故アドレーヌ女王だけを襲ったのか、その理由も不明とされている。
また、現存する僅かな兵器を以ってしても砕くどころか、溶かすことさえ敵わない物質なのだという。
そのため、彼女は未だにその当時の姿のままで眠り続け、そして、今も人々から『国と平和の象徴』として崇められ続けているのだ。
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