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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

19話

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「よ、大人しく療養してるか?」
「誰が。病人じゃねえんだぞ」
「またまたー、倒れちゃったくせにさ」

 ブムカイがアーサガたちの居る医務室へ現れたのは翌日の早朝であった。
 未だ就寝中であった部屋のドアを盛大に開け、騒々しい声を上げながら室内へ入っていく。
 静かだったは彼によって一気に賑やかなものへと変わったが、そんな最中でもナスカは依然として寝たままでいた。
 反対にあからさまに不機嫌な顔を見せていたのはアーサガの方だった。
 寝起きも相まって彼は顔を顰め、目の前にやって来たブムカイを睨みつける。

「相変わらずのしかめっ面だねえ。そんなんじゃ眉間がしわしわになっちゃうよ、なんちゃって」

 冗談交じりそう言うとブムカイは上体を起こしていたアーサガの肩を、これでもかというくらいに何度も叩く。
 と、次の瞬間。
 溜まりに溜まっていた怒りが頂点に達し、アーサガは拳銃を取り出し、それを彼の脳天に突きつける。

「お、面白い冗談だな~……弾入ってないよね?」
「次ふざけたら…わかってるだろーな」

 咄嗟に両手を挙げながら引きつった笑みを浮かべるブムカイ。
 アーサガはため息を付き、静かに銃口を下げた。

「ブムカイ隊長! 今のは流石に…」

 そう言って慌てて部屋に飛び込んで来たのはハイリであった。
 開きっぱなしのドアから彼らのやり取りが見えてしまったのだ。
 許可を得ている人間とはいえ、上官が武器を突きつけられては黙っているわけにいかなかった。

「良いんだってハイリ君、これが彼の愛情表現だから」
「そうっすよ、多少目をつぶっておかないと胃に穴開きまくりなっちゃうっすよ」

 冷や汗を滲ませているハイリの一方で笑ってやり過ごしているのは彼女の隣にいたリュ=ジェンと当のブムカイだった。
 本来ならばアーサガの行動が下手をすれば公務妨害以上の大罪に当たってしまいかねないのだが、二人の反応を見るに『これが彼だから』と大目に見ている様子であった。



 確かに会話の流れから見ればじゃれ合い、ふざけ合いの一環なのかもしれない。
 一々過剰に反応するべきではないのかもしれない。
 そう思い直し、ハイリは人知れず深く呼吸を繰り返す。
 だが、同時に昨夜にも抱いた違和感を彼女はまた抱く。

(冗談だったとしても間違ったら取返しのつかないことになるのに…何故皆、彼に甘いの…?)





「―――で、俺をいつまで閉じ込める気だ?」
「何言っちゃってくれてるの。珍しく倒れてたんだぞ? なら治るまで絶対安静ってのが常識だろ?」

 先ほど以上に目つきを悪くさせるアーサガは、開口一番そう言ってブムカイを睨む。
 しかし、ブムカイは彼の言動に屈することも臆することもなく。
 むしろ気にせず満面の笑顔を見せていた。
 だが笑顔の裏で、今朝のアーサガは頗る機嫌が悪いと判断し、ブムカイは早々に本題へと話を切り替えていく。

「まあ落ち着けって。確かにお前は一流の狩人(ハンター)だけどさ、結局は一般民で今は事件の数少ない目撃者ってことになってる。だから勝手に帰らせるわけにはいかねえんだよ。流石に」

 そう言って一瞬だけ見せたブムカイの表情は、いつにない真剣みを帯びていた。
 何時でもどこでもヘラヘラと笑ってばかりのブムカイしか見ていなかったハイリは、そんな彼の顔が印象的に目に焼き付く。

「一応簡単な質問をこれからするが、良いか?」
「…此処から出られるんならかまわねぇよ」

 真面目なブムカイの視線を感じたのか、流石のアーサガも強い反論も睨みもなく。
 素直にそう呟いた後、閉口した。

「じゃ、そんなわけで二人は部屋の外で待機。な?」
「で、ですが本来聴取を行う場合、調書を取る人間を含め三人いないといけないという…」
「それが規則ではあるけどさ、相手はコイツだし。君たちも夜通しで疲れてるだろ? 後は俺がやっとくから休んどけよ」

 半ば強引にハイリとリュ=ジェンを外に追い出し、室内はブムカイとアーサガ、ナスカの三人となる。
 しかしナスカはベッドの隅っこで眠ったままであるため、実際は二人きりと言えた。







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