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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
14話
しおりを挟む暗い。真っ暗な世界。
微かに呼ばれる声。
それはアーサガにとって聞いたことのある声だった。
「―――きて」
懐かしい声。
全てを忘れさせてくれる声。
その歌声は天使で神のようだった。
「――――――、きて」
彼は神なんてものを信じてこそいなかった。
が、彼にとって彼女は神だと思えたのだ。
憧れであり誇りでもあるそんな彼女を。
アーサガはずっと見ていた。
彼女の歌うその姿を。
「起きてください!」
その鶴の一声で、アーサガは一瞬にして夢の世界より戻された。
驚きにより見開いた眼で周囲を確認する。
眼前には白い天井。その横にはハイリの姿。
一瞬、心配そうな顔をしていたかと思えば、直ぐにまた得意の顰めた顔へと戻す。
「…あんたか」
「聞きましたよ。火災現場で倒れていたらしいじゃないですか! それにナスカちゃんまで…だから言ったんです、危険な場所に連れていくのは可笑しいと!」
ナスカ。
その名を聞いて心臓が飛び出てしまう程に高鳴った。
慌てて辺りを見渡し確認したものの、愛娘の姿はなく。
アーサガは急ぎ体を起こした。
「幸いにも火災の煙を吸った訳ではなく、倒れたのは過労のせいだとのことです。無理が祟ったんです。なので、今は安静にした方が良いかと思われます」
が、起き上がろうとする彼をハイリが強引に制止し、またベッドへと寝かされる。
そこでようやくアーサガは、自分が今アマゾナイト軍基地の医務室―――ベッドの中にいることを知った。
「ナスカは何処だ?」
明らかな焦りと苛立ちを見せるアーサガに、ハイリは軽くため息を洩らしながら返答する。
「ナスカちゃんは別室で手当てを受けていますが、彼女も火災の煙を吸った訳ではなく、命に別状はありません。そろそろ戻って来られますよ」
「そうか…」
アーサガ本人はなるべく顔に表さないようしているつもりであったが、ハイリから見れば安堵していることは一目瞭然であった。
「……父親なんですから、もっと娘を大切にしてあげたらどうですか?」
そんなアーサガへ、ハイリはそう忠告する。
しかし、彼は聞く耳持たずといった様子で視線を天井へと移し、無言のまま顔を顰めさせるのみ。
もう一度、ハイリはため息を付きながら近くの椅子へと腰を掛けた。
「ディレイツは…その後現場は…どうなったんだ」
暫くの沈黙の後、アーサガはハイリへ尋ねる。
「…現在、火災は無事鎮火しています。アーサガさん方が倒れていた倉庫には破壊され出来たと思われる大きな横穴がありました。貴方がディレイツを目撃しているというのならば、恐らくそこから逃げたのでしょう」
ハイリとしては犯人についての情報を求めたいところであったが、彼は案の定何も言わず。
沈黙したまま、それ以後口を開くことはなかった。
眉間の皺はいつも以上に寄っており、これ以上は何も聞くなと言わんばかりの様子。
しかし、それはこれまで見ていた顰めっ面とはまた違うようで。
何処か悔しんでいるような顔にも見えると、ハイリは思う。
上司よりアーサガから何かしらの情報を聞けという命を受けていたハイリだったが、そんな顔を見てしまったせいもあり、これ以上何も尋ねることが出来なかった。
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