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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

12話

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 野次馬の波を縫うように進み、アーサガは燃え盛る店の真ん前へと出る。

「こら、軍以外はこの先入っては…って、漆黒の弾丸殿!?」

 軍の中ではそれなりに有名となっているその名のお陰もあり、アーサガの容姿を見つけた彼らは必ず一瞬驚き、躊躇する。
 そんな動揺をもれなく見せた軍人たちを後目に立ち止まることなく駆け出していく。
 アーサガはあっという間に建物の中へと入ってしまった。

「ま、待ってください! 危険です!」

 そう制止の声を掛けるも、もうその耳に届く事はないと思われた。
 突然の漆黒の弾丸の登場、そして無謀とも言える突入に困惑を隠せないアマゾナイト軍たち。
 彼らのそうした動揺と油断が、今度は娘の突入さえも許してしまう。

「―――隊長、少女が!」

 ふくよかな体型である隊長の後ろから突如現れた小さな人影。
 少女は彼らに捉える暇も与えず、漆黒の弾丸を追いかけるように建物の中へ消えて行ってしまう。

「ど、どうしますか?」
「どうするもこうするも、我らも追いかけるしかなかろうが!」

 そう言うと隊長は火の手が弱まってきていることもあり、合図を出した。
 直後、アマゾナイト軍たちも遅れながら奥へと進んでいった。





 様々な酒瓶が並ぶ店内を通り過ぎ、アーサガは店と通路で繋がっている倉庫内部までやって来ていた。
 火の勢いは外観ほどの強さを感じられない。
 が、それでも炎は倉庫の入口にまで及んでいる。

「まだこの辺はマシだが…安全とは言えねえ。しっかり口元塞いどけよナスカ」
「うん」

 口元を両手で覆うよう促しつつ、娘が付いてきていることを確認すると、アーサガは煙が立ち込める倉庫の一端―――壁を叩いた。
 石煉瓦造りの頑丈な壁とは違う木造のそれは突然、静かに回転を始めた。

「パパ…?」

 ナスカが首を傾げる横で、驚く様子もなくアーサガは冷徹な表情のまま、開かれた隠し扉の更に奥へと駆けて行く。
 娘には目もくれず。しかし娘もまた声を荒げることなく、静かに必死に追いかける。
 その顔には恐怖などない。ナスカにとってこのような危険は日常茶飯事といっても過言ではなかったからだ。
 ただ、この先どんなに怖いことが起ころうとも、彼女はただただそのか細い体で父の後ろ姿を追いかけ続けるだけなのだ。
 これまでと同じように。
 このときと同じように。





 隠し扉の向こう、石造りの階段を降りていくアーサガとナスカ。
 先ほどまで燃えていた光景とは打って変わり、その隠し階段に火の手は全くなく。
 何処までも真っ暗闇な道のりと冷たい空気が奥から流れ込んでくるだけ。
 足下に気を配り、壁伝いに階段を降った先に待っていたのは行き止まりだった。
 しかしアーサガは手慣れた手つきで隠されたように凹んでいる壁の一端を押す。
 次の瞬間、行き止まりであったはずの、重たく冷たい壁がゆっくりと引かれ、更なる扉が現れた。
 と、アーサガは無意識に自身の手を腰に携えていた武器―――軍より使用許可を貰っている銃のグリップを握った。

「ナスカは後から来い」
「うん」

 懸命に両手で口を塞ぎながら小さく頷く娘を残し、アーサガは単身その扉の向こうへ潜り込んだ。
 その部屋―――地下室にも火の手はなく、変わりに異様な火薬臭を帯びた煙が充満している。
 何処からか地上からの光りを取り入れているらしく、灯火とは別の自然光によって室内は先ほどの通路よりも明るかった。
 物音を立てないよう静かに拳銃を取り出し、空いている手で口元を覆いながら、彼は更に奥へ進んでいく。
 石造りの床。
 地上の火災とは別世界のような湿った空気暗闇。
 静かに、しかし響いてしまう足音。
 白く塗られたホールとも言える室内には何の家具も装飾もなく。
“何を行っていた”という痕跡さえない。
 全く以ってもぬけの殻状態であった。

(くそっ…! 確実に此処を潰す気だと思ってたが…)

 アーサガは銃を構えたまま、室内をくまなく回っていく。
 明かりがあるとはいえ、立ち込める煙のせいで周りは全く見えず。
 視界不良と緊張からのストレスが、次第に焦りのような感情へと変わっていく。
 覆い隠していた口元からついつい片手を放し、頭を掻き毟る。
 そんな父親の様子を、遠く室内の入り口からこっそり覗き見ているナスカ。
 後から来いと言われたものの、アーサガの異変に気付いている彼女はそれ以上近付こうとしない。
 黙って部屋を覗き込み、時折煙の隙間から垣間見えるアーサガを眺めるだけ。
 そして父の横顔を見つける度に、ナスカは不安そうに身体を震わせた。
 
(…パパ…いつもとちがう…すごくこわい…)







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