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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
8話
しおりを挟むアドレーヌ王国平和維持軍。通称、アマゾナイト軍。
長く続いた大戦からの停戦。そしてそこから結合し新生されたばかりであるアドレーヌ王国。
新体制の政で手一杯である王国に変わり、治安維持を一任されている部隊がこのアマゾナイト軍だ。
とは言え、かつての各国に備わっていた部隊や兵、軍と呼ばれる組織は大戦によって壊滅状態になってしまったため、その殆どの者が新生王国のためと募った勇士たちで構成されていた。
「とどのつまり俺たちは各国から寄せ集められた烏合の衆…そんな奴らに治安を任せられるかと反発する者も多いし、内部でも元敵国同士だからと未だに対立も多い。だってのに、兵器の残骸が高値で取引されるって闇での売買が横行する始末……初っ端から暗雲立ち込める新生王国……それを一瞬にして塗り変えたのが『漆黒の弾丸』なんすよ!」
アマゾナイト軍基地内の通路を歩きながら大声を張り上げた茶髪の青年軍人。
寝癖でくしゃくしゃの髪をそのままに、力説する彼の隣にはトイラ・ハイリの姿。
きっちりと左右に分けられた黒い前髪にキラリと光る眼鏡。
背筋をピンと伸ばしながら歩く彼女は今日も生真面目オーラが全開となっている。
「それは知っています。彼は兵器売買の仲介人を捕まえたことを切っ掛けにアマゾナイト軍よりも迅速に次々と兵器売買の組織を潰していった」
二人は窓から射し込む朝日を受けながら廊下を進み、会話を続ける。
「そんな功績が称えられアマゾナイト軍ではなくとも武器の所持、罪人の確保といった一定の行動許可を得られた狩人(ハンター)という特別資格を与えられた…偉大な人物の一人です」
「ちなみに! 『漆黒の弾丸』って通り名はブムカイ隊長が付けたんすよ! あの出で立ちとエナバイクで駆ける姿はまさに『漆黒の弾丸』っすからね」
得意げにそう話す茶髪の青年軍人の横でハイリは静かに眼鏡を光らせる。
「そうでしょうか。私には全身黒尽くめの無鉄砲にしか見えませんでしたが……ときにリュ=ジェン。その紙の束は何ですか?」
眼鏡の向こうで眉を顰め、彼女は青年軍人―――もといリュ=ジェンがずっと手に持っている紙の束へと視線を向ける。
何かの資料、というわけでもなく。ただの真っ白な紙だ。
「あ、いや、これは…俺のじゃないっすよ。頼まれたんすよ…」
「誰に、何を」
足を止め、眼光鋭くハイリはリュ=ジェンを見つめる。
痛い所を突かれた彼は蛇に睨まれた蛙の如く。
空笑いを見せながら、言い訳せず正直に告白する。
「あ、あの…街の女の子たちに、「次に『漆黒の弾丸』が来たらサイン貰って」って…子持ちなのに意外と女性にも人気なんすよね、あの人…いやー、お陰で頼まれる方も困っちゃうっていうか…」
そう言っている彼の下心は明白で。
ハイリは冷淡な目を向けながら静かに、深いため息を吐き出す。
「不謹慎です。それは没収します」
「ええっ、まだ書いて貰ってもないのに!?」
「そもそも、あんな人間がそんな手間を被るとは思いませんけど」
そう言いながらハイリは昨日の光景を脳裏に過らせる。
如何にも粗暴な言動に愛想のない態度。
と、彼女は『漆黒の弾丸』から受けた悪態を思い出してしまう。
『得意げにベラベラ語りたかっただけだろ。まるでカラクリ説明機だな』
そんなつもりはなかった。
そう思えば思う程、ハイリの中で屈辱と羞恥心が膨れ上がっていく。
「私の何が解るって言うんですか…」
誰に言うわけでもない独り言。
無意識に眉は顰められ、憤りに目は細められていく。
「あ、あの…ハイリ副隊長…?」
いつの間にか立ち止まっていたハイリを気に掛け、顔を覗き込もうとするリュ=ジェン。
が、心配する彼の呼びかけで我に返ったハイリは鋭い眼光で睨み叫んだ。
「貴方はちゃんと寝癖を直してから任務に戻りなさい!」
「は、ははいっ!」
甲高いハイリの怒声が通路中に響く。
リュ=ジェンは即座に敬礼と共に情けない返答をし、そして逃げるように紙束を持ったままその場から消えていった。
慌てて去って行く部下の後ろ姿を見送りながら彼女は一人鼻息を荒くさせ、眼鏡の蔓を押し上げるとおもむろに歩き出した。
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