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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
5話
しおりを挟む「これ以上は冒涜です、公務執行妨害です! 貴方を逮捕―――」
「はい待った!」
眼鏡をギラリと光らせ女軍人が叫んだその瞬間。
タイミング良く制止する声が聞こえた。
クシャクシャでなんら手入れされていない黒髪に如何にも寝起きといった覇気のない顔付き。
その男性は呑気にあくびをしながら女性軍人と同じ方面から姿を現した。
「はいはいはい、軍基地の前で喧嘩はよしなさい。それと、君は配属されたてだから知らないかもだけど…彼はご贔屓にしている奴であって、俺のマブっちなんだよね」
「マ、マブっち…?」
「親友ってこ・と」
彼女と同じ衣服に身を包んでいる男はそう答えるとバイクの後部座席で脅えている少女の肩に優しく触れて微笑む。
一見軍人とは不似合いな容姿である彼の二の腕では腕章が静かに靡く。
その一方でバイクから降りた狩人の男は深いため息をつくと「くされ縁だろ」と言って娘に触れる男軍人の手を払う。
「恐縮ですが…ブムカイ隊長! 彼が例えマブっちだろうがご贔屓様だろうが、こんな粗暴な態度を許して良いのですか!? これではアマゾナイト軍の威厳を損ないかねます」
女性はそんな呑気な態度を見せる男軍人へ慌てた様子で敬礼をしつつも意見する。
彼女は眼鏡を光らせながら狩人の男を指した。
食指を向けられ眉を顰める男は二の腕を組み、彼女を鋭く睨み返す。
「―――ああ…それじゃあハイリ君。彼があの『漆黒の弾丸』って通り名のアーサガ・トルトだって言ったら…納得してくれる?」
ハイリ、と呼ばれた女性軍人は一瞬だけ思考を停止させ、間もなくして驚愕に目を丸くさせた。
「『漆黒の弾丸』と言えば……狩人の第一人者であり、各地の廃棄兵器を回収し悪用する者たちを取り締まっているという…アドレーヌ様の申し子とも呼ばれている方じゃないですか!?」
彼女はそう叫ぶと急ぎもう一度、先ほどから対立していた男を確認する。
『漆黒の弾丸』の特徴と言われている黒いバイクに乗り、全身黒尽くめの衣装を纏う男。
子連れという特徴もまさにその通りで。
更には隊長も認めている。
これ以上、疑いの余地はなかった。
「はいはいご丁寧な説明ご苦労。で、納得した?」
首を傾けながらそう尋ねる隊長格の男軍人。
部下であるハイリ副隊長は絶句した様子で、悔しさを噛み締め、顔を顰める。
しかし、『漆黒の弾丸』である男へときちんと敬礼し、先ほどまでの非礼を詫びた。
「……申し訳ありませんでした。『漆黒の弾丸』殿……次から最初に申し上げて頂きたいものです」
「ああ、自分から名乗るは好きじゃねえけど。お前のときは許可書を用意しとく」
「…そうですか、感謝します」
言葉とは裏腹に顔は『屈辱』と訴えているようで。
そんな彼女を見つめつつ、狩人の男はため息交じりに組んでいた二の腕を解く。
「…では、改めて自己紹介を。私はアドレーヌ王国平和維持軍クレストリカ地区東方基地第11部隊に配属する副隊長トイラ・ハイリと申しま―――」
「俺のことはアーサガで良い」
眉間に皺を寄せつつアーサガはそう言い放つなり、ブムカイを顎先で呼んだ。
不機嫌そうに眼鏡の蔓を押し上げているハイリを他所に、隊長である彼は笑みを浮かべたままアーサガの傍へと近寄る。
「何々、どうしたの?」
アーサガはため息交じりにブムカイへ耳打ちをした。
「おい、アイツは何なんだ? この前まで副隊長は違う野郎だったろ…」
「簡単に言うと人事異動ってやつでさ。彼女は俺の推薦でね」
軽く息を洩らし、彼女を一瞥する。
生真面目そうに直立し、何度も眼鏡を押し上げているトイラ・ハイリ。
常にニコニコと笑っている隣の男をよく知るアーサガからすれば、彼女は全く持って対照的な性格だ。
ブムカイの好みとも到底思えなかった。
「しばらく見ない間に…どういう趣味だ?」
しかめっ面で睨みつけるアーサガを見つめたブムカイは、ニヤリと笑ってハイリを呼んだ。
「ハイリくん。アマゾナイト軍について、簡潔に述べよ」
「はっ。アマゾナイト軍とは――正式名称『アドレーヌ王国・平和維持軍―アドレーヌの目―』のことです。現在の仕事は主に新生王国に反対する勢力の排除や騒動の鎮静化。また先の三国大戦で廃棄された兵器の回収・処理を行っています。ちなみにこの通称はかの救世主アドレーヌ様の瞳の色がアマゾナイト石に似ているから――と、これでどうでしょうか」
突然振られた質問に、迷うことなく回答するハイリ。
彼女は教書をなぞって読んだかのような説明を、眉一つ動かさず話してみせた。
「それが何か?」と質問の意図が解らず疑問符を浮かべている彼女へブムカイは「ご苦労」とひと言だけ言う。
と、ブムカイは改めてアーサガに耳打ちした。
「なっ? この説明口調…案外便利で良いんだよな~」
「便利ってなんだ…」
「しかもああ見えてさ、意外と良いもん持ってんだよ~」
ブムカイが胸元で見せている仕草に気付き、深いため息をつくアーサガ。
久しぶりの再会でも変わらずのセンスと変わらない性格に呆れ果て、それ以上は何も言うまいとアーサガは静かに口を閉ざす。
そんな二人の背後で一人、娘のナスカはぼーっと雲一つない空を眺めていた。
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