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5色目~誰だって真っ黒に塗りつぶしたい過去があるものさ

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「またいつの間にか小石は無くなってしまっていたけれど……まあ、落ち込んでいても仕方がないさ。実を言うと真っ赤も真っ青も真緑も、ボクには似合わないと思っていたところだったんだ」

 ププはそう言うとほうきの上でおどけてみせていました。
 しかし、先ほどからずっとピリカの表情はくもったまま。悲しい顔をしています。
 流石のププもようやくそのことに気づいたようでした。

「…そ、そうだ。リトルレディ、君が好きな色なんてどうかな? ボクは君が好む色に染められたいかな」

 ププはそう言ってピリカに近づくと、こっそりと顔を覗き込みます。
 うつむいたままでいるピリカは、小さな声で答えました。

「黒…」
「黒? ステキだね! スタイリッシュでもあり落ち着きのあるエレガントな色…うん、真っ黒色にしよう!」

 ププは喜び、ほうきの上でクルクルと踊り回ります。

「それで…真っ黒色の材料はどこで手に入れるのかな…?」

 ププがそう尋ねると、ピリカは指先をすっ、と上空へと向けました。
 今の空は、星々と満月が輝く真っ黒色の夜空でした。

「そうか、この夜空から手に入れるんだね」

 ピリカは小さく頷きます。

「よーし、それじゃあ夜の空から色の素を借りようじゃないか!」

 ププとピリカを乗せたほうきはゆっくりと上へ上へ。星々にまで手が届きそうなくらいの上空まで、上っていきました。

「―――夜空さん、夜空さん。その力をあたしに貸してくださいな。その真っ黒な色素をあたしに―――」

 と、そこでピリカの言葉はぴたりと止まってしまいました。
 どうしたのかとププがその顔を覗き込んでみると、ピリカは突然大粒の涙をこぼし始めたのです。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 ぽろぽろとこぼれる涙は、ププの頭へと落ちていきます。

「どうしたんだい、リトルレディ? 夜の涙は心に障るものだよ?」
「ごめんな、さい…ププとの思い出を、思い出すと…どうしても……ちがうことも、一緒に、思い出しちゃって……」
「一体何を思い出すんだい?」

 片手で何度も何度も涙を拭いながら、それでも泣きじゃくったまま、ピリカは答えました。

「パパとの、思い出……」




   *



 ピリカはパパが世界で一番大好きでした。
 だから、パパからもらったプレゼントのププは一番の宝物でした。

『―――ありがとうパパ! このぬいぐるみ大切にするね!』

 ププをどこかに置き忘れてしまったときも、見つけてくれたのはパパでした。

『…よかった、ププがみつかって…ありがとう、パパ』

 ほつれてしまったププをキレイに直してくれたのもパパでした。

『ごめんなさい…もうぜったいこわしたりしないから…うん。約束する』

 何よりも大好きだった、世界一の魔法使いだったピリカのパパ。
 いつも優しくていつも穏やかで、誰よりもステキだったパパ。
 ですが、彼女のパパはとてもとても重い病のせいで亡くなってしまったのです。
 あまりのショックでピリカは大好きだった勉強も遊びもしなくなってしまい、家にずっと引きこもっていました。
 一番の宝物だったププも、パパとの楽しかった記憶を思い出してしまうからと、物置の奥にずっとしまっていたのです。
 パパとの思い出を奥底にしまい込んで。それでも、ピリカは毎日毎日悲しくて泣き続けていました。
 泣くことができなくなるまで泣いて、そしてそれから考え始めました。

『パパにはもう会えない…けど、会いたい、会いたい……パパに、会いたいよ……』

 ピリカは考えに考えて、パパに会うことはもうできないけれど。
 パパに会う魔法もパパを生き返らせる魔法も存在しないけれど。
 せめて、パパの代わりになるものがほしい、パパの代わりがあれば良いと考えたのです。
 そうして、ププを父の代わりにしようと―――おしゃべりができるようにしようと思ったのでした。



   *




「ごめ、なさっ……ププが、パパの代わりっ、なれば…いいなって、あたしの、わがままだったの……黒も、ホントは、パパが好きな、色なの……!」

 泣きじゃくりながら、そう話すピリカ。
 ププは彼女の言葉を静かに聞き、止まらずにこぼれ落ち続ける涙を、その頭で優しく受け止め続けました。 

「そうだったんだね…とても、とても辛い話なのにボクに教えてくれてありがとう、リトルレディ」

 ププはゆっくりと手を伸ばし、ピリカのこぼれ落ちる涙を優しく拭ってあげます。

「けどごめん、ボクは君のパパにはなれない。動き出す前の思い出はなんにも覚えていなくてね…君のパパのことも何もわからない。君のパパのような色んなことは多分、してあげられない」

 ボクはただのぬいぐるみだしね。と、ププは付け足します。
 
「けれどもね。ボクが君を守りたいと思う気持ちは、君のパパ以上にあるつもりさ」

 そう言うとププはほうきの上で器用にクルリと回ってみせました。

「思い出だって今日だけでも沢山できたじゃないか。そうさ、これからはボクと一緒に、パパとの思い出にも負けないくらい楽しくて面白くて嬉しくなるような、そんな思い出を作り続ければいいじゃないか」

 するとププは突然、自分の腕をピリカに見せました。
 ほんのり潮味で、少しばかり焦げついていて、ちょっとほつれてしまった、そんな薄汚れた白い腕です。

「そうさそうさ! 色なんかにこだわる必要はなかったのさ! 君との冒険でできたこの汚れやキズが、ボクにしか作れない、ボクだけのカッコイイ色だったんだ。これは君を守った楽しませた嬉しかったというあかしだったんだよ!」

 そのことに気づいたププは、嬉しくなって喜んでほうきの上だということも忘れて、ぴょんぴょんと飛び跳ね続けます。

「ボクはこれからも真っ白なネコのぬいぐるみで良いのさ。リトルレディをずっとずっと見守るナイトの色で良いんだ! それがわかっただけでも、この冒険はムダじゃなかったのさ!」

 無邪気にはしゃぐププを見て、ピリカは思わずクスリと笑います。
 そして、力強くププを抱きしめました。

「ありがとう、ププ…あたしの一番の宝物……」
「ボクの方こそありがとう。こうしておしゃべりをさせてくれるようにして。おかげでボクは今とっても幸せだと、君に伝えられることがとってもとっても幸せさ」

 ピリカはより強く、ププを抱きしめました。
 その間にもピリカはぐすぐすと涙と鼻水とを、たれ流し続けます。
 そんな涙も鼻水も、ププは自分の頭で優しく受け止め、吸い取り続けます。

「ボクにとっては君の涙だって、すばらしい色になるんだ―――けれどね…鼻水のところだけは、後でちょこっとだけ洗ってほしいかな……」







   
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