5 / 6
5色目~誰だって真っ黒に塗りつぶしたい過去があるものさ
しおりを挟む「またいつの間にか小石は無くなってしまっていたけれど……まあ、落ち込んでいても仕方がないさ。実を言うと真っ赤も真っ青も真緑も、ボクには似合わないと思っていたところだったんだ」
ププはそう言うとほうきの上でおどけてみせていました。
しかし、先ほどからずっとピリカの表情はくもったまま。悲しい顔をしています。
流石のププもようやくそのことに気づいたようでした。
「…そ、そうだ。リトルレディ、君が好きな色なんてどうかな? ボクは君が好む色に染められたいかな」
ププはそう言ってピリカに近づくと、こっそりと顔を覗き込みます。
うつむいたままでいるピリカは、小さな声で答えました。
「黒…」
「黒? ステキだね! スタイリッシュでもあり落ち着きのあるエレガントな色…うん、真っ黒色にしよう!」
ププは喜び、ほうきの上でクルクルと踊り回ります。
「それで…真っ黒色の材料はどこで手に入れるのかな…?」
ププがそう尋ねると、ピリカは指先をすっ、と上空へと向けました。
今の空は、星々と満月が輝く真っ黒色の夜空でした。
「そうか、この夜空から手に入れるんだね」
ピリカは小さく頷きます。
「よーし、それじゃあ夜の空から色の素を借りようじゃないか!」
ププとピリカを乗せたほうきはゆっくりと上へ上へ。星々にまで手が届きそうなくらいの上空まで、上っていきました。
「―――夜空さん、夜空さん。その力をあたしに貸してくださいな。その真っ黒な色素をあたしに―――」
と、そこでピリカの言葉はぴたりと止まってしまいました。
どうしたのかとププがその顔を覗き込んでみると、ピリカは突然大粒の涙をこぼし始めたのです。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
ぽろぽろとこぼれる涙は、ププの頭へと落ちていきます。
「どうしたんだい、リトルレディ? 夜の涙は心に障るものだよ?」
「ごめんな、さい…ププとの思い出を、思い出すと…どうしても……ちがうことも、一緒に、思い出しちゃって……」
「一体何を思い出すんだい?」
片手で何度も何度も涙を拭いながら、それでも泣きじゃくったまま、ピリカは答えました。
「パパとの、思い出……」
*
ピリカはパパが世界で一番大好きでした。
だから、パパからもらったプレゼントのププは一番の宝物でした。
『―――ありがとうパパ! このぬいぐるみ大切にするね!』
ププをどこかに置き忘れてしまったときも、見つけてくれたのはパパでした。
『…よかった、ププがみつかって…ありがとう、パパ』
ほつれてしまったププをキレイに直してくれたのもパパでした。
『ごめんなさい…もうぜったいこわしたりしないから…うん。約束する』
何よりも大好きだった、世界一の魔法使いだったピリカのパパ。
いつも優しくていつも穏やかで、誰よりもステキだったパパ。
ですが、彼女のパパはとてもとても重い病のせいで亡くなってしまったのです。
あまりのショックでピリカは大好きだった勉強も遊びもしなくなってしまい、家にずっと引きこもっていました。
一番の宝物だったププも、パパとの楽しかった記憶を思い出してしまうからと、物置の奥にずっとしまっていたのです。
パパとの思い出を奥底にしまい込んで。それでも、ピリカは毎日毎日悲しくて泣き続けていました。
泣くことができなくなるまで泣いて、そしてそれから考え始めました。
『パパにはもう会えない…けど、会いたい、会いたい……パパに、会いたいよ……』
ピリカは考えに考えて、パパに会うことはもうできないけれど。
パパに会う魔法もパパを生き返らせる魔法も存在しないけれど。
せめて、パパの代わりになるものがほしい、パパの代わりがあれば良いと考えたのです。
そうして、ププを父の代わりにしようと―――おしゃべりができるようにしようと思ったのでした。
*
「ごめ、なさっ……ププが、パパの代わりっ、なれば…いいなって、あたしの、わがままだったの……黒も、ホントは、パパが好きな、色なの……!」
泣きじゃくりながら、そう話すピリカ。
ププは彼女の言葉を静かに聞き、止まらずにこぼれ落ち続ける涙を、その頭で優しく受け止め続けました。
「そうだったんだね…とても、とても辛い話なのにボクに教えてくれてありがとう、リトルレディ」
ププはゆっくりと手を伸ばし、ピリカのこぼれ落ちる涙を優しく拭ってあげます。
「けどごめん、ボクは君のパパにはなれない。動き出す前の思い出はなんにも覚えていなくてね…君のパパのことも何もわからない。君のパパのような色んなことは多分、してあげられない」
ボクはただのぬいぐるみだしね。と、ププは付け足します。
「けれどもね。ボクが君を守りたいと思う気持ちは、君のパパ以上にあるつもりさ」
そう言うとププはほうきの上で器用にクルリと回ってみせました。
「思い出だって今日だけでも沢山できたじゃないか。そうさ、これからはボクと一緒に、パパとの思い出にも負けないくらい楽しくて面白くて嬉しくなるような、そんな思い出を作り続ければいいじゃないか」
するとププは突然、自分の腕をピリカに見せました。
ほんのり潮味で、少しばかり焦げついていて、ちょっとほつれてしまった、そんな薄汚れた白い腕です。
「そうさそうさ! 色なんかにこだわる必要はなかったのさ! 君との冒険でできたこの汚れやキズが、ボクにしか作れない、ボクだけのカッコイイ色だったんだ。これは君を守った楽しませた嬉しかったという色だったんだよ!」
そのことに気づいたププは、嬉しくなって喜んでほうきの上だということも忘れて、ぴょんぴょんと飛び跳ね続けます。
「ボクはこれからも真っ白なネコのぬいぐるみで良いのさ。リトルレディをずっとずっと見守るナイトの色で良いんだ! それがわかっただけでも、この冒険はムダじゃなかったのさ!」
無邪気にはしゃぐププを見て、ピリカは思わずクスリと笑います。
そして、力強くププを抱きしめました。
「ありがとう、ププ…あたしの一番の宝物……」
「ボクの方こそありがとう。こうしておしゃべりをさせてくれるようにして。おかげでボクは今とっても幸せだと、君に伝えられることがとってもとっても幸せさ」
ピリカはより強く、ププを抱きしめました。
その間にもピリカはぐすぐすと涙と鼻水とを、たれ流し続けます。
そんな涙も鼻水も、ププは自分の頭で優しく受け止め、吸い取り続けます。
「ボクにとっては君の涙だって、すばらしい色になるんだ―――けれどね…鼻水のところだけは、後でちょこっとだけ洗ってほしいかな……」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
おねしょゆうれい
ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。
※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。
絆の輪舞曲〜ロンド〜
Ⅶ.a
児童書・童話
キャラクター構成
主人公:水谷 陽太(みずたに ようた)
- 年齢:30歳
- 職業:小説家
- 性格:おっとりしていて感受性豊かだが、少々抜けているところもある。
- 背景:幼少期に両親を失い、叔母の家で育つ。小説家としては成功しているが、人付き合いが苦手。
ヒロイン:白石 瑠奈(しらいし るな)
- 年齢:28歳
- 職業:刑事
- 性格:強気で頭の回転が速いが、情に厚く家族思い。
- 背景:警察一家に生まれ育ち、父親の影響で刑事の道を選ぶ。兄が失踪しており、その謎を追っている。
親友:鈴木 健太(すずき けんた)
- 年齢:30歳
- 職業:弁護士
- 性格:冷静で理知的だが、友人思いの一面も持つ。
- 背景:大学時代から陽太の親友。過去に大きな挫折を経験し、そこから立ち直った経緯がある。
謎の人物:黒崎 直人(くろさき なおと)
- 年齢:35歳
- 職業:実業家
- 性格:冷酷で謎めいているが、実は深い孤独を抱えている。
- 背景:成功した実業家だが、その裏には多くの謎と秘密が隠されている。瑠奈の兄の失踪にも関与している可能性がある。
水谷陽太は、小説家としての成功を手にしながらも、幼少期のトラウマと向き合う日々を送っていた。そんな彼の前に現れたのは、刑事の白石瑠奈。瑠奈は失踪した兄の行方を追う中で、陽太の小説に隠された手がかりに気付く。二人は次第に友情と信頼を深め、共に真相を探り始める。
一方で、陽太の親友で弁護士の鈴木健太もまた、過去の挫折から立ち直り、二人をサポートする。しかし、彼らの前には冷酷な実業家、黒崎直人が立ちはだかる。黒崎は自身の目的のために、様々な手段を駆使して二人を翻弄する。
サスペンスフルな展開の中で明かされる真実、そしてそれぞれの絆が試される瞬間。笑いあり、涙ありの壮大なサクセスストーリーが、読者を待っている。絆と運命に導かれた物語、「絆の輪舞曲(ロンド)」で、あなたも彼らの冒険に参加してみませんか?
【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。
しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。
そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。
そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。
小さな王子さまのお話
佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』……
**あらすじ**
昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。
珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。
王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。
なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。
「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。
ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…?
『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』――
亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。
全年齢の童話風ファンタジーになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる