聖女はそっちなんだから俺に構うな!

ネオン

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第三章 魔王城

七.廃村にて(前)

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「いや~っ‼ うちのせっかくの戦闘デビューがぁっ……‼」

 田辺さんが泣き喚きながら後ずさる。今回から浄化が済み次第戦闘に参加するって意気込んでいたのに、どうしてこうなったかというと――。目の前の敵を見れば理解してもらえるのではないだろうか? 俺も叫びたいのを必死に堪えているんだ! 田辺さんにいまさら格好つけたいわけじゃないけど、さすがにこの歳の男子がこれで叫ぶのは如何なものかと頭の中で冷静に突っ込む自分がいたのだ。でも反対に、この状況じゃ男も女も関係なく叫んでも仕方ないじゃないかって言う自分も……。結局のところ何が言いたいのかと言うと、やっぱり生理的に無理ってことだ!

「うわぁっ!? 何であんな大きいんだよ! こっち来るな~!」

 みっともないけど仕方ないよ。俺たちと同じくらいの大きさの蟲だよ? 叫んでも仕方ないと思う!

「北川~っ! うちこんなの無理~」

 田辺さんが俺に助けを求めているけど、正直俺も鳥肌が凄くてこの場から動けない。幸いなことに、王子の結界のおかげで田辺さんは蟲と直接接触することはないだろう。でも、結界に体当たりしてくる蟲を目の前で見せられ続ける恐怖……想像しただけで恐ろしい! 

「ウィン! 田辺さんの結界の周りに竜巻を起こして蟲を飛ばしてくれ!」

「たちゅまき、ぐりゅ~ん‼」

 ウィンの起こした竜巻が田辺さんの結界の周りで渦巻き、突進してきていた蟲たちが宙を舞う。そこにフィアの魔法を放って蟲たちを焼き払う。

「フィア! 火炎放射!」

「行っけ~! 火炎放射~」

 火の着いた羽が剥がれて宙を舞い、地面に丸焦げの蟲が叩きつけられる。

 今倒した蟲は、恐らくカブトムシだろう。カブトムシは子供の頃捕まえて飼育していたくらい好きなんだけど、アレは無理! さっきも言ったけど、大きさが人間と同じくらいなんだ! あんなにじっくり裏側とか、足の筋とか毛とか見たことないし……。

「田辺さん! 怖いかもだけど、今は浄化に集中してくれ!」

 俺はそう言って自分の前の敵に集中する。俺の前に迫っているのは、あろうことか好きな人間はいないのではないかというほどの嫌われ者――G・O・K・I・B・U・R・I! である。自然と唇が震えてしまうのは仕方ないと思わないか? でっかいゴキが、カサカサ音を立てながら近付いて来てさ、攻撃したら飛ぶんだぜ!? ビビらない方がおかしいだろっ!

「アクア、フィア! 熱湯シャワー!」

「グラッドは俺の上に土で屋根を作ってくれ!」

 実家で風呂場にゴキが出た時に、殺虫剤も手元にないとき六十度以上のお湯を掛けると死ぬって聞いてから、黒光りした奴が焦げ茶色に変色するまで熱湯攻めして退治したことが何度かあったことを思い出す。ここに殺虫剤があれば一番良かったんだけど、人間サイズの奴らに効くとは思えないし、逆にそのサイズの奴らを殺せるくらいの殺虫剤は俺たち人間にも害がありそうで怖いしな! この何もない状態でどうゴキを退治するか……熱湯だろ! 

 蒸気で前が見えないけど、ガサガサと気持ち悪い音を立てていたゴキが静かになった。やったのか? やったのか俺は!? 

「よし、次はアクアとウィンで辺りの気温を下げられるか? 昆虫は寒いと動きが鈍くなるんだ」

 十五度を切ると動きが鈍くなって冬眠に入るって聞いたことがある。俺たちは気温に左右されない装備を身に着けているから、多少の気温の上がり下がりは問題ない。

「ウィン、吹雪をおこしますわよ」

「あ~いっ」

 二人の合わせ技で辺りが吹雪く、ゴキの後ろに迫っていたクワガタやコガネムシの動きが鈍くなる。王子とディランが対峙している大ムカデも例外なく動きが鈍くなっている。ムカデはしぶとくってなかなか死なないし、毒もあるからかなり気を付けなければならない。王子の魔法と、ディランの剣で後方に流れないようにしてくれていたけど、その代わりに他の蟲たちがどんどん後ろに来ていたのだ。エリックはムカデの上空に飛んでいる蛾を集中的に矢で攻撃していて、必然的に後方に流れて来た敵は俺が倒すことになる。

 それでも王子たちが数は減らしてくれているから、一番大変なのは前衛の二人だと思うけど……。

「動きが鈍くなっているうちに、グラッドは俺と田辺さんの前に蟻地獄を‼ ポピーは飛んでいる虫たちを電流攻撃で打ち落としてくれ!」

 動きは鈍くなっているけど、敵認定されている俺たちに向かってくる蟲たちは次々と蟻地獄に飲み込まれて行く。ポピーの電流で痺れて地面に叩き落される蟲たちも同じく蟻地獄の餌食だ。

 田辺さんの浄化が終わると、辺りに充満していた瘴気が一気に霧散して、呼吸が楽になる。

「北川サンキュウ! もう大丈夫だからうちも頑張るね!」

 蟻地獄に飲み込まれた蟲たちは魔法の解除によって生き埋めになって、目の前には元の地面があるだけだ。新たにやって来た飛ぶ系の蟲が田辺さんに襲い掛かるけど、田辺さんの放った浄化魔法でみるみる弱って行く。そこにエリックが援護射撃で矢を射る。まだ消滅までは難しいみたいだけど、ここまで出来るだけでも十分すごいことだ。俺自身は少し短剣が使えるだけで、基本的には妖精頼みな訳だし。

 吹雪は継続しているから、こっちにやってくる蟲は動きがぎこちない。蜂がお尻の針をこちらに向けて突き刺そうと迫ってくる。

「グラッド、壁!」

「かべ、ドーン」

 俺を囲うように現れた土壁に、『グサッ』という物騒な音を立てて針が突き刺さる。ミツバチは引き抜こうとしてお尻の肉が千切れてそのまま絶命したようだけど、スズメバチは何度も刺してくるから、目の前でどんどん壁にヒビが入るのが恐怖だ。崩れるのも時間の問題だろう。こっそりポピーに針が刺さった瞬間に高圧電流を掛けて地面に落としてくれと頼む。土の壁に護られている俺には感電することはないから、遠慮なくやってくれと指示を出す。

「威力マシマシで、電流ビリビリ~」

 以前より強力になった高圧電流を喰らえば、無事では済まないだろう。ドサドサと蜂が地面に落ちる音を確認して、近くに敵がいないことをアクアから聞くと、土の壁を消して周囲を見渡す。周りに散らばっている蜂たちはまだピクピク動いていて、本当に気持ちが悪い。蟲は痛覚がないって聞くけど本当なのかな? だからこそ足がもげようとも、半身が千切れようとも動くことが出来るのだろうけど……。そういうところも気持ち悪い!

「フィア、火炎放射で焼き尽くしてくれ!」

 フィアのおかげで、周りにいた蟲たちは焼き尽くされて灰に変わる。その時に出る煙の量が半端じゃなくて、目の前にいた俺は思わず咳込んでしまう。

「ショウゴ殿大丈夫ですか!?」

 前方で戦っていた筈の王子が俺の目の前に転移してきて俺の背中を擦り、コップに入った水を差し出した。今はそんなことをしている状況じゃないと思うんだけど……。案の定、前衛が一人になったディランは、さっきまでより動きが大振りになっている。

「俺のことはいいから、レオは前に戻って!」

「敵も大分少なくなって参りましたから、ディランに任せても問題ありません。さあ、お水を飲んでください」

 王子は王子で譲るつもりがないようで、水を受け取るまでは梃子でも動かないだろう。

「分かった……。ありがとう。でも、水を飲んだらディランのところに戻ってくれるか? ちょっと煙を吸って咽ちゃっただけだからさ」

 この間のことが尾を引いているのか、王子の過保護に拍車がかかっている気がするけど、説明もなく蟻地獄に飲み込まれるようなことをした自分が悪いから素直に甘受するしかない。俺が水を口に含んで呼吸が落ち着くと、王子は安心したように前衛に戻って行った。その際に煙を吸い込むことがないように結界を張ってくれたから、素直にお礼を言う。

 その後もたくさんの蟲をやっつけて、何とか全ての蟲を殲滅することに成功した。俺たちはホッと息を吐いて、今の状況を見直すことにした。

 瘴気の発生源である廃村に到着すると、突然廃屋から大きな鈴虫が出てきたのだ。鈴虫は俺たちの存在に気が付くと、羽を振るわせて『リ~ン、リ~ン』と大きな音を出した。すると、それを合図にあちこちから蟲が現れて、さっきの戦闘に至った。戦闘が終わり落ち着いたところで、改めて廃村を調査することになった。多くの村人は逃げて新たな土地で暮らしているそうだけど、一部逃げ遅れた人間や立ち向かった人間は奴らの餌食になってしまったと聞く。一軒一軒回って中を確認すると、数軒には無残に食い散らかされた遺体が、白骨化していた。それを丁寧に一か所に集めると、グラッドに掘ってもらった穴に埋葬した。墓標を立てて、田辺さんの祈りと共に黙祷を捧げる。立ち向かった村人たちは家族や仲間を逃がすために勇敢に戦って命を落とした。そんな彼らが安らかに眠れるように、俺は心の中で静かに祈りを捧げた。 

「あらぁ~っ!?  私の可愛いペットたちみんなやられちゃったのぉ?」

 俺たちがしんみりとしていると、場違いな程甘ったるい喋り方の声が響いた。
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