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第一章 聖女召喚に巻き込まれてしまった
二十.エリック
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「あなたがエリックさんですか?」
「せやけど、兄ちゃんどちらさん?」
そう聞いてきた彼は一四〇センチくらいの身長で、頭には白くてフワフワした耳が付いている。腰の辺りでユラユラと揺れている長い尻尾がとっても可愛い。獣人だよね? 見た目は小学校高学年から中学生くらいに見えるから俺よりは年下だと思う。
「俺はショウゴで、こちらが第三王子のレオンハルト様で、この街にいるエリックさんを迎えに来ました」
俺が自分と王子の紹介を簡単にすると、聖女様が神託を授かったので魔王討伐のメンバーとして迎えに来たと王子が説明してくれた。
「へえ~。そうなんやって言いたいところやけど、オイラが選ばれたってホンマなん?」
「エリックさんが選ばれたことは間違いがないのですが、この街にはエリックさんはあなただけですか?」
俺がそう聞くと数年前まではもう一人いたそうだけど、老年で亡くなったから今は一人しかいないらしかった。
「ほんならオイラやなあ。やけど、急に言われてもやで?」
薬屋さんはお婆さんと二人でやっているらしく、急に抜けるのは難しいという。数年前まではお婆さん一人でやっていたから大丈夫だとは言ってくれたけど、高齢なので一人にはしたくないんだって。エリックさんはおばあちゃん想いのいい子だなあ。
王子が薬師見習いとして人間を派遣してくれることになって、その人に仕事を教えて引継ぎが出来れば一緒に旅に出てくれるということになった。王子は伝達魔法でお城に残っているディラン様に、薬の販売や素材集めに適している薬師見習いをキャベリックまで派遣するように伝えた。人員が到着するまで俺と王子はキャベリックに留まることになり、引継ぎがどのくらいの期間必要かを見極めて再び迎えに来るところまで話が纏まった。
「王都からここまで馬で二日やんな? 早くても明後日か明々後日やから、オイラがキャベリック案内したるわ!」
エリックさんの提案にワクワクしたけど、王子を見ると明らかに不機嫌で――。面倒くさいと思っているのかな? それだったら王子は宿でゆっくりしていてくれても良いんだけど……。
「エリックさんありがとう! こっちの世界の街とか、俺まだちゃんと見たことがないので楽しみです! レオンハルト様がもし疲れてるんだったら、宿で休んでいても大丈夫なんで、俺はエリックさんに案内お願いしたいです」
「任しといて! 今日の晩飯美味い飯屋連れてったるわ!」
「ショウゴ殿の護衛として離れる訳にはいきませんし、わたしも行きます」
王子は慌てて一緒に行くと言った。
「これから一緒に行動すんのに、敬語はやめにせえへん? 堅苦しい喋り方は息が詰まりそうで無理やねん。それから、『さん』付けは他人行儀やし、オイラのことは『エリック』って呼んでくれたらええから! オイラも兄ちゃんのことショウゴって呼ばしてもらうし。王子さんは何て呼んだらええ?」
「わたしのことは名前で呼ぶ必要はない。王子でも殿下でも好きに呼ぶがいい」
うわあ……。人見知り発動してるのか? エリック気にしないでくれたら良いけど――。
「分かったわ! 王子って呼ぶことにするわ。でも、オイラのことは『エリック』でええからね」
基本王子は俺と田辺さん以外とは話し方が違う。まあ田辺さんと俺でも違うんだけど……。でも初対面で、これから一緒に旅することになる仲間に、そんな態度を取っちゃうのはいただけないし、王子の事情を俺は知っているから誤解はして欲しくない。
「エリック、ごめんね。レオンハルト様はちょっと人見知りなんだ。冷たい態度とか取っちゃうかもだけど、本当は優しい人だから誤解しないであげて欲しい」
「ええよええよ。何も気にしてへんし! じゃあ夕方店閉める時間にまた来てもろてええ?」
「うん。お店の邪魔しちゃってごめんね! また後で来るね。夕ご飯のお店楽しみにしてる!」
改めて閉店時間に訪問する約束をして俺と王子はこれからしばらく泊まることになる宿に向かった。宿の手続きは、俺たちがエリックを待っている間に護衛の人が、予め済ませてくれていたらしく、着くと直ぐに部屋に案内された。
ここでも当然のように王子と同じ部屋だったんだけど、大きなベッドが一つだったので、別々の部屋にするかベッドを二つにして欲しいとお願いした。すると王子が悲しそうな顔をして、そんなに自分と一緒は嫌ですか? と聞いてくるから、返答に困った――。
「嫌という訳ではなくて、やっぱり一人の方が落ち着くっていうか――」
「わたしはショウゴ殿と一緒に眠るようになってから、初めて悪夢にうなされることもなく安心して眠ることが出来ました。しかし、それでショウゴ殿が落ち着いて眠ることが出来ないと言うなら、別々のベッドにいたしましょうか」
泣きそうな顔でそんなこと言われたら、このままで良いよって言うしかないじゃないか。気持ち的に落ち着かないだけで寝れない訳でもないんだし。結局王子と俺はこのまま大きなベッドで二人で寝ることになった。
護衛の人たちは、夜交代で部屋の前に立ってくれるらしく、それ以外の人は下の階に五人で同じ部屋を取ったそうだ。お城でもそうだったけど、いつでも部屋の前に誰か護衛の人が立っていて、王族の警護は大変なんだなって思った。俺は王族じゃないから、クリスくんを付けてもらうことだって不相応だと思うし、部屋の前の護衛はいらないって言ったんだけど認めてもらえなかった。王子の部屋の隣だし、王子の大切な人だからってクリスくんに諭すように言われたけど――。俺の立ち位置って何なんだろう? 初めは召喚に巻き込んだんだから保護して当然的な感じだったよね?
夕方になってエリックのいる店まで迎えに行った。
「エリックお疲れ様!」
お店の前で看板や暖簾をしまっているエリックに声を掛けると、手を振ってにっこり人好きのするような笑顔を向けられて、弟を思い出して不覚にも少しキュンとしてしまった。
「ショウゴと王子! もう片付け終わるから店の中で待っててな!」
まだ子供だというのに働き者の彼に関心して思わず見入ってしまう。それに気が付いた王子が不機嫌そうに俺の手を引いて店内に入った。店に入るとお婆さんが売り上げの集計をしていたので邪魔にならないか訊ねた。
「ああ、気にせんでええで。わしは金勘定が終わったら引っ込むでよ」
「それじゃあお言葉に甘えてここに居させてもらいますね。ところでお婆さんはエリックと一緒にご飯食べに行かなくて良いんですか?」
「ありゃ、わしのことも気にしてくれるんかい? 気遣いはありがたいんじゃが、わしもこんな年じゃろ? 夕飯食ったらもう起きてられないんじゃよ。せやから夕飯はうちで食うんが一番なんじゃ。わしのことは気にせんと、せっかくキャベリックに来たんじゃから、美味い飯でも食って楽しんで来たらええんじゃよ」
がははと豪快に笑いながらお婆さんはそう言って売り上げ集計の作業に戻った。喋り方は少し乱暴だけど優しい人だってことはすぐに分かったから、俺はお婆さんのことを好ましく思っている。俺が胃がムカムカするって言っただけで、精神的な物だって気付いてくれたし。田舎の婆ちゃんを思い出す。声はデカいし、おせっかいなんだけど、触れて欲しくないところには触れないし、気付いて欲しいけど自分からは言えないことに気が付いてくれるような優しい婆ちゃんだった。俺が中学に入学する前に亡くなってしまったけど、今でも婆ちゃんのことは鮮明に思い出すことが出来る。遠くに住んでいたから、年に一度しか会えなかったけど、俺も弟も婆ちゃんに会えるのをいつも楽しみにしていたんだ。婆ちゃんのことを思い出してしんみりしているとエリックが戻ってきて、食堂に向かうことになった。
「オイラのおすすめの店は何軒かあんねんけど、ショウゴと王子、苦手な食材とかあったら教えて」
エリックにそう言われて、俺は今日の出来事と合わせて、人を食べる恐れのある魔獣の肉は生理的に受け付けないし、出来れば口に入れたくないと話した。
「オッケー! そしたら、魔獣肉を使わない店に行こか」
「え! そんなお店あるの?」
思わず訊ねる。だって魔獣肉がポピュラーだと思っていたし、何なら魔獣肉しかないのかもとすら思っていたから――。俺の表情から何を考えているのかが分かったのか、王子は今までお城で出された料理に使われていた肉についても、人を食べるような魔獣の肉は使われていないと教えてくれてホッとした。飛行型の魔獣の肉は本当に貴重らしく、高額で取引されるけれど、お城では使われないんだって。
王子が言うには、神殿に勤める者は魔獣肉を食べてはならないということで、同じ敷地にあるお城でも出されなくなったそう。だから基本的に使われるのは元の世界と同じように飼料で育てられた家畜が主なんだって。騎士たちや神職者以外の者は遠征の時に討伐して、今回の猪型の魔獣のように食べたりするし、街の食堂で食べたりはするらしい。城の中では食べないってだけみたいだけどその辺りは個人の自由なので俺が気にするところではない。
ちなみに王子も魔獣の肉は猪型の魔獣の肉しか食べたことがないそうで、俺が気になるのなら人を食べた可能性のある魔獣の肉は今後も一切食べないと言ってくれた。王子の食の自由を奪うのは申し訳ないから、俺のことは気にしないで欲しいって言ったんだけど、俺の精神衛生に配慮することは、苦じゃなく当然のことだって言ってくれて、嬉しかったのは秘密だ。
エリックに連れて行ってもらったお店は、魚介類がメインのお店でどの料理もとても美味しかった。そこで色々な話を聞いた。この世界に来てまだそんなに経たない俺は知らないことだらけで、何を聞いても新鮮だった。
エリックの職業は『薬師』で、聖女の回復系の魔法では治すことの出来ない病気系の薬や、外傷用の薬を作っている。回復魔法を使うことの出来る魔術師は希少で、一般の人が術を施してもらうことはほぼない。そのため薬師が症状から判断して薬を処方するんだとか――。元の世界の病院の役割だと聞いて驚いた。薬剤師的なものだと思っていたのに、それ以上のことをすると言うから。診療所もあって医者もいるんだけど、風邪とかちょっとした不調なら薬屋で済ませることが多いんだとか――。診療所では骨折とか縫合が必要な裂傷といった、ちゃんとした診察が必要な病気や怪我の人が行くんだって。その診療所に薬を卸しているのは勿論薬師だから、のんびりに見えて結構忙しいらしい。エリックもお婆さんもすごいんだなと改めて感心してしまった。人懐こい笑顔で、趣味が新たな薬を開発することで、毒薬にも詳しく、弓の矢じりの先に毒を仕込む後方支援要員だということも教えてくれたのにも驚かされた。
エリックの代わりの薬師見習いの人が到着するまでの間、昼間は仕事で忙しいから夕飯を一緒に摂る約束をして、薬屋までエリックを送って別れた。
宿に戻ると王子が、俺に先に浴場を使って良いと言ってくれたから、お言葉に甘えて汗を流した。俺と入れ替わりで王子が浴場に入って旅の汚れを落とす。浄化の魔法が使えても、温かい湯を浴びるのは気持ちが良いし全然違うと思うから、昨日は野営だったし、しっかり温まって疲れをとってくれたらと思う。街の宿屋には湯舟がなくて浸かることは出来ないけど、シャワーだけでも十分温まることが出来るから。
浴場から出てきた王子が魔法で俺の髪も乾かしてくれて、同じベッドに横になった。敢えて境界線は引かなかったけど、同衾のルールは守って欲しいと念を押して眠りについた。
「せやけど、兄ちゃんどちらさん?」
そう聞いてきた彼は一四〇センチくらいの身長で、頭には白くてフワフワした耳が付いている。腰の辺りでユラユラと揺れている長い尻尾がとっても可愛い。獣人だよね? 見た目は小学校高学年から中学生くらいに見えるから俺よりは年下だと思う。
「俺はショウゴで、こちらが第三王子のレオンハルト様で、この街にいるエリックさんを迎えに来ました」
俺が自分と王子の紹介を簡単にすると、聖女様が神託を授かったので魔王討伐のメンバーとして迎えに来たと王子が説明してくれた。
「へえ~。そうなんやって言いたいところやけど、オイラが選ばれたってホンマなん?」
「エリックさんが選ばれたことは間違いがないのですが、この街にはエリックさんはあなただけですか?」
俺がそう聞くと数年前まではもう一人いたそうだけど、老年で亡くなったから今は一人しかいないらしかった。
「ほんならオイラやなあ。やけど、急に言われてもやで?」
薬屋さんはお婆さんと二人でやっているらしく、急に抜けるのは難しいという。数年前まではお婆さん一人でやっていたから大丈夫だとは言ってくれたけど、高齢なので一人にはしたくないんだって。エリックさんはおばあちゃん想いのいい子だなあ。
王子が薬師見習いとして人間を派遣してくれることになって、その人に仕事を教えて引継ぎが出来れば一緒に旅に出てくれるということになった。王子は伝達魔法でお城に残っているディラン様に、薬の販売や素材集めに適している薬師見習いをキャベリックまで派遣するように伝えた。人員が到着するまで俺と王子はキャベリックに留まることになり、引継ぎがどのくらいの期間必要かを見極めて再び迎えに来るところまで話が纏まった。
「王都からここまで馬で二日やんな? 早くても明後日か明々後日やから、オイラがキャベリック案内したるわ!」
エリックさんの提案にワクワクしたけど、王子を見ると明らかに不機嫌で――。面倒くさいと思っているのかな? それだったら王子は宿でゆっくりしていてくれても良いんだけど……。
「エリックさんありがとう! こっちの世界の街とか、俺まだちゃんと見たことがないので楽しみです! レオンハルト様がもし疲れてるんだったら、宿で休んでいても大丈夫なんで、俺はエリックさんに案内お願いしたいです」
「任しといて! 今日の晩飯美味い飯屋連れてったるわ!」
「ショウゴ殿の護衛として離れる訳にはいきませんし、わたしも行きます」
王子は慌てて一緒に行くと言った。
「これから一緒に行動すんのに、敬語はやめにせえへん? 堅苦しい喋り方は息が詰まりそうで無理やねん。それから、『さん』付けは他人行儀やし、オイラのことは『エリック』って呼んでくれたらええから! オイラも兄ちゃんのことショウゴって呼ばしてもらうし。王子さんは何て呼んだらええ?」
「わたしのことは名前で呼ぶ必要はない。王子でも殿下でも好きに呼ぶがいい」
うわあ……。人見知り発動してるのか? エリック気にしないでくれたら良いけど――。
「分かったわ! 王子って呼ぶことにするわ。でも、オイラのことは『エリック』でええからね」
基本王子は俺と田辺さん以外とは話し方が違う。まあ田辺さんと俺でも違うんだけど……。でも初対面で、これから一緒に旅することになる仲間に、そんな態度を取っちゃうのはいただけないし、王子の事情を俺は知っているから誤解はして欲しくない。
「エリック、ごめんね。レオンハルト様はちょっと人見知りなんだ。冷たい態度とか取っちゃうかもだけど、本当は優しい人だから誤解しないであげて欲しい」
「ええよええよ。何も気にしてへんし! じゃあ夕方店閉める時間にまた来てもろてええ?」
「うん。お店の邪魔しちゃってごめんね! また後で来るね。夕ご飯のお店楽しみにしてる!」
改めて閉店時間に訪問する約束をして俺と王子はこれからしばらく泊まることになる宿に向かった。宿の手続きは、俺たちがエリックを待っている間に護衛の人が、予め済ませてくれていたらしく、着くと直ぐに部屋に案内された。
ここでも当然のように王子と同じ部屋だったんだけど、大きなベッドが一つだったので、別々の部屋にするかベッドを二つにして欲しいとお願いした。すると王子が悲しそうな顔をして、そんなに自分と一緒は嫌ですか? と聞いてくるから、返答に困った――。
「嫌という訳ではなくて、やっぱり一人の方が落ち着くっていうか――」
「わたしはショウゴ殿と一緒に眠るようになってから、初めて悪夢にうなされることもなく安心して眠ることが出来ました。しかし、それでショウゴ殿が落ち着いて眠ることが出来ないと言うなら、別々のベッドにいたしましょうか」
泣きそうな顔でそんなこと言われたら、このままで良いよって言うしかないじゃないか。気持ち的に落ち着かないだけで寝れない訳でもないんだし。結局王子と俺はこのまま大きなベッドで二人で寝ることになった。
護衛の人たちは、夜交代で部屋の前に立ってくれるらしく、それ以外の人は下の階に五人で同じ部屋を取ったそうだ。お城でもそうだったけど、いつでも部屋の前に誰か護衛の人が立っていて、王族の警護は大変なんだなって思った。俺は王族じゃないから、クリスくんを付けてもらうことだって不相応だと思うし、部屋の前の護衛はいらないって言ったんだけど認めてもらえなかった。王子の部屋の隣だし、王子の大切な人だからってクリスくんに諭すように言われたけど――。俺の立ち位置って何なんだろう? 初めは召喚に巻き込んだんだから保護して当然的な感じだったよね?
夕方になってエリックのいる店まで迎えに行った。
「エリックお疲れ様!」
お店の前で看板や暖簾をしまっているエリックに声を掛けると、手を振ってにっこり人好きのするような笑顔を向けられて、弟を思い出して不覚にも少しキュンとしてしまった。
「ショウゴと王子! もう片付け終わるから店の中で待っててな!」
まだ子供だというのに働き者の彼に関心して思わず見入ってしまう。それに気が付いた王子が不機嫌そうに俺の手を引いて店内に入った。店に入るとお婆さんが売り上げの集計をしていたので邪魔にならないか訊ねた。
「ああ、気にせんでええで。わしは金勘定が終わったら引っ込むでよ」
「それじゃあお言葉に甘えてここに居させてもらいますね。ところでお婆さんはエリックと一緒にご飯食べに行かなくて良いんですか?」
「ありゃ、わしのことも気にしてくれるんかい? 気遣いはありがたいんじゃが、わしもこんな年じゃろ? 夕飯食ったらもう起きてられないんじゃよ。せやから夕飯はうちで食うんが一番なんじゃ。わしのことは気にせんと、せっかくキャベリックに来たんじゃから、美味い飯でも食って楽しんで来たらええんじゃよ」
がははと豪快に笑いながらお婆さんはそう言って売り上げ集計の作業に戻った。喋り方は少し乱暴だけど優しい人だってことはすぐに分かったから、俺はお婆さんのことを好ましく思っている。俺が胃がムカムカするって言っただけで、精神的な物だって気付いてくれたし。田舎の婆ちゃんを思い出す。声はデカいし、おせっかいなんだけど、触れて欲しくないところには触れないし、気付いて欲しいけど自分からは言えないことに気が付いてくれるような優しい婆ちゃんだった。俺が中学に入学する前に亡くなってしまったけど、今でも婆ちゃんのことは鮮明に思い出すことが出来る。遠くに住んでいたから、年に一度しか会えなかったけど、俺も弟も婆ちゃんに会えるのをいつも楽しみにしていたんだ。婆ちゃんのことを思い出してしんみりしているとエリックが戻ってきて、食堂に向かうことになった。
「オイラのおすすめの店は何軒かあんねんけど、ショウゴと王子、苦手な食材とかあったら教えて」
エリックにそう言われて、俺は今日の出来事と合わせて、人を食べる恐れのある魔獣の肉は生理的に受け付けないし、出来れば口に入れたくないと話した。
「オッケー! そしたら、魔獣肉を使わない店に行こか」
「え! そんなお店あるの?」
思わず訊ねる。だって魔獣肉がポピュラーだと思っていたし、何なら魔獣肉しかないのかもとすら思っていたから――。俺の表情から何を考えているのかが分かったのか、王子は今までお城で出された料理に使われていた肉についても、人を食べるような魔獣の肉は使われていないと教えてくれてホッとした。飛行型の魔獣の肉は本当に貴重らしく、高額で取引されるけれど、お城では使われないんだって。
王子が言うには、神殿に勤める者は魔獣肉を食べてはならないということで、同じ敷地にあるお城でも出されなくなったそう。だから基本的に使われるのは元の世界と同じように飼料で育てられた家畜が主なんだって。騎士たちや神職者以外の者は遠征の時に討伐して、今回の猪型の魔獣のように食べたりするし、街の食堂で食べたりはするらしい。城の中では食べないってだけみたいだけどその辺りは個人の自由なので俺が気にするところではない。
ちなみに王子も魔獣の肉は猪型の魔獣の肉しか食べたことがないそうで、俺が気になるのなら人を食べた可能性のある魔獣の肉は今後も一切食べないと言ってくれた。王子の食の自由を奪うのは申し訳ないから、俺のことは気にしないで欲しいって言ったんだけど、俺の精神衛生に配慮することは、苦じゃなく当然のことだって言ってくれて、嬉しかったのは秘密だ。
エリックに連れて行ってもらったお店は、魚介類がメインのお店でどの料理もとても美味しかった。そこで色々な話を聞いた。この世界に来てまだそんなに経たない俺は知らないことだらけで、何を聞いても新鮮だった。
エリックの職業は『薬師』で、聖女の回復系の魔法では治すことの出来ない病気系の薬や、外傷用の薬を作っている。回復魔法を使うことの出来る魔術師は希少で、一般の人が術を施してもらうことはほぼない。そのため薬師が症状から判断して薬を処方するんだとか――。元の世界の病院の役割だと聞いて驚いた。薬剤師的なものだと思っていたのに、それ以上のことをすると言うから。診療所もあって医者もいるんだけど、風邪とかちょっとした不調なら薬屋で済ませることが多いんだとか――。診療所では骨折とか縫合が必要な裂傷といった、ちゃんとした診察が必要な病気や怪我の人が行くんだって。その診療所に薬を卸しているのは勿論薬師だから、のんびりに見えて結構忙しいらしい。エリックもお婆さんもすごいんだなと改めて感心してしまった。人懐こい笑顔で、趣味が新たな薬を開発することで、毒薬にも詳しく、弓の矢じりの先に毒を仕込む後方支援要員だということも教えてくれたのにも驚かされた。
エリックの代わりの薬師見習いの人が到着するまでの間、昼間は仕事で忙しいから夕飯を一緒に摂る約束をして、薬屋までエリックを送って別れた。
宿に戻ると王子が、俺に先に浴場を使って良いと言ってくれたから、お言葉に甘えて汗を流した。俺と入れ替わりで王子が浴場に入って旅の汚れを落とす。浄化の魔法が使えても、温かい湯を浴びるのは気持ちが良いし全然違うと思うから、昨日は野営だったし、しっかり温まって疲れをとってくれたらと思う。街の宿屋には湯舟がなくて浸かることは出来ないけど、シャワーだけでも十分温まることが出来るから。
浴場から出てきた王子が魔法で俺の髪も乾かしてくれて、同じベッドに横になった。敢えて境界線は引かなかったけど、同衾のルールは守って欲しいと念を押して眠りについた。
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