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第1話 幻想のはじまり
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静寂に包まれた住宅街。
時折通る自動車のエンジン音以外には実に静かな世界。
その中に位置する一戸建ての家。
その一室に一人の中学生がいる。
苦虫をかみつぶしたような顔の少年が一人帰宅してきた。
「あ~!!!!!!!」
力任せにカバンをぶん投げて玄関に座り込む。
「どうしたの?」
彼の名は須藤兵衛。
中学2年生。
文字通り中二病と呼ばれる年齢の少年である。
だが、彼の内心には他の中高生らにはなかなか見られない憤りを抱えている。
何というか理屈で説明しにくい。
手が届きそうで届かない。
理不尽なことを言われて子供心に憤ってもそれをうまく説明できない、表現できないもどかしさ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近俺はやっと気づいたことがある。
見知らぬ中年の男やおばさん、世間ずれしたおかしな人間が頻繁に自分の近くを通っては意味不明なことをささやいていくのだ。
何なのかは聞き取れない。
だが、一度だけ聞き取れたことがある。
「へへへ、余計なこと考えすぎなんだよお前」
振り返った時には声の発生源はそこにいなかった。
駆け足で近くの細い路地の入り口の前に立つと、おそらくその発生源がもうかなり遠くにいて、それがさらに裏路地へと消えていくところだけが見えた。
中学生ながら何らかのプロの仕業だと思った。
旅行で京都の河原町に行く機会があった時、悪質な勧誘の類のいような風体の男が目の前で女性に声をかけて断られるとすぐにその場から消え失せた光景を思い出した。
意味が分からなかった。
学校も何か変だ。
教師は性格が悪いおかしな人間にばかり当たる。
異常に規律に厳しく、受験に役に立たない勉強ばかり厳しくやり、それ以外は無関心で自己責任とのこと。
何らかの事件が起きてももみ消されていく。
俺の同級生や年下の人間もそれに失望して中退した者がいる。
だが、中退者に向けられる世間の目は厳しく、それが怖くて誰も学校に憤りを持っていても沈黙するしかない。
成金の息子で教室の床に万札をばらまいて他の人間にくれてやるという成金趣味全開なことをしていた。
それを俺は教師に問題ありと告げたが、日ごろ規律とかに人一倍うるさいその男の口からいつものヒステリックな金切り声は出てこなかった。
「それくらい大したことじゃないんじゃない?」
はあ!?と俺は思った。
問題を起こしたやつを処罰するときもあったものの、それはそれで歪だった。
そいつは相変わらず出席していた。
だが、誰もそいつに声をかけないし、奴も一切声を出さない。
教師からの説明は一言。
「そいつにしゃべるな」
!?
確かに郊外で喧嘩か何かのトラブルを起こしたのだろう。
処罰は当然だ。
だが、その教師の「そいつにしゃべるな・話しかけるな」という発言に何か言いようのない胸糞の悪さを感じたのも事実だ。
何というのか・・・・・善と悪の区別があいまいというのか・・・、それとも転倒しているようなものを学校生活で感じている。
まじめにやればやるほど世の中のおかしな部分が次々と見えてくる気がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな彼の苦悩を母だけは理解してくれた。
彼の母親は静かに彼の話に耳を傾けた。
「何か学校が変なんだよ」
苦虫をかみつぶした表情で彼は憤りを話始める。
学校から帰ってきたばかりの彼に母はただ黙って聞いている。
かなり以前から世に蔓延する不可解な風潮に母も彼の発言を理解している様子だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌朝、彼はふてくされながら学校へ行く。
周囲の人たちが耳にイヤホンをつけてスマホをいじり、周囲のことにはほぼ目にとめてすらいない中、彼は学校指定のボストンバッグのチャックを開けた。
中に手を突っ込み、本を取り出す。
大手書店が少なくなった今日においても全国に店舗がある書店・九善のブックカバーには大雑把に落書きされたような日本列島のイラストが描かれ、そこに全国の店舗がローマ字表記とともにアイコンのような印で記載されている。
白いブックカバーはほんのわずかだが透けており、微妙ではあるがカバーした本の表紙や背表紙などが見えてしまいそうなので、ブックカバーとしての役割を果たしているとは正直言い難い。
それでもスマホに集中する人々が圧倒的な現代においてこのカバーでもある程度書籍の名を隠すことは可能だ。
だがしかし、彼がページを開いた本は新品とは到底言えぬほど日焼けして汚れている。
彼が取り出した本はマイナーな出版社が1990年代に出版したとある軍事書だった。
彼はしかし特にその著者が好きというわけではない。
詳しい歴史的経緯とか、そんなものも知らない。
ただ、理不尽な物事に対する疑問が彼にその本を取らせたに過ぎない。
少年は昔から本を読めと学校の教師から言われ続けていた。
しかし、彼はとかく学校の教師が進めてくる本が嫌いだった。
中でも学校の読書感想文は苦痛以外の何ものでもない。
書きたくもない美辞麗句といい子ちゃんの魂なき文書を書いた者だけが学校における上位カーストの地位を約束され、作文コンクールなどという唾棄すべき思考の空虚。
一見もっともらしいことが書かれているようでそこに彼はその本を肯定する以外の感想を決して書かせないぞ、という学校や教師の強い意志を常に感じ取っていた。
彼はそんなうざっとい物を読まされることに反逆するように、全くマイナーな、それでいて彼の心が重要だと叫ぶ何かに合致しているであろう本を読むことに決めている。
それは本のみならず漫画にせよゲームにせよ、流行りのものだろうと過去のものだろうと、はたまた過去の歴史に忘れ去られた作品であっても、まんべんなく彼は心の琴線に触れたものを見たり読んだりするのだ。
ゆえに彼の物事を見る感性にはジェネレーションギャップというものがあまりない。
そのため、秋葉原で古いファミコンを漁っている時に知り合った大学生から「グ〇ディウス」や「魔〇村」を勧められてもある程度話についていくことができた。
今はまずよほどのマニアックな店でもない限り店頭では見られないであろう昔の隠れたゲームや本、銃器などは動画投稿サイトに投稿されたその道のマスターたちの解説で知った。
現実を知る努力をすればするほど、みんな仲良くなろうとか言う言い方に一抹の不安と疑問すら感じる。
本当は彼も仲間を信じ、のどかな学校生活を送りたいと心底思っている。
だが、そうはさせない何か目に見えぬ不公平きわまりない暗黙の掟のようなものがあるような気がすると彼は感じている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
頭の中で現実をどう乗り越えるか思索にふけっていた時、いつものように通過の特急電車がホームに入ってくる。
すると。
「えっ!?」
体が突如、動かなくなった。
なぜだ!?
まるで金縛りにあったかのように自分の体が動かない!
それだけではない。
右足、左足と、自分の足が動き始めて前進し始めた!
そのまま行けばホームから転落する!!
そして、すぐそこに特急電車が迫る!
「どうなってるんだよ!!!!!」
「誰か助けてくれ!!!!」
なに振りかまっていられない。
俺は恥も外聞も捨てて大声で叫んだ。
だが、周囲に大勢いる人々は自分のことを完全に無視している。
“君の言うことなど誰も聞いちゃいないよ、須藤兵衛君”
妙な声が頭の中で聞こえた。
“誰だ!?”
“君は何かにつけて余計なことに疑問を持ちすぎている。その頭をきれいに浄化してあげよう”
何を言っていやがる!?
“今言った通りさ。というわけで、君は生まれ変わって真人間になってもらおう。なあに、君がまともな人生を歩めるようにチャンスをこれから与えてあげるんだ。むしろ感謝しなさい”
“何も考えなくていい。君は幻想の中で素晴らしい人生へと導かれるんだよ・・・”
「うわっっっっっ!!!!!!!!!!」
足が駅のホームから離れた。
そのまま線路へと転落するその瞬間に同時に自分の体が凶暴な鉄の塊に強打されて今まで体験したことのない衝撃が骨の髄に至るまで響きわたるのを最後に感じた。
体が宙を舞い、生まれて初めて朝日を放つ太陽をまっすぐ見たのが目に映った最後の映像だった。
爽やかな一日の始まりの光景の中で彼の意識は深い闇の中に消えていった。
時折通る自動車のエンジン音以外には実に静かな世界。
その中に位置する一戸建ての家。
その一室に一人の中学生がいる。
苦虫をかみつぶしたような顔の少年が一人帰宅してきた。
「あ~!!!!!!!」
力任せにカバンをぶん投げて玄関に座り込む。
「どうしたの?」
彼の名は須藤兵衛。
中学2年生。
文字通り中二病と呼ばれる年齢の少年である。
だが、彼の内心には他の中高生らにはなかなか見られない憤りを抱えている。
何というか理屈で説明しにくい。
手が届きそうで届かない。
理不尽なことを言われて子供心に憤ってもそれをうまく説明できない、表現できないもどかしさ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近俺はやっと気づいたことがある。
見知らぬ中年の男やおばさん、世間ずれしたおかしな人間が頻繁に自分の近くを通っては意味不明なことをささやいていくのだ。
何なのかは聞き取れない。
だが、一度だけ聞き取れたことがある。
「へへへ、余計なこと考えすぎなんだよお前」
振り返った時には声の発生源はそこにいなかった。
駆け足で近くの細い路地の入り口の前に立つと、おそらくその発生源がもうかなり遠くにいて、それがさらに裏路地へと消えていくところだけが見えた。
中学生ながら何らかのプロの仕業だと思った。
旅行で京都の河原町に行く機会があった時、悪質な勧誘の類のいような風体の男が目の前で女性に声をかけて断られるとすぐにその場から消え失せた光景を思い出した。
意味が分からなかった。
学校も何か変だ。
教師は性格が悪いおかしな人間にばかり当たる。
異常に規律に厳しく、受験に役に立たない勉強ばかり厳しくやり、それ以外は無関心で自己責任とのこと。
何らかの事件が起きてももみ消されていく。
俺の同級生や年下の人間もそれに失望して中退した者がいる。
だが、中退者に向けられる世間の目は厳しく、それが怖くて誰も学校に憤りを持っていても沈黙するしかない。
成金の息子で教室の床に万札をばらまいて他の人間にくれてやるという成金趣味全開なことをしていた。
それを俺は教師に問題ありと告げたが、日ごろ規律とかに人一倍うるさいその男の口からいつものヒステリックな金切り声は出てこなかった。
「それくらい大したことじゃないんじゃない?」
はあ!?と俺は思った。
問題を起こしたやつを処罰するときもあったものの、それはそれで歪だった。
そいつは相変わらず出席していた。
だが、誰もそいつに声をかけないし、奴も一切声を出さない。
教師からの説明は一言。
「そいつにしゃべるな」
!?
確かに郊外で喧嘩か何かのトラブルを起こしたのだろう。
処罰は当然だ。
だが、その教師の「そいつにしゃべるな・話しかけるな」という発言に何か言いようのない胸糞の悪さを感じたのも事実だ。
何というのか・・・・・善と悪の区別があいまいというのか・・・、それとも転倒しているようなものを学校生活で感じている。
まじめにやればやるほど世の中のおかしな部分が次々と見えてくる気がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな彼の苦悩を母だけは理解してくれた。
彼の母親は静かに彼の話に耳を傾けた。
「何か学校が変なんだよ」
苦虫をかみつぶした表情で彼は憤りを話始める。
学校から帰ってきたばかりの彼に母はただ黙って聞いている。
かなり以前から世に蔓延する不可解な風潮に母も彼の発言を理解している様子だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌朝、彼はふてくされながら学校へ行く。
周囲の人たちが耳にイヤホンをつけてスマホをいじり、周囲のことにはほぼ目にとめてすらいない中、彼は学校指定のボストンバッグのチャックを開けた。
中に手を突っ込み、本を取り出す。
大手書店が少なくなった今日においても全国に店舗がある書店・九善のブックカバーには大雑把に落書きされたような日本列島のイラストが描かれ、そこに全国の店舗がローマ字表記とともにアイコンのような印で記載されている。
白いブックカバーはほんのわずかだが透けており、微妙ではあるがカバーした本の表紙や背表紙などが見えてしまいそうなので、ブックカバーとしての役割を果たしているとは正直言い難い。
それでもスマホに集中する人々が圧倒的な現代においてこのカバーでもある程度書籍の名を隠すことは可能だ。
だがしかし、彼がページを開いた本は新品とは到底言えぬほど日焼けして汚れている。
彼が取り出した本はマイナーな出版社が1990年代に出版したとある軍事書だった。
彼はしかし特にその著者が好きというわけではない。
詳しい歴史的経緯とか、そんなものも知らない。
ただ、理不尽な物事に対する疑問が彼にその本を取らせたに過ぎない。
少年は昔から本を読めと学校の教師から言われ続けていた。
しかし、彼はとかく学校の教師が進めてくる本が嫌いだった。
中でも学校の読書感想文は苦痛以外の何ものでもない。
書きたくもない美辞麗句といい子ちゃんの魂なき文書を書いた者だけが学校における上位カーストの地位を約束され、作文コンクールなどという唾棄すべき思考の空虚。
一見もっともらしいことが書かれているようでそこに彼はその本を肯定する以外の感想を決して書かせないぞ、という学校や教師の強い意志を常に感じ取っていた。
彼はそんなうざっとい物を読まされることに反逆するように、全くマイナーな、それでいて彼の心が重要だと叫ぶ何かに合致しているであろう本を読むことに決めている。
それは本のみならず漫画にせよゲームにせよ、流行りのものだろうと過去のものだろうと、はたまた過去の歴史に忘れ去られた作品であっても、まんべんなく彼は心の琴線に触れたものを見たり読んだりするのだ。
ゆえに彼の物事を見る感性にはジェネレーションギャップというものがあまりない。
そのため、秋葉原で古いファミコンを漁っている時に知り合った大学生から「グ〇ディウス」や「魔〇村」を勧められてもある程度話についていくことができた。
今はまずよほどのマニアックな店でもない限り店頭では見られないであろう昔の隠れたゲームや本、銃器などは動画投稿サイトに投稿されたその道のマスターたちの解説で知った。
現実を知る努力をすればするほど、みんな仲良くなろうとか言う言い方に一抹の不安と疑問すら感じる。
本当は彼も仲間を信じ、のどかな学校生活を送りたいと心底思っている。
だが、そうはさせない何か目に見えぬ不公平きわまりない暗黙の掟のようなものがあるような気がすると彼は感じている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
頭の中で現実をどう乗り越えるか思索にふけっていた時、いつものように通過の特急電車がホームに入ってくる。
すると。
「えっ!?」
体が突如、動かなくなった。
なぜだ!?
まるで金縛りにあったかのように自分の体が動かない!
それだけではない。
右足、左足と、自分の足が動き始めて前進し始めた!
そのまま行けばホームから転落する!!
そして、すぐそこに特急電車が迫る!
「どうなってるんだよ!!!!!」
「誰か助けてくれ!!!!」
なに振りかまっていられない。
俺は恥も外聞も捨てて大声で叫んだ。
だが、周囲に大勢いる人々は自分のことを完全に無視している。
“君の言うことなど誰も聞いちゃいないよ、須藤兵衛君”
妙な声が頭の中で聞こえた。
“誰だ!?”
“君は何かにつけて余計なことに疑問を持ちすぎている。その頭をきれいに浄化してあげよう”
何を言っていやがる!?
“今言った通りさ。というわけで、君は生まれ変わって真人間になってもらおう。なあに、君がまともな人生を歩めるようにチャンスをこれから与えてあげるんだ。むしろ感謝しなさい”
“何も考えなくていい。君は幻想の中で素晴らしい人生へと導かれるんだよ・・・”
「うわっっっっっ!!!!!!!!!!」
足が駅のホームから離れた。
そのまま線路へと転落するその瞬間に同時に自分の体が凶暴な鉄の塊に強打されて今まで体験したことのない衝撃が骨の髄に至るまで響きわたるのを最後に感じた。
体が宙を舞い、生まれて初めて朝日を放つ太陽をまっすぐ見たのが目に映った最後の映像だった。
爽やかな一日の始まりの光景の中で彼の意識は深い闇の中に消えていった。
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