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第三章 居たい場所

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 学校に行っても、サッカーをしてても、何もやる気にならない。
 どうせ頑張っても無駄。そう思ってしまうから。
 そんなオレを心配して、拓哉も優斗も声をかけてくれたけど、何て言ったらいいかわからなかった。
 言いたくなかったんだ。転校が決まっただなんて。
 運動会では卒業アルバムに載せる集合写真だって撮ったし、再来週には遠足だってある。
 でも。そんな思い出も、全部意味がないんだ。
 どうせすぐにみんな忘れてしまう。
 たった数か月いただけのオレのことなんて。
 オレだって、また新しい学校にいけば、すぐに晴山小学校のことなんて忘れてしまうだろう。
 そう思ったらむなしかった。

 家に帰ると、ランちゃんがお母さんと一緒におやつを食べていた。

「おかいりー、にいに」
「あらタイガ、今日は早いのね。でもこの後どうせまた校庭に行くんでしょ? さっさとおやつ食べちゃいなさい」
「行かないし、いらない」
「……どうしたの?」

 校庭で遊ぶのだって。何の意味もない。
 あんなに毎日楽しかったのに。
 なんでいつもこうなんだろう――。
 そう思ったら、口から言葉が出ていた。

「お母さん。今回だけは、どうしても転校したくないんだ。このまま晴山小学校を卒業したい」
「タイガ……。いつもなら嫌がったりしないのに、どうしたの? 誰か仲のいい友達ができたの?」

 黙って頷くと、お母さんは困ったようにしばらく黙っていたけど、明るい口調で話し出した。

「でもどうせ中学校に行ったら、私立を受験する子だっているでしょ? 他の小学校の子たちも来るんだから、同じクラスになれる子だって限られてるし」
「でも同じ町に住んでれば、また会える」
「困った子ね。そんな我儘を言うのはいつぶりかしら。転校のことはすっかり聞き分けたと思っていたのに」

 確かにこれまでは諦めていた。だけど、もう嫌なんだ。
 転校する時は泣いて別れを惜しんでくれる。
 手紙だってくれる。
 だけど、それぞれ他の友達と遊ぶようになって、偶然にも会うことがなくなれば、そのうち手紙は届かなくなる。そうしたらもうオレたちをつなぐものは何もなくなるんだ。
 さらにオレがまた引っ越せば、手紙が届くことはもうなくなる。
 そうやってずっと失ってきた。
 友達になっても、結局は失うことはわかってるんだから、表面的に仲良くなってうまくやり過ごせればそれでよかった。
 でももう、そんなのは嫌なんだ。

「オレも思い出が欲しい。お父さんやお母さんが幼馴染とか、小学生の時からの友達の話をする度、うらやましいって思ってた。オレだって、大人になってから『あの時は楽しかったな』って語り合える友達が欲しいんだよ!」
「タイガ……」
「オレだって、本当の友達が欲しいんだ」
「それは、わかるけど。本当の友達なら離れたって大丈夫なはずでしょう」
「だったら本当の家族なら離れたって大丈夫だろ?」
「タイガ。友達と家族を一緒に話さないで。全然違うものでしょう」

 全然違うかもしれない。だけど、オレにとってはどっちも大切なんだ。
 どう言ったらそれがわかってもらえるのかわからなくて、言葉にならなくて、ぐっと唇をかみしめているとお母さんがため息を吐き出した。

「家族がバラバラに暮らすなんてダメよ。お父さんが寂しがるでしょう? ランだってまだ小さくて手がかかるんだから、お母さん一人でなんて育てられないし」
「オレだって友達と別れるのは寂しいよ!」

 お父さんなんて、夜も帰ってくるのは遅いし、家事もしないし、休みの日だって『疲れた』って寝てばかりで遊んでくれない。そんなお父さんがいてお母さんが助かることなんてあるのか? って思ってしまう。
 お父さんが嫌いなわけじゃない。いなくていいなんて思ってるわけじゃない。だけどお母さんにそんな風に言われると、もやもやする。

「家族と友達は違うでしょう? 家族に代わりはいないんだから」
「友達にだって代わりはいない」

 拓哉は拓哉で、優斗は優斗だ。
 新しく友達ができたって、代わりになるわけじゃない。今はそれがわかったんだ。
 だけどお母さんは、ランちゃんがお茶をこぼしたから、強引に話を締めくくろうとした。

「これまでだってうまくやってきたんだから、友達なんてまたできるわよ。家族が一緒に暮らすためなんだから」

 その言葉に、堰を切ったみたいにいろんな感情が溢れ出す。
 気付いたらオレはお母さんに食ってかかっていた。

「だったら、お母さんも転勤ばかりのお父さんとなんて離婚してよ」
「何てこと言うの!」

 言っちゃいけないことを言った。
 だけど、驚いたよりも怒った顔のお母さんを見ても、言葉は止まらなかった。

「お母さんが言ったんだろ? どうせまた新しい友達ができるって。お母さんだって新しい人と再婚すればいいだろ」
「お父さんの代わりなんて、いるわけないじゃない! タイガと血を分けたお父さんは、この世でたった一人なのよ」
「友達だってそうだよ。泳げないオレでもライバルだって認めてくれたのは拓哉だけだ。かっこ悪く溺れるオレに『カッコイイ』って言ってくれたのは穂波だけだ。本当のオレに気づいて気づかってくれてたのは、優斗だけだ。友達だって、誰一人代わりなんていないよ!」

 そう言って、オレは家を飛び出した。
 足は自然と、町外れへと向かっていた。
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