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第一章 町の外れのおんぼろラボ

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 オレは大抵のことは何でもできる。
 学校の成績だってずっとクラスで一番で、特に走るのは得意中の得意だった。
 それなのに、気付けばあの女の子の姿を見失っていた。

 一体どこに行ったんだろう?
 女の子が向かっていったのは町外れで、寄り道するようなお店もなかったはずなのに。
 廃工場が並ぶ中、女の子の姿を探して歩いていくと、小さくて四角い、ボロっちい建物が見えた。
 ここはなんだろう?
 工場というには小さすぎるし、家というにはコンクリート造りで冷え冷えとして見える。何より、人が住むには、なんていうか……ちょっと薄気味悪い。
 でも妙に気になって近づいていくと、裏の方からキィ、ぱたん、と扉が開いて閉まる音が聞こえた。

「ただいま帰りましたですー」

 かすかにそんな声が聞こえた。さっきの女の子だ。
 急いでオレも裏側に回ると、そこにはスーパーの事務所入り口って感じの、安っぽい銀色のドアがあった。
 ドアを開けるのをためらっていると、その向こうからさっきの女の子の声が聞こえてくる。

「博士、任務完了です!」
「おい、おそいぞ。今日はメンテナンスの日だって言っておいただろうが」
「はれ? そうでしたっけ」

 返ってきた声は男の人。二十代くらいかな? だけどダルそうな喋り方はおじさんっぽい。
 それよりもオレは『メンテナンス』って言葉の方が気にかかった。扉に耳をぴったりとつけると、おじさんのため息まで聞こえてきた。

「はあ。まあ、いい。さっさとやっちまうぞ」

 そう言った後に、がたごとと何か機械を動かすような音が聞こえる。

「はっ……?! や、やめてください、博士! それだけは、どうか!」
「何を言ってる。さっさとやるぞ。早くそこに……」
「キャーー!! イヤーー!」

 そんな悲鳴に、気付けばオレはドアを開けて中に飛び込んでいた。

「おい、やめろ! 嫌がってるだろ!」

 バタンッ!
 と扉が思い切り開け放たれたそこには、白衣のおじさんと、さっきの女の子。
 おじさんはやぼったい眼鏡にぼさぼさの頭。「あ?」ってこっちを見たその手には、電動ドリルが握られている。
 そしてそれは寝台に置かれた、ランドセルくらいの大きさの、銀色のロボットに向けられていた。

 あの女の子では、ない。
 女の子の方は銀色のロボットに抱きつこうとするように両手を伸ばしていたけど、じたばたともがくだけで辿り着けない。なぜなら、そのおでこがおじさんのもう一つの手によってがっしりと抑えつけられ、阻まれていたからだ。

「あら? お客さんですか?」
「なんだ、おまえ。勝手にひとん家に入ってくんなよ」

 口々に言われて、オレは戸惑った。

「え? いやオレは、悲鳴が聞こえてきたから、やばいと思って」
「助けに来てくれたんですね!」

 女の子がぱあっと顔を明るくしたのに勇気をもらって、オレは「そうだ!」と声を張り上げた。

「はあ? 助けるって、何をだよ。俺はこれから仕事なんだ、邪魔するなよ」
「仕事……?」
「そうだよ。この『ケンヂくん三号』のメンテナンスだ」

 そう言って、まだらに髭の生えた顎を銀色のロボットにくいっと向けた。
 それは半円型の頭に四角い胴体、そこに棒きれのような手足が付いただけのシンプルなロボットで、顔には横棒を三つ並べただけの目と口がついていた。
 まるでギャグマンガからそのまま抜け出してきたみたいな、ロボットらしいロボットだった。

「ケンヂくん三号って、その銀色のやつのこと?」
「そうだ。最近調子が悪くてな、メンテナンスをするから今日は早く帰ってこいとアンにも伝えてあったんだが」
「だって、ケンヂくん三号だって嫌がってギイギイ鳴いてたじゃないですか」
「鳴いてたんじゃない。きしんでたんだ。だから直すんだろうが」
「ええ、でもお」
「でもじゃない。このままだと不意に夜中動きだしたりしたら、ギイギイ走り回っておっかないだろうが」
「それは困りますね」

 眉を寄せ、顎に手を当てた女の子に向かって、おじさんは盛大なため息を吐き出した。

「おまえがそう言うから直すことにしたんだろうが……」
「そういえばそうでしたね! ではよろしくお願いします!」

 どうぞ、とばかりに両手をケンヂくんに向かって差し出す女の子に、オレは思いっきり脱力した。

「なんだよ、てっきりオレは……」

 言いながら、気が付いた。
 確かに誤解は誤解だった。
 だけど、待てよ? ってことは、やっぱりこの女の子は――!

「きみ、機械なの?」
「ほえ? ケンヂくん三号ですか?」
「違うよ、きみだよ! きみもケンヂくんと同じ、機械なの? ロボットなの?」
「いいえ?」

 あっさりとした返事に、オレは再びがっくりと脱力した。

「なあんだ……」
「私はロボットではありません。アンドロイドのアンちゃんです!」

 きゅぴーん。
 と自分の口で効果音をつけながら、アンちゃんは横にしたピースをぴしっと目にあてるポーズを決めた。

「アンド……ロイド。って、すげえ! 本当に、こんなところに本物がいたんだ!」
 一気に興奮して何度も「すげえ!」って言いながら、ぎゅっと拳を握る。
 これはすごいことになったぞ!
 だって、アンドロイドって、人間っぽいとか、知能がすごいとか、なんかよくわかんないけどロボットよりもっとすごいやつだろ?
 さっきオレが思いついた計画が、一気に現実味を帯びた。

「いやに簡単に信じるな、おまえ。普通はそんなもんがこんなところにあるわけないと思うもんだろ」
「だってさっきオレ、見たもん。その、アンって子が――」
「アンちゃんって呼んでください」
「――アンちゃんが、『ロケットパンチ!』でスリを撃退するところ、見てたんだよ!」

 勢いこんで言えば、おじさんが眉毛をぎゅっと寄せて、ゆっくりとアンちゃんを振り返った。
 アンちゃんは、ぎくりとしたように肩をすくめる。
 あれ? オレ、何かいけないこと言っちゃったかな。

「どういうことだ……?」

 低ぅ~い声でおじさんが問えば、アンちゃんは荷物の中からすっと取り出したものを両手の平にのせて、おじぎをするようにして丁寧に差し出した。

「つい投げました。これを」
「はあぁぁぁ? なんだと?! 技術の粋を集めてオレが二カ月寝ずに作った『まじかるはんどくん』を、投げただとお?!」
「待って! アンちゃんは悪くないよ、スリをつかまえようとしただけなんだ!」

 怒られる!
 そう思って慌てて止めに入ったオレは、すぐにぽかんとして言葉を止めた。
 だって、おじさんは泣いていたのだ。
 おいおいと声を上げて、顔を覆いながら。

「俺の、俺の発明品がああ! こんなボロボロになって……ボタン一つで何でも取りに行ってくれる優れものだったのに、これじゃもう動かねえじゃねえかあ……。どうしてくれんだよお、アン」

 あれ? これって、そんな機能なの? アンちゃんの手首から発射するんじゃなくて、物を取ってくるだけ……?
 はっとしてアンちゃんを見れば、本物の手首にしか見えない『まじかるはんどくん』をまだ両手で捧げ持っている。
 そう。ちゃんとアンちゃんの左手はくっついていた。
 ってことは、アンちゃんの手首が発射されたわけでも、その手首を取り外して投げたのでもなく、ただ手首のロボットを『ロケットパンチ』って言いながら投げたってこと?

 ちょっとがっかりしたけど、でもやっぱりこの博士って人、すごい発明家なのかもしれない。
 だって、『まじかるはんどくん』は指先がうごうご動いていたし、何でも取りに行ってくれるって――いやいやでもちょっと待って。それってもしかして、指を動かして自分で移動して、荷物を持って戻って来るってこと?
 その光景を想像したら、「こわ!」「きもちわる!」ってぞぞっとした。
 だけどおじさんはそれどころじゃない。
 涙にまみれた顔をあげたおじさんは、ロボットの手首を大事そうに抱えて、肌色の皮膚みたいなのがめくれちゃってるのをそっと覗き込んでいる。
 中は銀色の金属や、赤や黄色の線が見える。
 アンちゃんは申し訳なさそうに眉毛を下げていた。

「ごめんね、博士。ついうっかり、投げちゃったです」
「なぁんでリンゴを投げなかったんだよぉ。オレの発明を投げなくたっていいだろお? っていうかなんで『まじかるはんどくん』を買い物に持っていったんだよ?!」
「荷物持ちをしてくれたら便利だなあ、と思ったです」
「しねえよお。手首から先しかないんだから買い物袋なんか指で引っかけて引きずるしかねえだろうよお。重いものは想定してねえんだ、リモコンとティッシュを持って来てくれれば十分なんだよおお」

 オレは思い切り戸惑っていた。
 だって、おじさんがしくしくと泣くところなんか、初めて見るもん。
 それに正直、「なんだその発明……」と思った。

「なんだとはなんだ!」
「あ、ごめん。うっかり口に出てた」

 だって、リビングのソファで座ったまま動かず楽したいってだけの、ただの便利グッズじゃんか。
 そんなもののためにこのおじさんは二カ月も徹夜したっていうのか?
 正直言って、意味がわからない。
 こんなに本物みたいに動くすごいものが作れるなら、そんなくだらないことに時間と頭を使ってないで、もっと便利なものを発明すればいいのに。
 オレみたいに、その力を必要としてる人はたくさんいるんだからさ。
 そうだ。そのことをどうやって切り出そう。
 考えていると、アンちゃんが「ふう」とため息を吐いてケンヂくんの隣に座った。

「怒られちゃいましたね。同じ博士の発明品として、作ってもらったからには博士の役に立ちたいかと思って連れて行ったのに」

 なるほど、アンちゃんにはアンちゃんなりの考えがあったのか。確かにその思いは同じ発明品であるアンちゃんならではだろう。
 アンちゃんは悲しげに目を伏せると、ケンヂくんのお腹部分に手を伸ばした。

「なんだか悲しくなってしまいました。アメください」

 ケンヂくんのお腹には取っ手があり、軽く引っ張ると小さな引き出しになっていた。
 そこにはころんと飴玉が二つ。
 アンちゃんは一つつまんで取り出すと、包み紙をガサガサと開けて、口へぽいっと放った。
 その瞬間。
 それまで微動だにしなかったケンヂくんの長方形の細い目が、ピカッと赤い光を放った。
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