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第三章 こどもだけだって

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 火起こしは、キャンプで使う着火剤ってのを裕太が持ってきていて、それに火をつけて、その上に炭を置いた。
 水は川の水を汲んできたけど、そのままじゃ飲めない。
 だから空のペットボトルに川の砂利と砂を入れて、ろ過装置を作った。
 なーんて、オレたちがそんなことをすんなりできたわけじゃない。
 だって、誰も子どもだけでキャンプなんてやったことがなかった。
 オレ以外の男子三人はキャンプ経験があったけど、必ず大人と一緒だったわけだし。
 手伝いはしても言われたままにやってただけだから、結局みんなどうしたらいいかわかってなかった。
 そんな時に裕太がまた「ふっふっふ」と笑って、背中に背負ったリュックから一冊の本を取り出したんだ。

「本を読めば大体のことはわかる。本は知識の結集だからね」

 おー。
 なんかかっこいいような、「おい!」ってツッコミたくなるような。
 だって、本のタイトルが『こどもでもできる! サバイバルブック』なんだもん。
 まあ、今のオレたちにピッタリなんだけどさ。

「炭に火をつけるときは、煙突みたいに並べるのがコツ! だってさ」

 とか、ろ過装置を作る時も、
「ペットボトルを切って、下側を受け皿にします。飲み口がある方を逆さにして受け皿にセットします。そこに小石、木炭、砂、ガーゼとかの布を順番に入れてそこに水を注げばいいって」
 とか、簡単に本から整理してまとめて教えてくれた。
 本を読みながら作業するのって大変だけど、裕太みたいにポイントをしぼって教えてくれるとすっごい助かるってよくわかった。
 オレのリュックに入ってる小さいペットボトル三本なんてあっという間に空になる。だから川の水から飲み水を確保できるってわかるとすごくほっとする。
 それに、なんだかこういうのって実験みたいで面白い。
 書いてある通りにやったつもりでも、なんかうまくいかなくて、みんなであーじゃない、こーじゃないって言いながら改良して。
 それでうまくいったときは自然とみんなでハイタッチしてさ。
 できた! ってみんなで喜べるのって、こんなに嬉しいんだな。

 そうやってオレたちは穂乃果が持って来てくれた肉とか野菜を炭火で焼いて食べた。
 じゃがいもとカボチャ、それと人参、たまねぎは冷蔵庫が使えなくなっても平気だったんだ。常温で日持ちがするなんて、穂乃果や実莉衣がいなかったらわかんなかったかも。
 それからサラダにして食べたリーフレタスは、晴樹が畑から採ってきた。

「畑の近くに直売所って油性ペンで書かれた小さな台がいつも置いてあるんだよね。だけどそこに並んでる野菜はさすがにしなびちゃってたから、畑から直接収穫させてもらったわ」

 どれも一つ百円で、台に置いてある小さな缶にお金を入れるらしい。

「野菜が食べられるの、めっちゃ嬉しい! ねえ、その畑ってどこ? あたし、これから毎日水やりに通う!」

 そっか、畑の野菜だって世話をしないと枯れちゃうもんな。
 実莉衣は嬉しそうに、レタスばっかりむしゃむしゃ頬張った。
 肉より野菜がいいなんてオレにはまったくわかんなかったけど、久しぶりに食べたら、うん、なんか悪くない。

「スバル、野菜、しっかり食べたほうが、いいよ」
「バーベキューと言えば肉! だけどな。まあ野菜もバーベキューだとうまいな」
「それだけじゃなくて、スバルの体が、栄養を欲してるから、美味しく感じるんだと、思うよ」
「なんだそれ」
「不健康なものばかり、食べてると、健康なものが、食べたくなるの。体の、サインだよ」

 そう言った穂乃果にオレは「ふうん」て相槌を打って、あんまり好きじゃない人参をぱくっと食べた。
 あの独特な匂いとかクセをあまり感じない。ただ甘い! って感じだ。
 仮想世界だからオレの想像なのかもしれないけど、これが、体が欲してる、ってことなのかもしれない。
 まあまずくないならもうちょっと食べておくか。
 人参をぱくぱく食べるオレを、穂乃果が嬉しそうに見ているのが、なんだか気恥ずかしいけど。

「なあなあ、コレ! ずっとやってみたかったんだよね~」

 晴樹が「チャッチャラ~」って適当な効果音を自分でつけながらリュックから取り出したのは、マシュマロ。

「ああ! 私もそれ気になってたんだよね! 本当においしいのかな?」
「まあまあ、やってみればわかるって」

 実莉衣と晴樹がマシュマロの袋をキャッキャと開け始めたけれど、オレは首を傾げた。

「マシュマロ? なんか新製品とか?」
「違うって! 普通のマシュマロ。これを、こうしてさ……」

 言いながら晴樹は、串にマシュマロをぶすぶすっと二個まとめて刺すと、火から少し離して串をゆっくりと回し始めた。

「マジか。マシュマロを焼くのか?」

 唯人も怪訝な顔で、裕太は眼鏡を押し上げて興味深げにマシュマロの変化を見逃すまいと身を乗り出した。

「違うよ、炙るんだよ。そうすると焦げ目がつくんだけど、中はとろっとろ~になるらしいんだよね」

 ええ? あのマシュマロが? 確かにふわふわだけど、とろけるって……チーズみたいになるのかな?

「よし、こんなもんかな?」
「うんうん、もういいんじゃない?」

 晴樹と実莉衣は頷きあって、こんがり焦げ目ができたマシュマロを火から離した。
 だけど、焦げているだけでとろけてはいない。
 どういうことだ? って見守ってると、晴樹はフーフーと必死に冷ましてから、一個目をぱくっと口に入れた。
 瞬間、「う~~ん、うまい!!」って足をジタバタ。

「やっぱり!? よーし、あたしもやろうっと!」

 待ちかねていたように実莉衣も串を手に取り、マシュマロをぶすっと一個刺す。もう一本も同じようにして、穂乃果に渡した。

「はい。一緒にやろ!」
「うん!」

 二人が火でマシュマロを炙り始める隣で、晴樹が二個目をぱくり。「うまい~」って無限にやってそう。

「んじゃ俺もやってみるかな」
「うん、面白そうだね!」

 唯人と裕太も真似し始める。
 オレはあんまりマシュマロが好きじゃないから、もっとみんなが食べるまで様子を見よう。
 そう思ったけど、みんながわくわくとしながらわいわいマシュマロを串に刺したり火で炙ったりしているのを見ると、待ちきれなくなってついに俺も串とマシュマロを手にした。
 よし、と覚悟を決めてマシュマロを串で刺すと、オレの苦手なあの「ぶにゅっ」とするのに、どこか「カスッ」てする感触があって、ちょっとだけうへえってなった。
 それを火から離れた場所から、少しずつ近づけていく。
 焦げ目がつくのはあっという間だ。
 見た目には発泡スチロールみたいな緩衝材っぽくて、オレにはおいしそうに見えない。
 ぬいぐるみの中身にこれが詰まってるって言われた方が納得できるもんな。
 実莉衣と穂乃果は「おいしい! とろとろだね!」とはしゃぎ、すぐにまた次のマシュマロをセットし始めた。
 唯人も「へえ、うまいな」って感心してるし、その傍で裕太はまだじっくり焼きマシュマロを観察している。いや、早く食べろって……。
 オレはごくりと唾を飲み込み、そっと一口齧ってみた。

「ん!? なんだこれは」

 歯が当たった一瞬はカリッとした食感が微かにあるのに、中はとろんととろけて、齧り取ったマシュマロはとろっと伸びて角が二本残った。
 味は、まあマシュマロだけど、普通に食べるよりも甘い気がする。
 マシュマロが嫌いなオレでも、これは次々食べたくなる。

「ね? おいしいでしょー」

 晴樹はみんなの反応に満足そうだ。
 おかげで袋にたくさん入っていたマシュマロは、あっという間になくなってしまった。

「あー、うまかった~!」

 晴樹のいいところは、自分がおいしいと思ったものをみんなに教えたり分け与えたりして、それで自分の分が少なくなっても嬉しそうにしてるところだ。
 オレだったら独り占めしちゃいそうだけど、今の晴樹を見てると、こうしてみんなでおいしいものを発見したり、本当だ! って共有したりするのって、楽しさとか嬉しさが増すんだなって思った。

「またこれ買ってきて、明日もやろうぜ!」
「ああ。明日はオレが買い出しに行くよ」
「おお、センキュー! あとで当番とか決めようぜ」

 夕日は暮れていくのに、オレたちは明日がまた楽しみでならなくって。
 今日が終わるのをもったいないなんて思わない。
 満ち足りた気持ちだった。

 それから夜になって、キャンプファイヤーをすることになった。
 薪はたまたま自動ドアが開いてたホームセンターで買ってきたらしい。
 パチパチ火がはぜるのをながめながら、オレたちは久しぶりに大笑いしながらたくさん話をした。
 だれも暗い顔なんてなくて、いつもはひかえめな穂乃果だって、ずっとくすくす笑っていた。
 だけど、みんな久しぶりにいっぱい動いたから、あっという間に眠くなって、オレたちはすぐにテントに入った。
 時計がないから時間はわからない。
 だけど、誰もそんなことは気にしなかった。
 夜になってもまだ起きていたい、って思うこともないし、夜だからこわい、って思うこともない。
 オレたちはこの世で一番平和で落ち着いた夜を過ごしたのだ。
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