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第二章 こどもだけの国だから

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 三日後、またみんなでオレの家に集まった。
 だけど、なんだかたった三日の間にみんなの顔が違って見えた。
 実莉衣と穂乃果、それから裕太はどこか浮かない顔をしてる。不安なことは解消できたはずなのに、どうしたんだろ。

 晴樹はなんか、太った? プリンを食べ過ぎたのか、頬がぽよぽよしている。
 唯人はどこかぼんやりとしてて、心ここにあらずの感じ。マンガを読みすぎたのかもしれない。
 晴樹はそんなことは気にならないみたいで、部屋に上がるなりわくわくとみんなの顔を見回した。

「ねえねえみんな、他にオススメのデザートってないかな? 大体のコンビニスイーツは食べつくしちゃったんだよね」
「っていうか晴樹くん、……太った?」

 やっぱり実莉衣も気づいたか。

「そお? 毎日プリンとか甘いものばっかり食べてるから太ったのかな。まあいいじゃん、仮想の世界なんだし」
「でも、脳と体はつながってるってバルビットくんが言ってなかった?」

 オレのつっこみに、晴樹はうーんとちょっと考えた顔をしたけど、「まあ、大丈夫でしょ!」とあまり気にした様子はなかった。

「甘い物ばっかり食べてたら病気にもなるよ。ほどほどにしなね?」

 実莉衣が心配そうに言っても、晴樹は「ほいほーい!」と敬礼して見せただけで、どこまでもお気楽だ。
 そんな晴樹が、ふとオレに目を留めた。

「でもオレ、スバルの方が気になるなー」
「え? オレも太った? 自分じゃわかんないけどな」

 言われてほっぺを触ってみたら、がさがさ手に引っかかる感じがする。
 なんだこれ? ってあちこち触りまくったら、今度はおでこがぬるっとした。
 うげえ、なんか気持ち悪い!
 オレが変な顔でほっぺをむにむにしたり、おでこをさすったりしていると、実莉衣が明らかにドン引きしていた。

「そうじゃなくて。スバル、とんでもなく臭うよ」

 晴樹も言いづらそうにしながら、ちょっと体を引いている。
 でも言われて思い出した。

「あ……。そっか、風呂入ってないんだった」
「えー?! うそでしょ?!」

 叫ぶ実莉衣の隣で穂乃果まで「やっぱり」って顔をしていて、オレは戸惑った。

「いや、三日前に入ったって! 時々着替えだってしてるし」

 実は、風呂場の電球が切れちゃったみたいでさ。電球の換え方なんて知らないし、真っ暗な中入るのは怖い……いやいや、危ないだろ? それに風呂なんて入らなくたって死にはしないし。

「うええー! 汚いよ、それは! さすがにもうちょっとなんとかしなよね」
「スバル、目の下のクマも、すごい」

 穂乃果が目のあたりを指させば、みんなも、うんうん、って頷いている。
 全然きづかなかった。オレってそんなにやばかった?

「ご、ごめん。今日は風呂に入るよ」

 明るいうちに入れば電気がつかなくたって問題ないって気がついた。
 別に家から出てるわけでもないし、運動もしてないんだから汚れてないと思ったんだけどなー。こんなにひんしゅくを買うとは。

「掃除もしなよね! 穂乃果と家が隣同士だからって自然とこの家に集まってるけど、ちょっともう耐えられない!」
「わかった。今日は掃除もするよ」

 でもここにきてまだ四日だ。ゴミを片付ければいいだろう。
 そう思ってふと、床を見た。
 ――うげっ、きったねえ! ホコリで真っ白じゃん!
 オレ、ずっとこんな家で生活してたのか?
 慌てて廊下を振り向けば、みんなが歩いた跡まではっきりわかる。
 オレが戸惑ってる間に、矛先は唯人に向いていた。

「唯人くんもさ、さっきからなんかぼんやりしてない? 全然喋ってないし」
「ああ? そうか?」

 その反応がもうぼんやりしてる。声は返っても、目はついてこない感じ。

「マンガの読みすぎなんじゃないの……?」

 心配するように実莉衣が言っても、唯人は「そんなことないと思うけど」ってぼんやりと首を傾げるだけ。
 そんな空気をかえるように、晴樹が「はいはーい!」と手をあげた。

「ねえねえみんな、次は何する予定?」
「まあ、せっかくなんだから、なんかもっと、いつもはできないことやりたいよな」

 ぼんやりしてると言われたからか、唯人が久しぶりにしっかり喋って、考えるように腕を組む。
 晴樹も心なしかぷくぷくとした手を打って、「あ!」と思い出したように声を上げた。

「オレ、遊園地に行きたいなー」
「っていっても、アトラクションを動かす人がいないだろ? コンビニだって店員がいないんだからさ」
「そっか! ってことは、映画もダメ、ゲーセンもダメか」

 唯人にソッコーでつっこまれて、ちぇーっ、て晴樹がつまんなそうに言った。
 せっかく町に人がいないんだから、オレも普段はできないことをなんかやってやりたいなと考えてみたけど、意外と思い浮かばないんだよな。

「女子二人は? なんかやりたいことないの?」

 そう話を向けたら、実莉衣と穂乃果は顔を見合わせて浮かない顔になった。

「それがさ、穂乃果と二人で隣町にショッピングに行こうって駅まで行ったんだけど。大人がいないから電車も動いてなくて。当然バスもタクシーも、全部ダメじゃんって思い出してさ」
「そっか……。オレたちの移動手段は歩きか自転車だけってことか」
「そうなんだよね。そう思ったら、なんかこの町に閉じ込められてるみたいだなって思っちゃって」

 浮かない顔の理由がわかった。
 なるほど、そう考えて不安になっちゃったのか。
 オレたちを止める人はいない。何でも自由にしていい世界だ。
 だけどいざあれこれやりたいことを考えてみても、できないことばかり。
 理由はどれも、『大人がいないから』。
 だけど、そう思うのはなんか悔しい。
 まるで、『ほら、大人がいないと何にもできないでしょう?』って思い知らされてるみたいだから。
 邪魔な大人がいなくなったんだからもっと自由なはずで、楽しくなくちゃいけない。
 オレはわざと明るい声を上げた。

「じゃあさ、二人はずっと何してたんだ? お泊り会するのが楽しみって言ってただろ? 穂乃果も料理とか好きだもんな。お菓子でもご飯でも、なんでも作りたいもの作れるじゃん」

 楽しい話が聞けると思って実莉衣と穂乃果にそう声をかけたのに、またもや二人は気まずげな顔をした。

「それぞれ家で好きなことしてるよ。あたしは本を読んだり、編み物したり、かな」
「うん。私も、料理とか、してる」

 あれ? なんでそんなことになってるんだ?

「実莉衣は穂乃果の家に泊まってるんじゃなかったっけー?」

 晴樹も言いながら二人の顔をきょろきょろ見回した。

「最初はね。だけどまあ、だんだん生活が合わなくなってきたというか……」
「なんでだよ?」

 戸惑って聞いたオレに実莉衣は、「だって……」と言いづらそうに口を開いた。

「あたしは朝ごはんはパンがいいし、自然と起きるまで寝ていたいんだけど、穂乃果はご飯がいいし、目覚ましをかけていつも同じ時間に起きるから。いろいろさ、なんていうかメンドくさくなってきちゃって」

 ええ? それだけで? あんなに仲が良かったのに? ってオレはわけがわからなかった。

「掃除とか、洗濯とか、二人で分担すれば楽しいねって言ってたんだけど、お互いのやり方が気になっちゃったりして、なんか空気が悪くなっちゃったんだよね」

 そう言って二人は顔を見合わせた。
 うーん。
 オレたち男子はご飯も家事もどうでもいいけど、女子はそうもいかないもんな。
 家では当たり前に大人がやってくれてたから、そんなこと考えもしなかった。

「結局のところ、一人が一番自由ってことなんだろうな」

 唯人がぽつりと言えば、穂乃果と実莉衣はちょっとだけ慌てた。

「いやいや、そんなことないよ! 遊びたいときは昼間遊びに行ってるしさ。二人でいるのも楽しいんだよ? だけど、毎日泊まらなくてもいっか、ってなっただけ! この世界には泥棒も不審者もいないんだから、一人でいても心配ないってわかったしさ」

 実莉衣のそばで穂乃果もうんうんって頷いている。
 オレはなんとか空気を変えたくて、「裕太は? また何かわかったこととかあるのか?」って話を振った。
 だけどそこにあったのも、暗い顔。眼鏡の奥の瞳に力がない。

「いや。あまりかんばしくない成果だったな。わかったことは、『この世界がどこまで広がってるかわからない』ってことだけだ。ゲームだとこれ以上は進めないって境があるだろ? それが見つからないんだ」

「境がないってことは、丸ごと地球と同じってこと? もしかして、世界旅行とか行けちゃう?!」

 実莉衣が無理矢理明るく言ったけど、裕太は力なく首を振った。

「いや。実莉衣もさっき言ってただろ? 移動手段が自転車しかないから、行ける範囲には限界がある」
「そうか。だからどこまで広がってるか確認のしようがない、ってことか。自転車で行ける範囲は限られてるもんな」

 世界一周どころか隣町に行くのすらキツい。
 体力に限界もあるし、スマホもパソコンも使えないから道もわからない。
 でもそうやって探索ばかりしていたら、裕太が遊べないままだ。いくら気になることは調べる性格だって言っても、せっかくこんな特別な場所にいるのにそれだけで終わってしまったらもったいない。
 なんだかオレは焦りのような、もやもやしたものを感じた。
 みんながイマイチこの世界を楽しみきっていない気がしたからだ。
 せっかくの自由な世界なのに、なんでこうなっちゃったんだろ?
 ほらみたことか、って顔のお母さんが頭に浮かぶ。
 慌てて首をぶんぶんと振って、それを掻き消した。

「ほらほらみんな、せっかくの自由なんだからさ、もっと楽しもうぜ! 満喫しようぜ! やりたいことどんどんやってこー!」

 イエーイ! って腕をつきあげたけど、みんなの反応はイマイチだった。

「うん、そうだね」

 実莉衣がムリヤリみたいに笑って、裕太は難しい顔のまま。
 晴樹は「おー」って腕を上げたけど、周りの重い空気なんてそっちのけでくねくねと踊りだした。

「オレももっとプリン食べちゃお~! ぷりんぷる~ん」
「いや、晴樹はもうちょっと違うものも食べた方がいいんじゃないか?」

 さすがにちょっと心配だったけど、晴樹は「だあいじょうぶ! ほら、運動してるし!」っていつまでも踊り続けていた。



 オレは今までよりもっと夢中になってゲームをした。
 楽しまなきゃ。
 子どもだけでも楽しいんだって証明しなきゃ。
 大人がいなきゃ楽しくないなんて、認めるもんか。
 みんながあんななら、オレだけでも楽しんでやる。
 そうして夜遅くまでゲームをして、つかれたら眠って。
 事件が起きたのは、この世界に来てから六日目のことだった。
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