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第一章 こどものくにへの招待状
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「変な機械に寝て、ヘルメットかぶって……。なんにも音が聞こえなくなったと思ったら、いきなり眩しくなって、気が付いたらここに立ってたんだよな」
思い出すような唯人の呟きに、晴樹もうんうんと頷く。
「そうそう! そうだよな。それでなんで学校の教室にいるんだ?」
「これも、仮想世界の、映像なのかな」
言いながら、穂乃果が目の前の机にそっと手を伸ばした。
ギッと音がして机が動くと、穂乃果はびくりとして手を引っこめた。
「すごい、ちゃんと触ってる感覚が、ある。私の手も机も、まるで、本物みたいにしか、感じない」
穂乃果は信じられないというように、まじまじと自分の手を見た。
身体のあちこちをぱたぱたと触って確かめていた裕太は、最後に頭や目元をそっと触って、少し首を傾げた。
「さっきかぶったヘルメットが感じられない。ちゃんと自分の顔や頭を触ってるみたいだ。これはどういう技術なんだろうな? 本当にすごい!」
唯人も確かめるみたいに机に触ったり、椅子に座ってみたりした。
「仮想世界って言っても、思ったよりもリアルなんだな。これじゃ何が現実と違うのか、さっぱりわからない」
実莉衣と穂乃果はお互いに手を合わせて、「うん、人から触られてるのもわかる! すごい!」ときゃっきゃと飛び跳ねていた。
「でも、現実の学校とは違ってすごく静かだよな。オレたち以外の声は聞こえない」
オレがそう言うと、みんなは一度静かになって、耳をすませた。
バルビットくんの声ももう聞こえないし、さっきのキィンっていう音も聞こえない。
学校のチャイムも聞こえないし、いつもは誰かの声がしてるのに、変な感じだ。
「しかしすごくリアルだな。ここまで再現できるなんて」
裕太が感心したように教室を見回す。
「オーケーオーケー! まずさ、学校を出て探検してみようよ。町ってどんな感じなのかな。みんなの家ってどうなってるんだろう!」
実莉衣のわくわくとしたそんな言葉に、オレたちは顔を見合わせた。
「よし、じゃー、行ってみよー!」
晴樹のそんなかけ声に、みんなは腕を突き上げて、声を合わせた。
「おー!」
□
学校で誰かに会うことはなかった。
学校を出てしばらく歩いても、人の気配はない。
この世界にいないのは大人だけじゃなかった。
子どもも、赤ん坊も、犬も猫も、空を飛ぶ鳥もここにはいない。
ここにいたのはオレたちだけだったんだ。
そのことにはっきりと気が付いたのは、小学校の近くの駄菓子屋を覗いた時だった。
そこにはいつも居眠りをしながらおばあちゃんが店番をしているはずだったのに、その姿がない。
土曜日の今日はやっているはずなのに、ガラスのドアも開けっ放しで、まるでお店の中からおばあちゃんだけが消えてしまったみたいだった。
その先にあるコンビニも全く同じだった。
コンビニに店員さんがいないなんて、ありえない。
従業員専用って書かれてる奥の扉に向かって声をかけてみたけど、誰も出てこない。
電気はついているし、ジュースも冷えている。
学校から一番近い晴樹の家に行ってみたけど、やっぱりそこにも誰もいなかった。
柴犬のマーシーがいるはずの犬小屋には首輪だけが残されていた。
それまで明るく笑っていた晴樹が、少しだけ戸惑っていた。
「なんか……あれだな。マーシーまでいないとちょっと不安になるな。地球上の生物がみんな一気にいなくなっちゃったみたいで、なんていうか、こう、世紀末感っていうの? 世界が終わった後みたいだな」
「やだ、そんなこと言うのやめてよね!」
実莉衣が不安そうに腕を抱えて言えば、晴樹は「ごめーん」って軽く笑ったけど。
穂乃果もちょっと、不安そうな顔になった。
だからオレは言った。
「何言ってんだよ。ここは仮想の世界なんだからさ、当たり前だろ?」
さも当然って顔をして言えば、みんなもちょっと「まあ、そうだけど」って顔になった。
「それに、大人がいないのにマーシーだけいたら、その世話も晴樹がしなきゃいけないじゃん。それじゃ自由になれない。だからこの世界にはオレたちだけなんだよ」
「こどもだけの自由な国、ってバルビットくんも言ってたもんな」
唯人もにっと笑ってそう言ってくれて、オレはほっとした。
ここに連れてきたのはオレだ。
だからみんなを不安にさせちゃいけない。
内心で焦るオレに晴樹も最初は「世話がどうこうっていうより、マーシーがいないのはただ寂しいけど……」と呟いてたけど、すぐに「でも、そうだよな、自由、なんだよな」とわくわくした声をあげた。
「たしかに大人がいないってことは、なにしても怒られたりしないもんな。バルビットくんが『なんでも自分の思う通り! まさに自由! やりたいことをやりたい放題! イエーイ!』って踊り狂ってたのって、こういうことかー」
バルビットくんのマネをして腰をツイストさせながら踊ってみせた晴樹に、みんなは笑いながら、うん、って頷いた。
「そうだね。いつもはできないことが、できる!」
「怒られることもない!」
「いつまでだって、遊んでいい!」
「オレたちは、本当に自由になったんだ!」
思い出すような唯人の呟きに、晴樹もうんうんと頷く。
「そうそう! そうだよな。それでなんで学校の教室にいるんだ?」
「これも、仮想世界の、映像なのかな」
言いながら、穂乃果が目の前の机にそっと手を伸ばした。
ギッと音がして机が動くと、穂乃果はびくりとして手を引っこめた。
「すごい、ちゃんと触ってる感覚が、ある。私の手も机も、まるで、本物みたいにしか、感じない」
穂乃果は信じられないというように、まじまじと自分の手を見た。
身体のあちこちをぱたぱたと触って確かめていた裕太は、最後に頭や目元をそっと触って、少し首を傾げた。
「さっきかぶったヘルメットが感じられない。ちゃんと自分の顔や頭を触ってるみたいだ。これはどういう技術なんだろうな? 本当にすごい!」
唯人も確かめるみたいに机に触ったり、椅子に座ってみたりした。
「仮想世界って言っても、思ったよりもリアルなんだな。これじゃ何が現実と違うのか、さっぱりわからない」
実莉衣と穂乃果はお互いに手を合わせて、「うん、人から触られてるのもわかる! すごい!」ときゃっきゃと飛び跳ねていた。
「でも、現実の学校とは違ってすごく静かだよな。オレたち以外の声は聞こえない」
オレがそう言うと、みんなは一度静かになって、耳をすませた。
バルビットくんの声ももう聞こえないし、さっきのキィンっていう音も聞こえない。
学校のチャイムも聞こえないし、いつもは誰かの声がしてるのに、変な感じだ。
「しかしすごくリアルだな。ここまで再現できるなんて」
裕太が感心したように教室を見回す。
「オーケーオーケー! まずさ、学校を出て探検してみようよ。町ってどんな感じなのかな。みんなの家ってどうなってるんだろう!」
実莉衣のわくわくとしたそんな言葉に、オレたちは顔を見合わせた。
「よし、じゃー、行ってみよー!」
晴樹のそんなかけ声に、みんなは腕を突き上げて、声を合わせた。
「おー!」
□
学校で誰かに会うことはなかった。
学校を出てしばらく歩いても、人の気配はない。
この世界にいないのは大人だけじゃなかった。
子どもも、赤ん坊も、犬も猫も、空を飛ぶ鳥もここにはいない。
ここにいたのはオレたちだけだったんだ。
そのことにはっきりと気が付いたのは、小学校の近くの駄菓子屋を覗いた時だった。
そこにはいつも居眠りをしながらおばあちゃんが店番をしているはずだったのに、その姿がない。
土曜日の今日はやっているはずなのに、ガラスのドアも開けっ放しで、まるでお店の中からおばあちゃんだけが消えてしまったみたいだった。
その先にあるコンビニも全く同じだった。
コンビニに店員さんがいないなんて、ありえない。
従業員専用って書かれてる奥の扉に向かって声をかけてみたけど、誰も出てこない。
電気はついているし、ジュースも冷えている。
学校から一番近い晴樹の家に行ってみたけど、やっぱりそこにも誰もいなかった。
柴犬のマーシーがいるはずの犬小屋には首輪だけが残されていた。
それまで明るく笑っていた晴樹が、少しだけ戸惑っていた。
「なんか……あれだな。マーシーまでいないとちょっと不安になるな。地球上の生物がみんな一気にいなくなっちゃったみたいで、なんていうか、こう、世紀末感っていうの? 世界が終わった後みたいだな」
「やだ、そんなこと言うのやめてよね!」
実莉衣が不安そうに腕を抱えて言えば、晴樹は「ごめーん」って軽く笑ったけど。
穂乃果もちょっと、不安そうな顔になった。
だからオレは言った。
「何言ってんだよ。ここは仮想の世界なんだからさ、当たり前だろ?」
さも当然って顔をして言えば、みんなもちょっと「まあ、そうだけど」って顔になった。
「それに、大人がいないのにマーシーだけいたら、その世話も晴樹がしなきゃいけないじゃん。それじゃ自由になれない。だからこの世界にはオレたちだけなんだよ」
「こどもだけの自由な国、ってバルビットくんも言ってたもんな」
唯人もにっと笑ってそう言ってくれて、オレはほっとした。
ここに連れてきたのはオレだ。
だからみんなを不安にさせちゃいけない。
内心で焦るオレに晴樹も最初は「世話がどうこうっていうより、マーシーがいないのはただ寂しいけど……」と呟いてたけど、すぐに「でも、そうだよな、自由、なんだよな」とわくわくした声をあげた。
「たしかに大人がいないってことは、なにしても怒られたりしないもんな。バルビットくんが『なんでも自分の思う通り! まさに自由! やりたいことをやりたい放題! イエーイ!』って踊り狂ってたのって、こういうことかー」
バルビットくんのマネをして腰をツイストさせながら踊ってみせた晴樹に、みんなは笑いながら、うん、って頷いた。
「そうだね。いつもはできないことが、できる!」
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「オレたちは、本当に自由になったんだ!」
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