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第一章 こどものくにへの招待状

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『こどものくに』って知ってる?
 晴々小学校のベランダからも見える空き地でずっと工事してたテーマパークでさ。
 子どもだましじゃない、本格的な職業体験ができるってのがウリで、近くの家にはみんな招待券つきのチラシがポストに入れられてた。
 だけどオレは、みんなとは違う『招待券』を持っている。
 そこには『こどもだけのくに招待券』って文字が並んでいて。
 封筒に一緒に入っていた招待状には、こう書かれていた。

『「こどもだけのくに」へご招待!
 大人は怒ってばかり! いつも口うるさい大人なんていらない! こどもだけの国に行って、思いっきり遊んでみたい!
 そんな風に思っているこどもたちのために、こどものくにの中に「こどもだけのくに」を作りました。
 十月十日のオープンに先駆けて、地域のこどもたちを招待するよ!
 是非お友達を誘って遊びに来てね』

 まるで今のオレの心を読んだみたいな手紙で、もらったときはドキッとした。
 その時オレはお母さんとケンカしたばっかりで、ムカムカしていたから。
 その招待状をもらうことになったのも、お母さんとのケンカがきっかけだった。

     □

「スバル。四時半になったらお風呂掃除するって約束だったでしょ? もう予定より十分も過ぎてるわ」
「わかってるよ! だけどまだゲームがセーブできてないんだよ。小屋まで戻らないと、さっき手に入れたアイテムが――ああっ! なんで電源切るんだよ!」
「セーブして終わらせたいんだったら、時間までにセーブできるように先を考えて、予定を立ててやりなさい」
「ゲームするために予定とかいちいちそんなの考えてたら楽しくないじゃんか!」
「予定を立ててやらないから無駄が多くて、楽しみきれないのよ」
「違うよ! そもそも平日は一日三十分までなんて短すぎるんだよ!」
「それなら前もってお母さんが納得できる理由を話して、交渉すべきだったわね。後から言うのはただの言い訳よ」

 お母さんはシステムエンジニアで、しかも課長として日々チームみんなの予定を立てて、その通りに動かしてるらしい。
 だからオレにも同じように求めてくるけど、ここは会社じゃないし、オレはお母さんの部下じゃない。
 そもそもお母さんだって、『今日は六時には帰る』って言ってたのが十時を過ぎても帰らないことだってあるクセに。
 それを言ったら、「だからこそ子どものうちから予定通りに動く訓練をしておかないと、お母さんみたいに苦労するわよ」なんて。

 自分ができなかったことを子どものオレに押し付けるなって言いたい。
 オレは時計じゃないんだ。
 そんなにいつもいつも正確になんて、無理に決まってる。
 毎日毎日駆け込み乗車する大人や急いで事故にあったニュースが証明してるじゃないか。
 セーブできずに今日やったことが無駄になったんだから、オレは今日ゲームをやっていないのと同じことだ。
 だから風呂掃除だってやる必要はない。
 勝手にそう決めて、オレは家を飛び出した。

 収まらないイライラをぶつぶつと吐き出しながら河原の土手を歩いていたら、足元にコーヒーの空き缶が転がっていた。
 ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなさい、って怒るお母さんの顔が頭にちらっと浮かんで、むかっとした。
 ルールを守らないのは大人の方だ。
 だって、子どもはコーヒーなんて飲まない。あちこちに落ちてるタバコだって、大人が捨てたゴミだ。
 大人はいつもムジュンばっかり。
 それを見ないフリして、子どものことばかり怒る。

「あーあ! ほんっと、子どもなんてつまんねー! 大人なんかいなけりゃいいのに」

 イライラをコーヒーの缶に思いっきりぶつける。
 かぁん、と蹴り上げると、思ったよりも高く上がらなくてまたイラっとする。
 そしてそれは、思ってもいない場所に落ちていった。
 ばしゃっ。
 中にまだコーヒーが残ってたんだ。
 だから高く上がらなかったし、変な方向に飛んじゃった。
 でもやばい。
 おかげでコーヒーは、土手に座ってた人の肩にかかってしまった。

 いや。
 人、って言っていいのかな。
 いやいや、中にいるのは人なんだって知ってるけどさ。
 コーヒーがかかってしまったのは、けば立ったピンクのうさぎ。
 オーバーオールを着て、頭に小さな緑の帽子をかぶった着ぐるみだ。
 ばしゃっていう音で気が付いたのか、うさぎはきょろきょろと斜め上の方を見回している。

「ご、ごめんなさい!」

 慌てて土手を駆け下りたら、水たまりに足を突っ込んでさらに泥がはねた。
 ピンクのうさぎはコーヒーの黒と泥の茶色で三毛猫みたいに三色になってしまった。

「あああ! もっと汚しちゃった!」

 何かないかとポケットをぱたぱたしてみても、ティッシュもハンカチも何も持ってない。
 勢いで飛び出してきたから……じゃなくて、いつも持ってないんだけど。
 今できることは謝ることしかない。

「お、オレ、お母さんとケンカしてむしゃくしゃして、つい、缶を蹴っちゃって、慌てて下りたら泥までかかっちゃって……とにかく、ごめんなさい!」

 後ろから声をかけたら、うさぎの着ぐるみはぐぎぎぎぎ、って後ろを振り向こうとしたけど、それ以上は首が回らないらしい。
 慌てて前に回ると、うさぎはやっとオレを見つけて、黒いつるつるの目でオレを見た。
 中の人はどこの穴からオレを見てるんだろう。
 いや、見えてるのかな。
 うさぎはじっとオレを見た後、ぐって拳を突き出した。

 パンチの真似? 怒ってる?

 そう思ったけど、よく見れば親指だけがぴょこんと立っている。
 これは『気にするな』ってことかな?

「あ、ありがとう……?」

 おそるおそる言ったオレのことはもう見ていなくて、うさぎはナナメにかけた黄色のポシェットを開けてもぞもぞとやりだした。
 着ぐるみの太い指なのに、器用だなあと見ていると、中から取り出したのは白い封筒だった。
 それをぐいっと差し出されて、思わず受け取る。

「これ、オレにくれるの?」

 うさぎは重そうな頭を少しだけ下に向けて、こくんと頷いた。
 両手でアゴのあたりを押さえてるのは、あまり下を見ると頭が重さでもげてしまうからなんだろう。
 うーん。
 知らない人に物をもらっちゃいけないっていつも言われてるけど、中身を確かめるくらいいいよね。
 よく駅前とかで配ってるチラシとかかもしれないし。
 そう思って糊付けされてない封筒を開けてみれば、中には『こどもだけのくに招待券』と書かれたチケットが六枚と、手紙が一枚入っていた。
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