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第5話 最強の剣士

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 俺はゴトゴトと馬車に揺られる音で意識を取り戻した。

 「……ここは」

 「あっ、目を覚ましましたか」

 声がした方を向くとそこには、猫耳娘が座っていた。

 「危ないところを助けていただきありがとうございました。私の名前はシアと申します」

 そう言いぺこりと猫耳が付いた頭を下げる。

 「俺の名はラムダ。……本当に、危うく死ぬところだったぞ」

 「うっ。なんと謝ればいいか…、申し訳ございません」

 「過ぎたことはもういい。それよりここは? 見たところ荷馬車の中のようだが」

 「えっと、王都へ戻る途中の騎士団の方が騒ぎを聞きつけて乗せてくださったのです」

 騎士団か。この国の騎士団はどこかの国と違いどうやら優秀なようだ。

 「それでどうしてあんなところに?」

 俺は出会った時から疑問だったことをシアに問いかけた。

 「実は……」

 猫耳娘、もといシアの話によるとシアは貴族の侍女をしており、主であり領主の息子であるラスク・バングリッドという男と共に森で依頼をこなしていたらしい。

 シアは魔法や身体能力は高くないが耳や鼻が利くため一緒に連れてこられたのだそうだ。

 「そこに運悪く獰猛な猛虎サーベルタイガーに出くわしてしまったと」

 「はい。こちらが気づいた時にはもう見つかってしまった後で……」

 「それでお前のあるじは?」

 俺の問いに対しシアは無言で俯く。その動作でシアの主がどうなってしまったかは容易に想像できる。

 「そうか……。それにしてもあんなところに獰猛な猛虎サーベルタイガーがでるとは」

 俺はこの国を訪れて日は浅いがある程度の下調べはしていた。
 森の浅い辺りなら高くてもDランク。Cランクの猛虎が出るという話は聞き覚えがない。

 「どうも胡散臭いな。領主の息子が依頼というのもおかしな話だが」

 なにやら厄介な事に巻き込まれた気がする。

 思考を巡らせていると馬車が止まり垂れ幕の向こうから足音が聞こえてくる。

 「おや、目を覚ましたか」

 と凛とした声が聞こえ馬車の中に入ってきたのは、白銀の甲冑を纏い金色の髪を腰まで伸ばした女性であった。

 するとなぜかシアが姿勢を正し緊張した表情を浮かべる。

 「獰猛な猛虎サーベルタイガーと出くわすとは災難だったな。私はリズベル・ランディール。ルアーク国騎士団の団長を務めている」

 「俺の名はラムダ。あのままだったら危うく魔物の餌になるところだった。馬車に乗せてもらったこと、感謝する」

 「ラムダさん、もしかして団長様をご存じないのですか?」

 俺の返答に違和感を感じたのか物珍しいものを見るような目でシアが問いかけてくる。

 「そうだが? それがどうかしたか…」

 「リ、リズベル団長様はあのベヒーモスを単騎で倒したルアーク国最強の剣士様ですよっ!」

 「へ、へぇ」

 シアの迫力に押され若干顔が引きつる。

 ベヒーモスと言えば確かランクSの超大型魔獣。それを単騎で討伐するとはさすが冒険者国家最強の剣士。

 「すまない。何分この国にきて間もないものでな。気に障ったなら謝る」

 俺はリズベルに向かい頭を下げた。

 「ははっ! 気にしていないさ。最強という肩書も民たちが勝手にいっているだけだしなぁ」

 「それだけ信頼されているということじゃないか」

 「…そうだと嬉しいのだが」

 そういいながらリズベルは笑みを浮かべた。

 なぜか俺にはその笑みが少し悲しそうに感じた。

 「まもなく王都に到着する。私は少し調べなければならないことがあるが、ラムダ殿。すまないがこの娘を奴隷商に連れて行ってもらえないか」

 「奴隷商に?」

 「ああ。この国では奴隷の飼い主が事故や病気などで死亡した場合、奴隷商に引き渡すという決まりがあるのだ」

 「そんな決まりがあるのか」

 「冒険者が奴隷を戦闘用に買うことはよくある話でな、契約により主に危害を加えないというのはできるのだが、魔物との戦いで手を抜くことは可能なのだ。それを防ぐための決まりでもある。奴隷には犯した罪に伴い隷属期間というものが与えられその期間を経れば無事解放される。だが、飼い主が死に奴隷商に戻れば隷属期間はリセットされるという仕組みだ」

 なるほど。そうすれば奴隷は隷属期間はリセットさせないために主を護る、というわけか。

 「それと念のため教会にも行ってもらう」

 「教会?」

 「今回死亡したラスク・バングリッドという男は貴族なのでな、念のため今回の件は事件として調査する。そこで事情聴取も兼ねて司祭様に真偽の証明をしてもらうだけだ。何もやましいことがなければ問題ないさ」

 やはりリズベルも森の浅い場所で狂暴な猛虎サーベルタイガーが出たことを不審に思っているのだろうな。

 「了解した」

 「疑うようで悪いな……」

 「いいさ。助けてもらったんだ、これぐらいどうってことない」

 「ところであそこにはお主達しかいなかったのか?」

 「ああ、そうだが?」

 「……そうか、ならいい。あと、これを渡しておこう」

 そう言うとリズベルは親指ほどするクリスタルの結晶を差し出した。

 「これは?」

 「お守りだ」

 リズベルは笑いながらそう言った。
 
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