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傭兵団をわからせます。

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傭兵たちは雪崩になってリションに飛び掛かる。
しかしリションは、今度は防御すらしなかった。
襲いくる刃にその身を晒したままだ。

「おらぁ、思い知れやクソ女ぁ!」

先頭の男が野太い声で叫んだ。
それと同時にいくつもの刃がリションの細い首筋に振り下ろされる。
槍の穂先が腹を突く。
傭兵たちは殺ったと確信した。
しかし直後、驚愕する。

「な、なんだぁ⁉︎ 斬れねえ! こ、こいつ、何で斬れねえんだ⁉︎」

攻撃はひとつも届いていなかった。
薄皮一枚分の空間を隔てて止められている。
これはリションが常時その身に纏う防御障壁『超高位物理遮断障壁』が、攻撃を遮断した為だ。

末の妹で、七座天使メイド隊に於いては――姉たちに可愛がられながらも――未熟者と評されるリション。
しかしリションとて歴とした座天使ソロネである。

座天使スローンズは九つからなる天使の位階における第三位。
天上位階論により上位階に分類された上位天使だ。
超弩級の存在なのである。
人間からすれば、まさに次元の異なる生命体。

もしリションの防御障壁を本気で貫きたいのであれば、最低限でも山を砕き大地に大穴を穿つほどの攻撃が必要となろう。
ちょっと斬ったり突いたりした所で、どうにか出来るものではないのだ。
しかし傭兵たちはそんなことは知らない。
理解も出来ない。
だから狂ったように叫ぶ。

「こんなの、何かの間違いだ! 俺たちぁ歴戦の傭兵団だぞ! いくつもの死線を潜ってきた!」
「その通りだ! バカみたいに強え戦士だって倒してきた!」
「なのに何で、こんな小娘ひとりが倒せねえ! こんなバカな話があるか!」

傭兵たちは懲りずに何度も剣を振り下ろした。
汗を流し、絶叫しながら槍で突く。
けれども届かない。
リションの澄まし顔をほんのわずかに乱すことすら叶わない。

「畜生……! 何なんだ……本当に、何なんだよ、お前ぇ……」

傭兵たちの矜持は粉々に砕かれた。
自信を喪失した彼らはやがて息を切らし、ひとり、またひとりと武器を手放していく。
攻撃を諦めたのだ。
地に落ちた剣や槍が、カランと乾いた音を立てた。
リションは尋ねる。

「気はお済みになりましたか? これでお分かり頂けましたでしょう。貴方様方はか弱い。途方もなく脆弱で儚い人間。私ども天使とは存在価値が根本から異なる下等種なのです」
「……天……使……? あんた、天使なの? ホントに? は、ははは……」

傭兵たちは呆けながら笑った。



「クソがぁ!」

怒声と同時にドカンと大きな音がする。
傭兵団長バザックが、近くにあった岩に拳を振り下ろしたのだ。
殴られた岩は大きくひび割れた。
拳ひとつで岩を破壊するとは大した怪力である。
バザックは言う。

「……何が天使だ、この詐欺師が! 俺は騙されねえぞ。攻撃が通んねえのも、大方そういう能力が付与された神代遺物アーティファクトでも隠し持ってるだけだろうが」

バザックは額に青筋を立てながら歩き出した。
「どけ!」と声を張りながら腑抜けた傭兵たちを掻き分け、リションの前に立つ。

傭兵たちのなかでも飛び抜けて巨漢のバザックである。
対してリションの背丈は標準的な女性程度しかない。
まるで大人と子供だ。
バザックがリションを見下ろす。

「おい、ペテン師! もしお前がペテン師じゃねえってんなら、俺と力比べでもしてみるか? 出来ねえだろ? 誰だって捻り潰されたくはないもんなぁ!」

バザックは上腕二頭筋に力こぶを作って見せつけた。
筋骨隆々だ。

「どうだ、俺様の筋肉は! その細っこい腕で俺様をどうこうできるか? 出来ねえだろ!」

バザックは得意顔になった。
リションはため息をつく。

「……ふぅ。これほどに愚かとは、理解の範疇を超えてしまいます。まったく人間の教育とは骨が折れるものにございますね」

まだ教育が行き届かないことにリションは呆れる。
少しくたびれてきた。
しかしルシフェルのためにも教育は継続せねばならない。
なにせこの傭兵団にはルシフェルが加入を希望しているのだ。
リションは言う。

「力比べにございますね。よいでしょう。これも教育の一環なれば、承知致しました。さぁ、どうぞお好きになさいませ」

リションが右手を差し出した。

「ふん、馬鹿が! 虚勢を張りやがって!」

バザックはリションと手のひらを合わせる。
思い切り握った。
そのまま押し潰そうと力を込める。
しかしビクともしない。
逆にリションは、ほんの少し力を込めて手のひらを握り返した。
バザックから悲鳴があがった。

「ぎゃあ! は、離せ!」
「……離せ? これはまた異なことを言われるのですね。力比べをしようと申し出られたのは、他ならぬ貴方様にございましょう。さ、遠慮なくお力をお試しくださいませ」

リションはもう少しだけ力を込めた。
バザックの指が潰れた。
リションの握力が強すぎるためだ。

「――ぐぁぁ! ……ぐ、ぐぎぎ……!」

バザックが歯を食いしばる。
口の端から泡を吹いている。

「ぐ、ぐおお! こんなバカなことがあるか!」

バザックは空いた方の手で拳を握った。
狂ったようにリションを殴りつける。
しかし効かない。
ひとつも届かない。

「畜生……畜生……!」

バザックはついに膝をついた。
リションは言う。

「それでは仕上げの教育です。先ほど貴方様は背丈ほどの小さな岩を叩き割って力を誇示されていましたね。ならば私も貴方様の流儀に倣いましょう」

リションはバザックを解放して、背を向けた。
淑やかな歩調で歩きだす。
向かった先には大岩があった。
それは全高10メートルはあろうかという大岩だ。
バザックが割った岩とは比べものにならない。
リションは岩の前で構える。

「……えいっ」

軽い呼気を吐いて正拳突きを繰り出した。
拳が岩を打つ。
するとその直後、縦横無尽に亀裂が走り、大岩はガラガラと音を立てて粉々に崩壊した。

「――ッ⁉︎ なっ、なっ……⁉︎」

傭兵団長バザックを含む傭兵たちは、言葉を無くして混乱する。

「ご理解頂けましたか? このように岩など少し叩けば崩れるのです。しかしこの程度の児戯すら皆様には難しい。つまり貴方様方はどうしようもなくか弱い人間なのでございます。人間は人間らしく、私ども天使にお従い下さいませ」

リションがお辞儀をしてみせた。
これぞまさに慇懃無礼というものだ。
こき下ろされた傭兵たちは、ただぽかんと口を開けてリションを眺めていた。
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