たまき酒

猫正宗

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11 常連さんと沖縄料理

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 キーボードのバックスペースキーを押し、今し方書いた文章を消していく。

 昔の文筆家なら、こんなとき原稿用紙を丸めてゴミ箱にでも投げ捨てたのかもしれない。

 けれど私はノートパソコンで執筆しているから、そうはいかない。

「だめだぁ。なぁんにも思い付かない」

 私はまだ、グラスホッパーがぁるの続巻の内容に頭を悩ませていた。

 それどころか、すでに何度か書き上げた企画案を茉莉に戻されている。

 彼女の容赦のないダメ出しを思い出し、胃がキリキリと痛んだ。

「うぅ……。煮詰まってきたかもしんない」

 フローリングに背中からゴロンと寝転がる。

 大の字になった拍子に壁掛け時計がカチコチと針を刻むのが目に映った。

 時刻はそろそろ17時。

 行き付けの近所の居酒屋さんである『八重山』の開店時間だ。

「そうねぇ……」

 いのりが仕事から帰ってくるまで、あと二時間くらいある。

 ねぎさんの姿は見えないが、まだ猫用食器にドライフードは残っているからご飯の補充は後でもいいだろう。

「……ふむ。ちょっと一杯、気分転換に引っ掛けにいこうかしら」

 腹筋に軽く力を込めて上体を起こす。

「よっこいしょ」

 呟いてから私は立ち上がり、ラフな部屋着を簡単な外出着に着替えてから家を出た。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 赤提灯を視界の端に入れながら、鼻歌混じりにのれんを潜る。

 今日は何を飲もうかな。

 最近はずっといのりと一緒に飲んでいたから、一人で外飲みするのも久しぶりだ。

 でもたまにはこういうのも良いだろう。

 カラカラとお店の引き戸を開けると、店内にはすでにお客さんが入っていた。

 私が一番乗りかと思ったんだけど、そうではないようだ。

 先客は見覚えのある三人組で、みんなこのお店の常連のおじさん達だった。

 私の来店を目敏く見つけて声を掛けてくる。

「お! 環ちゃん! 環ちゃんじゃないの!」

「最近あんまり顔出さなかったじゃないか。久しぶりだねぇ」

「こっちこっち。こっち来て一緒に飲もうよぉ」

 この常連さんたちはみんな妻帯者で、歳は五十から六十くらい。

 自営業だったり会社を早期退職していたりで悠々自適に過ごしているおじさんたちである。

 名前はたしか長野さんに、平田さんに、松倉さん。

 …………だったと思う。

 いや、ちょっと記憶が曖昧だけれど。

「どうしたの? ほら、こっちこっちぃ」

 おじさん達は三人揃って手招きをしている。

 どうしようか?

 今日はカウンターにでも座って、一人でぼうっと飲もうと思ってたわけだけど……。

 んー。

 この常連さん達、みんな悪い人じゃないんだよね。

 ただちょっと声が大きいだけで、基本的には陽気なお酒飲みって感じだし。

 迷っていると真ん中のおじさんが、テーブルに置いてあった瓶を頭上に持ち上げた。

「これ見て、環ちゃん! 泡盛あるよ! 一緒に飲もうよ!」

「肴も、ほら! 『ラフテー』に『ジーマミー豆腐の揚げ出し』『島らっきょうの塩漬け』!」

「おいで、おいで! おいちゃん達の奢りだから」

 明るい暖色の照明に照らされて無色透明な三合瓶がキラリと輝く。

 鮮やかな青のラベルには『八重泉』の文字。

 ほほぅ、八重泉か……。

 沖縄の石垣島方面、八重山地方でよく飲まれていて、泡盛の割にはクセが少なく飲みやすいお酒だ。

 そういえば最近、泡盛を飲んでいないなぁ。

 肴も美味しそうだ。

 やっぱりこの常連さん達、いっつも居酒屋に入り浸って飲んでるだけあってお酒や肴のチョイスにセンスがある。

 何だか私も、今日は泡盛の気分になってきた。

「ほらほら、何してんの! 環ちゃんの席はここだよ!」

 おじさんの一人が、自分の隣の席を空けてバンバンと叩いた。

 途端に仲間割れが始まる。

「な⁉︎ おい松倉さん、そりゃあないんじゃないかい? あんた、この前も環ちゃんに隣に座って貰ってただろう?」

「そうだ、そうだ。今日はあたしの番でしょうが!」

「いいや長野さん。あんたぁこの前、奥さん一筋だって酔って威勢のいいこと言ってたじゃないか? ありゃあ嘘だったのかい?」

「そ、それとこれとは話が別だわい! そう言う平田さんこそ、家で娘さんにお酌してもらえるのを自慢してたじゃないか。今日くらいは譲りなさいよ!」

 これはもう、どうやら一人で飲めるような雰囲気でもないようだ。

「……ま、いっか」

 どうせこの人達、私を孫の代わりくらいにしか思ってなくて、楽しくお酒が飲みたいだけなのだ。

 なら今日はご相伴に預かるとしよう。

「じゃあちょっとだけお邪魔しますね」

「よぉ! さすが環ちゃん!」

 おじさんたちが手を叩いて喜ぶ。

「それで結局、私はどこに座ればいいんです?」

 私がそう言うと、また騒がしい言い争いが始まった。

 ◇

 最終的にじゃんけんの勝敗で決められた席に座り、店長にグラスを出してもらう。

「さささ。飲んで、飲んで」

 早速泡盛を勧められた。

 透き通った無色の液体が三合瓶からとくとくと注がれ、綺麗な琉球ガラスのロックグラスが満たされていく。

 ふわりと木の実のような甘い匂いが漂ってきた。

 泡盛特有の芳潤な香りだ。

「さぁ環ちゃん! ぐいーっといっちゃって! ぐいーっと!」

「……もうっ。酔うまでは飲みませんからね?」

「分かってるってぇ。ささ!」

 促されるままにグラスを持ち上げる。

 何だかんだで私も飲みたいのだ。

 ぐいっと傾けると冷えた八重泉が、すぅっと口に流れ込んできた。

 口当たりは泡盛にしてはマイルド。

 けれどもそれは決して味わいが薄いという訳ではなく、むしろ原料である米の旨みや甘さがしっかりと感じられる。

 濃厚な米焼酎のような味わいである。

「んく、んく……」

「おー! いい飲みっぷりだねぇ、環ちゃん!」

「……ふぅ」

 グラスを置き、指で唇の端を拭う。

「いやぁ、泡盛飲むのは久しぶりでしたけど、やっぱり美味しいですねぇ」

「そうだろう、そうだろう。どうだい、もう1杯?」

「あ、頂きます」

 泡盛には日本酒や焼酎とはまた違った独特の味わいがある。

 その個性は割と強烈で、銘柄によっては土の味がするなんて例えられる事もあるくらいだ。

 クセは強いけれども、一度飲めば忘れられない味わいとも言えよう。

 私は久しぶりの泡盛を十分に堪能してから、今度は小鉢に取り分けられたラフテーに箸を伸ばした。

 このラフテーは言わば沖縄の豚の角煮だ。

 とは言っても角煮とは味付けも調理法も異なっている。

 一番の違いは豚の角煮が皮なしの三枚肉を使うのに対して、ラフテーは皮付きの三枚肉を使うことだろうか。

「頂きます」

 小鉢からラフテーを持ち上げて、パクリと齧り付いた。

 ぐにっとして柔らかな皮を前歯で断ち切る。

 甘辛い黒糖と醤油に生姜の刺激が加わり、口のなかに広がっていく。

 噛みしめればとろとろになるまで煮込まれた三枚肉に奥歯が食い込み、中からじわっと甘い豚の脂が染み出してくる。

 そのまま咀嚼してごくりと飲み込めば、確かな満足感と一緒にずっしりとしたお肉が胃へと落ちていく。

「環ちゃん、これも食べなよ」

 揚げ出し豆腐が差し出された。

 これは落花生なんかを材料にして作られた沖縄のもちもち食感のお豆腐であるジーマミー豆腐を、揚げ出し豆腐に仕上げた創作料理である。

「ありがとうございます。じゃあ頂きます」

 レンゲで餡ごと料理を掬って、ふうふうと息を吹きかけてからパクリと口に含む。

あふ……っ」

 蓋をしたように餡に保温された中身は、まだ熱々だった。

 はふはふと吐息をはきながら咀嚼する。

 カリッとした衣に出汁の効いた餡がとろりと絡み、それらがもちふわのジーマミー豆腐の甘さと溶け合う絶妙な旨さが堪らない。

「ささ、お酒だよぉ」

 至れり尽くせりだ。

 常連三人組がぐいぐい飲ませようとしてくる。

 と言ってもこのおじさん達には変な下心なんてない。

 何というか孫にお菓子をあげるような気持ちでお酒を薦めてくるんだって事を、私はこれまでの付き合いから分かっていた。

 だから私も遠慮なくグラスを差し出して、八重泉を注いでもらう。

「とっとっと。そのくらいでいいです」

 ありがたく頂戴した泡盛をぐいっと飲み干し、口の中のジーマミー豆腐と一緒に喉の奥へと流し込んだ。

 ◇

 お腹も一段落ついた私は、島らっきょうの塩漬けをぽりぽりと齧りながら、ちみちみと八重泉を楽しむ。

 島らっきょうの旬は二月頃。

 四月も後半となるとそろそろ食べ納めの時期だから、悔いのないよう今のうちに味わっておく。

 らっきょうを塩漬けにするとアクが抜け、乳酸発酵が進んで辛味がマイルドになる。

 そうして漬け上がった島らっきょうの塩漬けにたっぷりの鰹節を乗せて食べると、これがまた泡盛に良く合うのだ。

「あ、長野さん。グラス空いてますよ。どうですか?」

 三合瓶の口を向けてあげると、長野さんはデレデレと相好を崩しながらグラスを差し出してきた。

「悪いねぇ。いやぁ環ちゃんに注いでもらうと、お酒が一段と美味しくなるよぉ」

「こっちも! こっちにも注いでもらえるかい?」

「なんじゃあ松倉さん、あんた一気飲みなんかでコップを空けて。身体に悪いぞ」

「そういう平田さんこそ、環ちゃんが注いでくれるからって、さっきからペース速いんじゃないかい?」

 まったくこの人達ときたら。

 いつもこんな調子で仲が良いんだか悪いんだか。

 思わず苦笑してしまう。

「そんな慌てないでも大丈夫ですって。お二人にもちゃんとお酌しますから」

「そ、そうかい?」

「いやぁ嬉しいなぁ」

 おじさん達はにこにこして、雑談を楽しみながら泡盛を飲み干していく。

「んく、んく、ぷはぁ! くぅっ、美味い!」

 平田さんが空けたグラスをタンッとテーブルに置き、話しかけてくる。

「そういえば、環ちゃん」

「はい? なんですか?」

「最近あんまりここに飲みに来てなかったじゃないか。……なんだい? もしかして彼氏でも出来たのかい?」

 おじさんは親指を立ててニンマリ笑っている。

 これは私を肴にして楽しもうという魂胆だ。

「何言ってんですか。セクハラですよ」

「え、ええー⁉︎ そんなことないよ。おいちゃんはただ好奇心がだねぇ」

「彼氏なんて出来てませんってば。田舎から出てきた妹と同居を始めたんです。それでバタバタしたり、家で飲むことも増えたりで、あんまり顔を出してなかったんですよ」

 ガタッ!

 三人組が一斉に立ち上がった。

「い、妹⁉︎」

「た、環ちゃん、妹さんいたのかい⁉︎」

「会ってみたいなぁ!」

「はいはい、どうどう。皆さん落ち着いて下さい。なんでそんなに驚くんですか。妹いたんですよ。私みたいに擦れてなくて可愛い妹ですよぉ」

「何言ってるんだい! 環ちゃんだって十分可愛いじゃないか」

「そうだそうだ。ささ、もう一杯飲んで飲んで」

「…………でも、ちょっと妹さんにも会ってみたいなぁ」

 ふと思い出す。

 そういえばそろそろいのりが帰ってくる時間だ。

 ◇

「そろそろ帰ろうかな」

 ぽつりと呟くと、おじさん達が大袈裟に反応した。

「え⁉︎ もう帰っちゃうのかい⁉︎」

「そんなぁ。まだこれからじゃないかぁ」

「環ちゃんも飲み足りないんじゃないかい?」

 まぁ確かにもう少し飲みたくはある。

 でも頭もふわふわしてきたし、肌も火照り出したしで、ここらが切り上げ時だ。

「んー、この辺でやめときます」

 腰を上げようとしたら、三人が引き止めてくる。

「そ、そうだ! 環ちゃんこんな話を知っているかい?」

「こんな話? どんな話です?」

 私は腰を浮かせた姿勢で止まる。

「泡盛の三合瓶のお話だよ。三合瓶って普通は540mlだよね? でも泡盛の三合瓶は600mlで60ml多いんだ。この理由、知りたくないかい?」

 見え見えの引き止めだ。

 それにその話は割と有名だから、実は私も知っている。

 あれだ。

 多い分は神様の取り分って話だ。

「ふふふ。気になるだろう? 何たって環ちゃんはお酒の小説家さんなんだから、こういう話は気になるはずだ。ほらほら座って座って」

 まったく仕方のない人たちである。

 もう少しだけ付き合ってあげよう。

「はぁ……。あと一杯だけですよぉ?」

 私はまた苦笑してから、浮かせた腰を下ろし直した。

 平田さんと松倉さんから「長野さん良くやった!」だの「引き止め成功だ!」だのといった声が聞こえてくる。

「それで、どういう理由なんです?」

「それはだねぇ」

 水を向けてあげると、おじさんが嬉々として話始めた。

 基本的にこの人たちは、若い世代の子との会話に飢えているのである。

「60ml多い分は、神様やご先祖様の分って事らしいよ。なんでも沖縄には泡盛を飲む時に、この分を氷に掛けてお供えする風習もあるらしいね」

 雑学を披露した長野さんが、自慢気にくいっと顎を上げた。

 平田さんと松倉さんは感心したように話を聞いている。

「環ちゃん、知らなかったろぉ?」

「ふふふ。そうですね。勉強になりました」

 応えると無邪気に喜ばれた。

 何とも憎めないおじさん達である。

 まぁ実際には沖縄戦後に米軍が放出した瓶ビールの容量が600mlで、その名残から泡盛の三合瓶も600mlになったという話らしいのだけど、それは話さないでおこう。

 こんなに楽しそうにお喋りしている所に水を差すこともないのだ。

 ◇

 また少しの時間が経過した。

 私は最後の一杯を飲み干してから、お店を出るべく再び立ち上る。

「それじゃ、行きますね。お会計これで足ります?」

「待って待って!」

「もう少し飲もうじゃないか」

「そうだよ! それにおいちゃん達の奢りだって言ってるじゃないか」

 やはりすんなり帰らせてはくれないか。

 けれども予想はしていた。

 誰しもお酒が入るとまぁこんなものである。

 といってもこれではいつまで経っても帰れないし、私は今度はきっぱりと断ってから帰ろうとする。

「いや、もう帰りますってば。帰って小説の続きも考えなきゃならないんですよ。……いま、結構煮詰まっちゃってて」

 思い出すと憂鬱になってきた。

 はぁ……。

 どうしてこんなにも、いい企画を思い付けないのかしら。

 なんだか思考の泥沼に嵌った気分。

「小説? お話を考えるのかい? それなら僕らも一緒に考えてあげるから!」

 おじさん達が無責任なことを言う。

 この人達、もうだいぶ酔ってるなぁ。

「一緒にぃ? 皆さんが小説をですかぁ?」

「そうだよ。ほら、何が煮詰まってるんだい? 言ってごらん」

「それは……。今、前に出した小説の続きを考えてるんですけど、どうやってもマンネリ気味になりそうで……」

 ついこぼしてしまった。

 居酒屋で酔客相手にする話ではないのに、こうして愚痴ってしまう辺り、私もかなり追い込まれているのかもしれない。

「そうかぁ。うん! マンネリには新キャラだよ」

「そんな簡単じゃないんですよぉ。新キャラを出したとしてどんな役割を与えるか、その役割は作風に合うものかとか、色々考えなきゃいけない事が――」

「そうだ。妹さん出しなよ、妹さん! いるんでしょ、妹さん!」

「おお、妹さん!」

「環ちゃんの妹さん、会ってみたいねぇ!」

 私の言葉が酔っ払いの大きな声に遮られた。

 いや、それはいい。

 それよりだ。

 いまこの常連さん達は、何と言った?

 妹と言ったか。

 ……ふむ。

 脳内にもやもやとしたイメージが浮かんだ。

 かと思うとあやふやだったそのイメージが、急速に輪郭を得てアイデアへと変わっていく。

「あ。降りてきたかも」

 そうだ。

 妹だ。

 妹ならいけるかもしれない。

 グラスホッパーがぁるは私の飲み歩きの実体験を、主人公の貴子を通じて描いた小説である。

 その貴子に妹を登場させるのはどうだろうか。

 妹は田舎から就職のために上京してきたばかりで、貴子のマンションに転がり込むことになる。

 そうね。

 名前は『みのり』なんてどうかしら。

 もちろんモデルはいのりだ。

 貴子と同居を始めたみのりはまだ二十歳になったばかり。

 貴子からお酒や肴のレクチャーを受けながら、お酒大好きガールへと成長していく。

 こうすればレクチャーを通じて色んなうんちく描写なんかも自然に出来るし、なによりこれまで毎回外飲みばかりだったグラスホッパーがぁるに妹との宅飲みシチュエーションを追加してマンネリ回避ができる。

 なんならみのり視点で会社の歓迎会なんかを描くのも良いかもしれない。

「――はっ⁉︎ そ、そうよ!」

 神楽坂くんだ!

 神楽坂くんも登場させるのはどうだろうか?

 頭をフル回転差させる。

 名前は『神宮寺くん』にしよう。

 みのりと同期入社の同僚である神宮寺くんは、可憐な彼女に一目惚れをする。

「……いける。いけるわ!」

 神宮寺くんの恋心を知った貴子は、神宮寺くんとみのりの恋路をお酒の肴にしながら第三者の立場から応援する。

 これなら無理に貴子に恋人を用意しなくても恋愛要素を取り入れられるし、作品全体の緩い空気感も損なわずに済む……!

「あぁ……」

 思わず感嘆の声が漏れた。

 繋がった。繋がったわ……!

 こうしては居られない。

 早く家に帰って、忘れてしまう前にこのアイデアを書き留めておかなければ。

 周囲を見回すと、長野さんや平田さんや松倉さんがぽかんとしながら私を眺めていた。

 けれどもそれに構っている余裕は私にはない。

「すみません! 帰ります!」

 それだけ言ってから、私はお店を飛び出した。
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