復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者

猫正宗

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マーリィ09 限界を超えて

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 闘技場を白く染め上げていた眩い輝きが、徐々に収まっていく。

「なんだったんだ、いまの光は!?」
「ちっこいのが持ってるあの剣だ!」
「というか、大丈夫なのかあのチビ。ボロボロじゃないか。試合を止めるべきなんじゃあ……」
「いや、どちらかが倒れるまで戦う。それが闘技場の試合だろ! あいつはまだ立ってる!」

 鋭敏になった聴覚が、客席の会話を拾う。
 いま試合を止められたりしては、かなわない。
 ここからが、本当の戦いだというのに。

「ごほっ……!」

 口から血を吐いた。
 繰り返しお腹を蹴られて、内臓破裂でも起こしているのかもしれない。
 神剣による回復は、まだしばらくかかりそうだ。

 口元の血を拭って、剣を持ち上げる。
 軽く振ってみると、切っ先がひゅんひゅんと風を切った。
 わずかほども重さを感じない。
 意識も研ぎ澄まされている。
 まるで生まれ変わったみたいだ。

『……やれるか、マーリィ?』
「……ごほっ、も、もちろん」

 とはいえ嬲られ続けたダメージは深刻である。
 もう長くは動けそうにない。
 ここは、短期決戦で決める!

 目の前の大男をキッと睨みつけた。
 先ほどの光に警戒心を抱いたのだろう。
 ヒューベレンはわたしから少し距離を置いて、油断なく構えていた。

「……てめえ、いまの光はなんだ糞ガキ」

 それは神剣アウロラが覚醒した輝き。
 でもこいつに教えてやる義理はない。

「なんだって聞いてんだよ! ああん!」
「デッカい図体して怯えるな、うすのろ」

 強気で言い返す。
 けれどもそろそろ立っているのも辛くなってきた。

「……覚悟しろ、刺青ハゲ」

 地を蹴って駆け出す。
 途端に身体中が激痛を訴えてきた。

「痛ぅ……!」
「ちっ、まあいい。もう遊びは終わりだ! ぶち殺してやるから、かかってこい糞ガキぃ!」

 気を張って痛みを堪える。
 喚き散らすヒューベレンに向かって、わたしは疾風のように飛び出した。



 ヒューベレンの側面に回り、神剣を振るう。

「……ふっ!」

 刀身がすっと大気を裂いていく。
 まるで羽根を振っているようだ。

「はっ! その程度の攻撃で、俺様をやれるわけねえだろ!」

 ナックルで迎撃される。
 剣撃を弾かれたわたしは、首を捻った。

 いまのは違う。
 どうもしっくりこない。
 いままでは重たい神剣をぶん回しながら戦っていた。
 そのせいか、軽くなったこの剣に違和感を覚える。

 もしかしたらさっき繰り出した剣は、大人し過ぎたのかもしれない。
 今度はもう少し大きく神剣を振り回してみる。

「たぁ!」
「ちぃ! この糞ガキ……!」

 またヒューベレンに剣を防がれた。
 さっきよりはいい感じだけど、やっぱりまだ違う。

 これはなんの違和感なんだろうか。
 考えてみる。
 もっと、わたしの戦いかたはこう、力任せで、強引で……。
 それは神剣が軽くなったとしても、変わらないはずだ。

 試してみよう。
 もっと思い切りよく!
 おっきな弧を描くみたいに!

「……こう!」

 脚から腰、腰から肩、肩から腕。
 そして振るった神剣へ。

 全身の回転力を剣へとのせて、強烈な一撃を放つ。
 ボールでも放るみたいなフォームで、袈裟懸けに神剣を叩きつけた。

「ぐぅ!? こ、こんな攻撃で、この俺様が……!」

 これもまた防がれた。
 けど惜しかった。
 いまのは決まったと思ったのに、さすがは元勇者パーティーのメンバーだけある。

 でもまだまだこれからだ。
 もっともっと。
 もっと速く、もっと鋭く!

 わたしならやれる。
 わたしの力はまだこんなものじゃない!

「はぁあ! たぁ! てぃ! えやぁ……!」

 徐々に回転が上がってきた。
 大きく振り回した神剣が、流麗な弧を描いて幾重にも重なりながらヒューベレンに襲いかかる。
 刹那のうちに数十撃。

「て、てめえ! この! く、糞がぁ! 俺が、お前なんぞに……!」

 ヒューベレンが必死になって剣を弾く。
 キンキンと、刃とナックルがぶつかり合う硬質な音が絶え間なく響く。

「お、おい? あれを見てみろ……」
「まさか、拳王ヒューベレンが押されている?」

 観客たちがざわめきだした。

 まだだ。
 まだ足りない。
 もっと……、もっと……!

 繰り出す剣に意識を集中させる。
 ようやく違和感が消えてきた。
 それと同時に、あたりの風景が霞みだす。
 視界から景色が消えていく。

「すげえ……。なんだあのチビ、すげえよ……!」
「ああ! なんて連続攻撃だ! どんどん速くなっていく! もう刀身どころか振った腕すら見えねえ!」
「まじか!? あの拳王ヒューベレンが防戦一方じゃねえか!」

 痛覚が消えた。
 それどころか、視覚を残して五感が薄れゆく。

 神剣を振る。
 わたしはもうそれだけしか考えられない。
 いや、それすらも考えていない。
 ただ無心で……。

「ぐあ! この糞ガキ! 一撃ごとに剣が速く、重たくなって!? ……痛ぅ!」

 切っ先がヒューベレンの頬を掠めた。
 それを皮切りに、届きはじめた剣撃が、裏切り者の体を刻みはじめる。
 全身に赤い太刀傷を刻んでいく。

「糞がぁ! さ、捌き切れねえ! こ、この剣撃、アベル……、いやこいつはただの、糞奴隷だ! アベルじゃねえ!」

 神剣がヒューベレンの腕を斬り飛ばした。

「ぎゃ、ぎゃあああああ! 腕がぁ! 俺の腕があああああああああああ!」

 返した剣で膝下を斬り飛ばす。

「うぎゃあああああああああああ! 脚がああああああああああああああ!」

 脚の支えを失った裏切り者が倒れようとする。
 でもそれは許さない。
 倒れ込もうとする首へと、剣撃を飛ばす。

「ひっ!? やめ、やめろ……!」

 なにも聞こえない。
 ヒューベレンが必死になって頭を反らした。
 逃がさない。
 音すらも置き去りにして繰り出された神剣。
 その切っ先がヒューベレンの首を掠め、頸動脈を断ち切った。

「あぎぃぅああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 殺した。
 ヒューベレンの首から噴水のように血が噴き出す。
 それを見届けてから、わたしはその場に倒れこんだ。



『マーリィ!? 大丈夫かマーリィ!?』

 景色が戻ってきた。
 集中が途切れたのだろう。
 アウロラさまが倒れ伏したわたしを心配している。

「……もう無理。……限界、ごふっ……!」

 嘔吐するように激しく吐血した。
 身体が動かない。
 痛覚も戻ってきた。
 さすがにもう限界だ。

「はぁ、はぁ……。い、刺青ハゲは?」
『ああ、あやつならそこで血を噴いておる。じきに死ぬじゃろう! よくやったぞマーリィ! お主は元勇者パーティー、拳王ヒューベレンを完全に圧倒しておった!』

 そうか……。
 わたしは勝ったのか。
 体から力が抜け、緊張していた筋肉が弛緩していく。

『苦しそうじゃの。待っておれ。いま壊れた臓器を修復してやるからの!』
「ん……、お願い。……ごほっ』

 また吐血する。
 かなりキツい。

 ――そのとき、観客がざわついた。

「お、おい……。なんだよありゃあ……?」
「し、知らねえよ!」

 なんだ?
 仰向けになって、頭を起こす。
 すると信じられない光景が、目に飛び込んできた。

「う、腕が再生していく」
『なんじゃと!? どういうことじゃ!?』

 脚もだ。
 斬り飛ばした脚が消滅し、ふたたびヒューベレンの膝から先に生えていく。
 首から噴出していた血も止まり、ヒューベレンはすっかり元通りとなった。

「な、なにが、起きてる?」

 訳がわからない。
 たしかにわたしは、この裏切り者をたったいま殺してやったはずだ!

「くくく……。ぎゃは、ぎゃはははははは!」

 ヒューベレンが下品に笑い出した。
 首をコキコキと鳴らし、生え変わった腕と脚をぐるぐる回して調子を確認している。

「ざぁんねんだったなぁ、糞奴隷ぃ……」

 ヒューベレンが倒れたわたしに向き直った。
 舌を出し、愉快げに顔を歪めて挑発してくる。

「ぐひひ……。どうやらもう動けねえようだなぁ?」

 悔しいがその通りだ。
 限界を超えて神剣を振るった反動で、まったく身体が言うことをきかない。

「ぎゃはははは! じゃあここからは公開処刑ってわけだ! おっと審判が助けてくれるとは思うな? 根回しは済んでるからなぁ!」

 ヒューベレンが悠然と歩み寄ってくる。
 大きく脚を上げ、大の字になったわたしのお腹を踏みつけた。

「はっはー! おらぁ!」
「あぐぁ……!」

 傷ついた内臓が、さらに痛めつけられる。
 何度もわたしを蹴りつけてくる。
 でもこの脚はさっきたしかに斬り飛ばしたはず。
 どうして……?

「あぁん? 不思議そうな顔をしてるな? いいぜ、冥土の土産に教えてやる!」

 ヒューベレンが、自らが装備している白い胸当てを親指で指差した。
 楽しそうに嗤う。

「こいつぁ古龍アウロラから抉り出した心臓を、胸当てに加工したもんだ! 不死鳥の尾羽も使ったその能力は『超再生』! こいつさえあれば手足を斬り飛ばされようが、頭をカチ割られようが、問題ねえ!」

 なんだと!?
 アウロラさまを!?

『……妾の心臓から湧き出す膨大な魔力を、不死鳥の再生力に転換する仕組みか。なんという装備……。まさに伝説級の装備ではないか!』

 そんなものを着込んでいたなんて。
 驚愕するわたしに、ヒューベレンが満足気な笑みを浮かべた。

「ぎゃはは! たまげたか糞ガキぃ! てめえには最初から勝算なんてなかったわけだ!」
「く、くそ……」

 髪を掴んで引きずり起こされた。
 宙吊りにされ何度も顔を殴られる。
 あの裏切りのときのように。

『なんとか! なんとかならぬのか! マーリィは逸材! これからもっと強くなる! アベルを救うことが出来るのはマーリィだけじゃ! こんなところで死なせるわけにはいかぬ!』

 アウロラさまは窮地を逃れようと必死だ。
 でももう、取れる手立てがない。
 ガンガンと殴りつけられる。

「おらおらおらおらぁ! 死にくされボケがぁ!」
「……ぅ、ぅあ……」

 朦朧としてきた。
 腫れたまぶたが視界を塞いで、前がみえにくい。
 意識が遠くなってきた。

「ぎゃははは! これでとどめだ! おらぁああ!」

 わたしはここで死ぬんだろうか……。
 こんな道半ばで……。



 ヒューベレンがわたしをぽいと放りなげた。
 落ちてくるわたしの頭を目掛け、拳を放つ。

 巨大な拳が、唸りをあげてわたしに迫る。
 予感がした。
 このまま拳が振り抜かれれば、わたしは頭蓋を砕かれて死んでしまうのだろう。

 ――――アベルさま。

 ふいに脳裏に浮かんだ。
 旅の途中、荷物を担いでついてまわりながら、いつも眺めていたあの後ろ姿。

 キュッと目を閉じた。
 諦めたくない!
 こんなところで死にたくない!

 …………?

 衝撃がこない。
 どうしたんだ?

「な、なんだてめえは!? いつの間にそこに!?」

 ヒューベレンの慌てる声がする。
 薄く目を開いてみた。

「ぐルぅ……。久しいな。会いたかったぞ、ヒューベレン」

 仮面の男がいた。
 わたしとヒューベレンの間に、割って入っている。
 わたしを死へと誘うはずだった剛腕を受け止めている。
 その男の後ろ姿に、アベルさまが重なる。

「……ア、……アベル……さま……」

 やっぱりこのひとが……。
 安堵する。
 大きな背中に護られながら、わたしの意識は暗闇へと吸い込まれていった。
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