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マーリィ05 感覚共有
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アベルさまの足跡を追い、北の軍事国家シグナム帝国へとやってきた。
とはいえ帝国は広い。
アベルさまはヒューなんとかいうあの刺青ハゲを狙っているだろうから、ここ帝都オリオネにいるとは思う。
でもそれ以上のことはわからない。
「アウロラさま、どうすればアベルさまに会える?」
『うーむ、そうじゃのう……』
ふたりして頭を捻る。
けれどいい案が浮かばない。
仕方がないので、先に宿の手配をすることにした。
赤茶けた煉瓦造りの街並みを歩く。
どこかにいい宿はないだろうか。
きょろきょろしながら歩いていると、楽しそうに話す帝都民たちの噂話が聞こえてきた。
「楽しみだなぁ、年に一度の闘技場トーナメント!」
「お前は誰に賭けるんだ?」
「前回準優勝のマッサンか、前の優勝者、幻影剣のトマスあたりだな。オッズを見て決める」
なんの話だろう。
それより街のみんなが生き生きとしてるけど、普段からこうなんだろうか。
アウロラさまに聞いてみた。
『いや、前に来たときよりも街に活気があるのじゃ。なんでだろうなぁ?』
「なんかイベントがあるみたい」
『それよりもマーリィ。ほれ、向こうに宿屋があるぞ。あそこでどうじゃ?』
通りの反対側に目を向ける。
こじんまりとした宿屋があった。
でも小さいながら食堂というか酒場も併設してあるしみたいだし、ここにしてもいいかな。
ドアベルを鳴らしながら、宿屋の玄関をくぐった。
客室内でベッドに腰を下ろす。
さきほど宿のおばさんから聞いた話を思い出した。
いまの時期の帝都は、年に一度のお祭りイベントで盛り上がっているらしい。
なんでも闘技場で、トーナメントが開催されるのだそうだ。
しかも……。
『マーリィよ。先ほどの話じゃが、トーナメント優勝者は特別試合としてヒューベレンのやつと試合が組まれるという……』
「ん。聞き捨てならない」
あの刺青ハゲには恨みがある。
まぁそれは置いておくとしても、あいつはアベルさまに繋がる唯一の手がかりだ。
『ちょっと考えたんじゃがな。ヒューベレンを見張っておれば、アベルが現れるのではないか?』
「わたしもそう思う。でもそれより……」
あいつはアベルさまの復讐対象でもある。
アウロラさまが言うには、アベルさまは復讐の果てに、魔王と化してしまうらしい。
そうなればアベルさまの魂は、永劫の苦痛に苛まされることとなる。
だからわたしは、アベルさまが魔王に堕ちてしまうのを阻止しなければならない。
「……あのハゲ。アベルさまが復讐するより先に、わたしが殺す」
『ふむ。なるほど……』
こっちで先に始末してしまえば、アベルさまは復讐が出来なくなる。
そうすれば魔王化も食い止められるし、わたしやアウロラさまの個人的な恨みも晴らせるし、万々歳なのだ。
「どう?」
『うむ! それは良き案じゃ。ヒューベレンめのハゲ、妾たちが先に葬ってしまおう!』
「ん……! 殺ってやる!」
刺青ハゲの居場所はわからないから、特別試合を狙おう。
となればわたしもトーナメントに参加しないと。
宿を出て、闘技場へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トーナメント予選。
わたしはAブロックに割り振られていた。
控室で試合の開始を待つ。
「そうだ。これどうしよう。隠したほうがいい?」
神剣を見つめる。
もしあの刺青ハゲにこのを剣を見られたら、警戒されるかもしれない。
そうでなくとも淡く輝く真っ白なこの剣は目立つ。
顔は仮面で隠したけど、剣もなんとかしたほうがいい気がした。
『ああ、そのことか。ちょっと待っておれ。ふぬぬぬぬ……』
神剣の輝きが収まっていく。
それどころか純白だった刀身が、黒く変色していく。
あっという間に剣は、闇を溶かし込んだみたいに真っ黒で艶消しの剣になった。
『どうじゃ! 妾に掛かればこんなものじゃ!』
「すごい。さすがアウロラさま。腹黒いだけある」
『腹黒……って、なんじゃと!? お主はいつも、一言余計なのじゃ!』
怒り出したアウロラさまは放っておく。
とにかくこれで準備は万端だ。
予選はなんなく突破できた。
わたしだって日々の鍛錬は欠かしていない。
こうしてアベルさまを追いながらも、修行をして強くなっているのだ。
本戦1回戦。
Bブロックを勝ち抜いてきた対戦相手も大したことはなかった。
「わりと楽勝」
『これマーリィ。気を抜くでない。そうやってすぐに油断するのは悪い癖じゃぞ』
そうは言われても、こうも手ごたえがなくては。
次の2回戦の相手を確認する。
なんでも前回のトーナメント優勝者らしい。
名前はト……、トマ……、トマなんとか。
どれだけ強いのか、ちょっと楽しみだ。
本戦トーナメント2回戦。
仮面を被り、マントを羽織って闘技場に入った。
わっと観客が湧いた。
「来たぞ、Aブロック23番のネームレス!」
「まさかあんな小娘が、ここまで勝ち上がってくるなんてなぁ!」
「がんばれよ、大穴ぁ! 俺はこの試合、お前に全財産つぎ込んでんだ!」
闘技場の中央に立ち、対戦相手の入場を待つ。
わたしに遅れることしばし。
相手の選手が、姿を現した。
「大本命のお出ましだぁ!」
「幻影剣のトマス! 昨年の覇者!」
「昨年だけじゃねえぜ! 拳王ヒューベレンが魔王討伐の旅に出てから、ずっと闘技場を盛り上げてきたのは、トマスだ!」
「きゃあきゃあ! トマスさまぁ!」
客席は凄い盛り上がりである。
随分と人気のある選手なんだろう。
少し興味が湧いて、対戦相手を眺めてみた。
金の長髪で細マッチョ。
割りと容姿は整っているけど、アベルさまのほうが断然カッコいい。
キザっぽいそいつは手を振って歓声に応えている。
『……なんというか、すかした態度が鼻に付くやつじゃの』
「気が合う。わたしもそう思ってたところ」
なんとなく金髪細マッチョを眺めていると、何を思ったのか、細マッチョがわたしを流しみてウィンクをしてきた。
「うげぇ……」
『な、なんじゃ、いまのは……?』
さらに投げキッスで追撃してきた。
寒気がして全身の肌がぞわぞわと粟立つ。
精神に大ダメージだ。
意外と強敵かもしれない。
こいつは侮れない。
「さぁ、子猫ちゃん。仮面の下の可愛いお顔を、この僕に見せておくれ」
「きゃあああああ! トマスさまぁああああ!」
「貴方様の子猫ちゃんは私ですわぁああああ!」
客席から降り注いだ黄色い歓声が、頭上を飛び交う。
気持ち悪い。
もう限界だ。
さっさと倒してしまおう。
「それでは試合を始める! 両者前へ!」
闘技場中央で金髪細マッチョと向き合う。
やっぱり気持ち悪い。
「子猫ちゃん? 僕は拳王ヒューベレンと対戦できる特別試合を楽しみにしているんだ。ベイビーには悪いけど、手は抜いてあげられない。だから早めに降参することをお勧めするよ」
「うるさいバカ。死ね」
細マッチョが目を丸くした。
頬を引きつらせながら、長い金髪を搔き上げる。
「は、はは……。これはまた、口の悪い子猫ちゃんだね?」
「黙れキチ◯イ。お前は気持ち悪い」
金髪細マッチョのこめかみがピクピクと動いた。
「お、お仕置きが必要なよう――」
「臭いから喋るな。勘違いブサイク。お前なんかより、アベルさまのほうが百倍かっこいい」
『こ、これ、マーリィ……。まぁ同感じゃが』
トマなんとかの目がつり上がった。
完全に頭にきたようだ。
「試合前の私語は慎みなさい!」
審判がわたしたちの間に割って入る。
「ルールはひとつ。どんな方法でも、己が力で相手を倒したほうの勝ちだ」
審判に頷いてみせた。
見れば金髪細マッチョも、軽薄な優男の目から戦士の目つきにかわっていた。
「それでは、……試合開始!」
合図と共に、勢いよく斬りかかった。
神剣を大きく振りかぶって、細マッチョに叩きつける。
「うらぁあああああああああ!」
「……ふ!」
細マッチョの姿が掻き消えた。
かと思うと背後に現れ、剣で斬りつけてきた。
その刃をギリギリで躱す。
「い、いまのはなに!?」
刀身が見えなかった。
「ふふふ、驚いたかい子猫ちゃん? これこそ秘技幻影剣! 拳王ヒューベレンに雪辱を果たすために、僕が編み出した、不可視の魔剣さ!」
「く……、バカのくせに……!」
「僕はバカじゃない! さぁ、存分に我が幻影剣を味わうがいい! そして舞い踊れ! 素敵なダンスを僕に披露しておくれ!」
「うざいから話しかけるな」
話ながらも相手の剣撃は止まらない。
見えない剣。
たしかにこれはやっかいだ。
間合いが測りにくくて仕方がない。
『のう、マーリィよ?』
アウロラさまがのんびりとした口調で話しかけてきた。
「なに? いま忙しい!」
『いや、見えぬって、このすかした金髪の男の剣が見えないのか?』
「そう!」
『はて? 妾には普通に見えるぞ? いや剣になった妾が"見える"というのも、おかしな話ではあるが』
なんだって?
わたしには今も見えていないけど、アウロラさまには見えている?
「どういうこと?」
『うーむ、ちょっと待っておれ。調べてみよう。……うむむ。こやつの剣自体にはなんの仕込みもなさそうじゃの。剣の周囲にも異常はなし。となると……わかったのじゃ!』
アウロラさまがピコーンと閃く。
『わかったぞマーリィ! お主の状態がおかしくなっておる! いまお主は、催眠状態になっている!』
「催眠……!?」
もしかして、試合開始前の会話でなにか仕込まれた?
全然気付かなかった。
でも少し感心してしまう。
色んな闘いかたがあるものだ。
ちょっと楽しくなってきた。
『マーリィよ。妾と感覚を共有するかえ? さすれば催眠もとけるじゃろう』
「そんなことが、できるの?」
『うむ。簡単ではないがの。だがいまのお主なら可能だろう』
「なら……共有する!」
即断即決。
わたしはアウロラさまの提案を受け入れた。
『よし! ではやるぞえ!』
神剣から力が流れ込んでくる。
脳が活性化していくような感覚。
視界がぱぁっと開けて、聴覚、触覚、五感が研ぎ澄まされていく。
「ふふふ、さぁベイビー! そろそろダンスの時間はお終いにしよう!」
金髪細マッチョが剣を振り下ろしてきた。
「……見えた!」
催眠状態が解けた。
それどころか、細マッチョの剣の描く軌跡が、まるでスローモーションのように感じられる。
『よし! うまく繋がったのじゃ!』
すごい……。
これがアウロラさまの見ている世界……。
わたしは襲いくる刃をなんなく躱し、細マッチョの懐に潜り込んだ。
「な、なにぃ!?」
「ばいばいトマなんとか。お前は結構強かった」
逆袈裟に神剣を振り上げる。
無防備を晒した身体を、脇腹から肩に掛けて斬り上げる。
「ぐはぁ! む、無念……!」
細マッチョは、鮮血を吹き出して倒れた。
「そこまで! 勝者、Aブロック、ネームレス!」
わぁっと客席が歓声に湧いた。
こうしてわたしは2回戦を突破し、決勝へと駒を進めた。
とはいえ帝国は広い。
アベルさまはヒューなんとかいうあの刺青ハゲを狙っているだろうから、ここ帝都オリオネにいるとは思う。
でもそれ以上のことはわからない。
「アウロラさま、どうすればアベルさまに会える?」
『うーむ、そうじゃのう……』
ふたりして頭を捻る。
けれどいい案が浮かばない。
仕方がないので、先に宿の手配をすることにした。
赤茶けた煉瓦造りの街並みを歩く。
どこかにいい宿はないだろうか。
きょろきょろしながら歩いていると、楽しそうに話す帝都民たちの噂話が聞こえてきた。
「楽しみだなぁ、年に一度の闘技場トーナメント!」
「お前は誰に賭けるんだ?」
「前回準優勝のマッサンか、前の優勝者、幻影剣のトマスあたりだな。オッズを見て決める」
なんの話だろう。
それより街のみんなが生き生きとしてるけど、普段からこうなんだろうか。
アウロラさまに聞いてみた。
『いや、前に来たときよりも街に活気があるのじゃ。なんでだろうなぁ?』
「なんかイベントがあるみたい」
『それよりもマーリィ。ほれ、向こうに宿屋があるぞ。あそこでどうじゃ?』
通りの反対側に目を向ける。
こじんまりとした宿屋があった。
でも小さいながら食堂というか酒場も併設してあるしみたいだし、ここにしてもいいかな。
ドアベルを鳴らしながら、宿屋の玄関をくぐった。
客室内でベッドに腰を下ろす。
さきほど宿のおばさんから聞いた話を思い出した。
いまの時期の帝都は、年に一度のお祭りイベントで盛り上がっているらしい。
なんでも闘技場で、トーナメントが開催されるのだそうだ。
しかも……。
『マーリィよ。先ほどの話じゃが、トーナメント優勝者は特別試合としてヒューベレンのやつと試合が組まれるという……』
「ん。聞き捨てならない」
あの刺青ハゲには恨みがある。
まぁそれは置いておくとしても、あいつはアベルさまに繋がる唯一の手がかりだ。
『ちょっと考えたんじゃがな。ヒューベレンを見張っておれば、アベルが現れるのではないか?』
「わたしもそう思う。でもそれより……」
あいつはアベルさまの復讐対象でもある。
アウロラさまが言うには、アベルさまは復讐の果てに、魔王と化してしまうらしい。
そうなればアベルさまの魂は、永劫の苦痛に苛まされることとなる。
だからわたしは、アベルさまが魔王に堕ちてしまうのを阻止しなければならない。
「……あのハゲ。アベルさまが復讐するより先に、わたしが殺す」
『ふむ。なるほど……』
こっちで先に始末してしまえば、アベルさまは復讐が出来なくなる。
そうすれば魔王化も食い止められるし、わたしやアウロラさまの個人的な恨みも晴らせるし、万々歳なのだ。
「どう?」
『うむ! それは良き案じゃ。ヒューベレンめのハゲ、妾たちが先に葬ってしまおう!』
「ん……! 殺ってやる!」
刺青ハゲの居場所はわからないから、特別試合を狙おう。
となればわたしもトーナメントに参加しないと。
宿を出て、闘技場へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トーナメント予選。
わたしはAブロックに割り振られていた。
控室で試合の開始を待つ。
「そうだ。これどうしよう。隠したほうがいい?」
神剣を見つめる。
もしあの刺青ハゲにこのを剣を見られたら、警戒されるかもしれない。
そうでなくとも淡く輝く真っ白なこの剣は目立つ。
顔は仮面で隠したけど、剣もなんとかしたほうがいい気がした。
『ああ、そのことか。ちょっと待っておれ。ふぬぬぬぬ……』
神剣の輝きが収まっていく。
それどころか純白だった刀身が、黒く変色していく。
あっという間に剣は、闇を溶かし込んだみたいに真っ黒で艶消しの剣になった。
『どうじゃ! 妾に掛かればこんなものじゃ!』
「すごい。さすがアウロラさま。腹黒いだけある」
『腹黒……って、なんじゃと!? お主はいつも、一言余計なのじゃ!』
怒り出したアウロラさまは放っておく。
とにかくこれで準備は万端だ。
予選はなんなく突破できた。
わたしだって日々の鍛錬は欠かしていない。
こうしてアベルさまを追いながらも、修行をして強くなっているのだ。
本戦1回戦。
Bブロックを勝ち抜いてきた対戦相手も大したことはなかった。
「わりと楽勝」
『これマーリィ。気を抜くでない。そうやってすぐに油断するのは悪い癖じゃぞ』
そうは言われても、こうも手ごたえがなくては。
次の2回戦の相手を確認する。
なんでも前回のトーナメント優勝者らしい。
名前はト……、トマ……、トマなんとか。
どれだけ強いのか、ちょっと楽しみだ。
本戦トーナメント2回戦。
仮面を被り、マントを羽織って闘技場に入った。
わっと観客が湧いた。
「来たぞ、Aブロック23番のネームレス!」
「まさかあんな小娘が、ここまで勝ち上がってくるなんてなぁ!」
「がんばれよ、大穴ぁ! 俺はこの試合、お前に全財産つぎ込んでんだ!」
闘技場の中央に立ち、対戦相手の入場を待つ。
わたしに遅れることしばし。
相手の選手が、姿を現した。
「大本命のお出ましだぁ!」
「幻影剣のトマス! 昨年の覇者!」
「昨年だけじゃねえぜ! 拳王ヒューベレンが魔王討伐の旅に出てから、ずっと闘技場を盛り上げてきたのは、トマスだ!」
「きゃあきゃあ! トマスさまぁ!」
客席は凄い盛り上がりである。
随分と人気のある選手なんだろう。
少し興味が湧いて、対戦相手を眺めてみた。
金の長髪で細マッチョ。
割りと容姿は整っているけど、アベルさまのほうが断然カッコいい。
キザっぽいそいつは手を振って歓声に応えている。
『……なんというか、すかした態度が鼻に付くやつじゃの』
「気が合う。わたしもそう思ってたところ」
なんとなく金髪細マッチョを眺めていると、何を思ったのか、細マッチョがわたしを流しみてウィンクをしてきた。
「うげぇ……」
『な、なんじゃ、いまのは……?』
さらに投げキッスで追撃してきた。
寒気がして全身の肌がぞわぞわと粟立つ。
精神に大ダメージだ。
意外と強敵かもしれない。
こいつは侮れない。
「さぁ、子猫ちゃん。仮面の下の可愛いお顔を、この僕に見せておくれ」
「きゃあああああ! トマスさまぁああああ!」
「貴方様の子猫ちゃんは私ですわぁああああ!」
客席から降り注いだ黄色い歓声が、頭上を飛び交う。
気持ち悪い。
もう限界だ。
さっさと倒してしまおう。
「それでは試合を始める! 両者前へ!」
闘技場中央で金髪細マッチョと向き合う。
やっぱり気持ち悪い。
「子猫ちゃん? 僕は拳王ヒューベレンと対戦できる特別試合を楽しみにしているんだ。ベイビーには悪いけど、手は抜いてあげられない。だから早めに降参することをお勧めするよ」
「うるさいバカ。死ね」
細マッチョが目を丸くした。
頬を引きつらせながら、長い金髪を搔き上げる。
「は、はは……。これはまた、口の悪い子猫ちゃんだね?」
「黙れキチ◯イ。お前は気持ち悪い」
金髪細マッチョのこめかみがピクピクと動いた。
「お、お仕置きが必要なよう――」
「臭いから喋るな。勘違いブサイク。お前なんかより、アベルさまのほうが百倍かっこいい」
『こ、これ、マーリィ……。まぁ同感じゃが』
トマなんとかの目がつり上がった。
完全に頭にきたようだ。
「試合前の私語は慎みなさい!」
審判がわたしたちの間に割って入る。
「ルールはひとつ。どんな方法でも、己が力で相手を倒したほうの勝ちだ」
審判に頷いてみせた。
見れば金髪細マッチョも、軽薄な優男の目から戦士の目つきにかわっていた。
「それでは、……試合開始!」
合図と共に、勢いよく斬りかかった。
神剣を大きく振りかぶって、細マッチョに叩きつける。
「うらぁあああああああああ!」
「……ふ!」
細マッチョの姿が掻き消えた。
かと思うと背後に現れ、剣で斬りつけてきた。
その刃をギリギリで躱す。
「い、いまのはなに!?」
刀身が見えなかった。
「ふふふ、驚いたかい子猫ちゃん? これこそ秘技幻影剣! 拳王ヒューベレンに雪辱を果たすために、僕が編み出した、不可視の魔剣さ!」
「く……、バカのくせに……!」
「僕はバカじゃない! さぁ、存分に我が幻影剣を味わうがいい! そして舞い踊れ! 素敵なダンスを僕に披露しておくれ!」
「うざいから話しかけるな」
話ながらも相手の剣撃は止まらない。
見えない剣。
たしかにこれはやっかいだ。
間合いが測りにくくて仕方がない。
『のう、マーリィよ?』
アウロラさまがのんびりとした口調で話しかけてきた。
「なに? いま忙しい!」
『いや、見えぬって、このすかした金髪の男の剣が見えないのか?』
「そう!」
『はて? 妾には普通に見えるぞ? いや剣になった妾が"見える"というのも、おかしな話ではあるが』
なんだって?
わたしには今も見えていないけど、アウロラさまには見えている?
「どういうこと?」
『うーむ、ちょっと待っておれ。調べてみよう。……うむむ。こやつの剣自体にはなんの仕込みもなさそうじゃの。剣の周囲にも異常はなし。となると……わかったのじゃ!』
アウロラさまがピコーンと閃く。
『わかったぞマーリィ! お主の状態がおかしくなっておる! いまお主は、催眠状態になっている!』
「催眠……!?」
もしかして、試合開始前の会話でなにか仕込まれた?
全然気付かなかった。
でも少し感心してしまう。
色んな闘いかたがあるものだ。
ちょっと楽しくなってきた。
『マーリィよ。妾と感覚を共有するかえ? さすれば催眠もとけるじゃろう』
「そんなことが、できるの?」
『うむ。簡単ではないがの。だがいまのお主なら可能だろう』
「なら……共有する!」
即断即決。
わたしはアウロラさまの提案を受け入れた。
『よし! ではやるぞえ!』
神剣から力が流れ込んでくる。
脳が活性化していくような感覚。
視界がぱぁっと開けて、聴覚、触覚、五感が研ぎ澄まされていく。
「ふふふ、さぁベイビー! そろそろダンスの時間はお終いにしよう!」
金髪細マッチョが剣を振り下ろしてきた。
「……見えた!」
催眠状態が解けた。
それどころか、細マッチョの剣の描く軌跡が、まるでスローモーションのように感じられる。
『よし! うまく繋がったのじゃ!』
すごい……。
これがアウロラさまの見ている世界……。
わたしは襲いくる刃をなんなく躱し、細マッチョの懐に潜り込んだ。
「な、なにぃ!?」
「ばいばいトマなんとか。お前は結構強かった」
逆袈裟に神剣を振り上げる。
無防備を晒した身体を、脇腹から肩に掛けて斬り上げる。
「ぐはぁ! む、無念……!」
細マッチョは、鮮血を吹き出して倒れた。
「そこまで! 勝者、Aブロック、ネームレス!」
わぁっと客席が歓声に湧いた。
こうしてわたしは2回戦を突破し、決勝へと駒を進めた。
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