復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者

猫正宗

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アベル11 地下室の鬼

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 聖騎士ラーバンの別邸に着いた。
 時刻は深夜。
 あたりは静まり返っている。

 地下室の場所や、ラーバンが訪れる日時はセーラから聞いている。
 さっそく忍び込み、地下に向かって歩いていると、燕尾服を着た中年の男に呼び止められた。

「何者ですかな? そこで止まって、フードを取りなさい」

 振る舞いが執事然としている。
 おそらくこの男は、ラーバンの別邸を管理している執事なのだろう。

 執事は下働き風の男たちを連れていた。
 だがどうにもおかしい。
 男たちは、全員が手に武器を持っている。

「その先には何もありませんよ?」
「地下室があるだろう。今日はラーバンが来ているはずだ」
「……どこでその話を?」

 執事の様子が変わった。
 指示を受けた男たちが、にやにやと笑いながら俺を取り囲んでいく。

「なるほど。通すつもりはないらしいな」

 この執事は、主であるラーバンの凶行を知っている。
 下働きの男どもはどうか知らないが、そんなことは俺には関係がない。
 復讐を阻むのであれば、殺す。
 無言で剣を抜いた。

「おいおい、こいつ! この人数を相手にやるつもりだぜ!」
「ぎゃははは! 袋叩きに――」

 喋り切る前に、男の脳天に剣を落とした。
 頭部がふたつに分かれ、血が噴き出す。

「て、てめえ! いきなり何しやがるんだ!」
「やっちまえ! 一斉に襲いかかるぞ!」

 飛び掛かってきた男たちの首を刎ねて回る。
 一人、二人、三人……。
 下働きどもを全員処理し終えると、あとは執事だけとなった。

「あ、あああ、貴方はいったい……!?」
「俺はラーバンを地獄に送るもの。ただの復讐鬼だ」

 剣を振り上げると、執事が土下座をした。

「お、お許し下さい! 私はただの雇われ執事なのです!」
「知っているぞ? お前が生贄として、ラーバンの好みそうな女を集めていたのだろう? 女中の募集などと嘯きながらな」
「そ、それは……。お、お許しください!」

 執事は額を地面に擦り付け、命乞いをする。
 だがそれを聞いてやる義理もない。
 無防備に晒された男の後頭部に、剣を突き刺す。

「あぎゃ!?」

 切っ先が頭蓋を貫通した。
 土下座した執事を、そのままの姿勢で地面に縫い付ける。

「……剣はくれてやる。そうして土下座をしたまま、貴様が集めた犠牲者に詫び続けるがいい」

 男たちの遺体から新しい剣を奪う。
 俺は再び地下室へと歩き出した。



 ドアを開けると、むせ返るような血の匂いがした。
 地下室は吐き気を催すほど、赤く染まっている。

 ラーバンは部屋の中央にいた。

「ひ、ひひ……! ひひひ、ひひひひ……!」

 部屋に入ってきた俺に、見向こうともしない。
 ただ夢中になって、もはや肉塊と化した女の残骸に、ナイフを突き立てている。

「ラァアアアア、バァンンンンンンーーッ!!」

 殺意が全身を駆け巡る。
 飛び掛かり、やつの脳天目掛けて剣を振り下ろす。

「――ッ!?」

 ラーバンが跳びのき、手に持ったナイフを投げつけてきた。

「じゃ、邪魔、邪魔をすす、するなぁあああ!」

 首を傾げてナイフを躱す。
 血に塗れた刃が、俺の頬を掠めていく。

「ひひ! だ、だだ誰だ、お前は!?」

 ラーバンは異常者の顔を隠そうともしていない。
 目を血走らせて、口元に愉悦を浮かべたまま、俺を誰何(すいか)してくる。

「それがお前の本当の顔か? 下衆には似合いだな」
「この、ち、ち、地下室には、誰も通すなと、い、言っていたはずだ!」

 フードを脱いだ。
 見通しの悪い地下室の暗がりのなか、目の前の狂人が目を細めて俺を眺める。

「お、おお、お前は……アベル!?」

 ラーバンが目を見張った。
 驚きとともに愉悦の表情は鳴りを潜め、冷静沈着な聖騎士の仮面にすげ替わっていく。

「お前はたしかに、あのとき殺したはずだ!」
「残念だったなぁラーバン。俺は貴様を地獄に送るため、死の淵から蘇ってきた」

 話しながらも、ずかずかと距離をつめる。
 動揺したままのやつに、袈裟懸けに斬りかかった。

「うおおおおおお! 死ねッ、ラーバンんんん!」
「……くっ!」

 ラーバンが転がって俺の剣を躱す。
 そのままやつは、壁に立てかけてあった剣と盾を手に取った。

「どういう訳かは知らんが、蘇ったならもう一度殺してやるまでだ! 掛かってこいアベル!」
「ち! 殺されるのは貴様だ。この世に生を受けたことを後悔するほど、惨たらしく殺してやる……!」

 悪鬼と復讐鬼。
 無残な女の残骸を挟んで、ふたりの鬼が向き合う。
 ここに殺し合いの幕が開けた。



 地下室に剣戟の音が鳴り響く。
 瞬きする間に数十合。
 目にも止まらぬ速さで刃と刃がぶつかり合い、キンキンと硬質な音がなる。

「くくく! どうしたアベル? その程度かぁ?」
「……ちっ」

 聖騎士ラーバンは手強い。
 狂人ではあれど、この男は世界最強の騎士と言っても過言ではないだろう。
 神剣に見放された俺よりも、実力は上である。

「はぁ……っ!」
「甘い、甘い!」

 突きが聖盾にいなされた。
 体が泳いだところに、背中から斬りつけられる。

「ぐああっ!」

 倒れそうになるのを踏みとどまり、逆袈裟に剣を振り上げて反撃する。
 しかしこの攻撃もまた聖盾に防がれ、反撃にラーバンが水平に剣を薙ぐ。

「うぐぅっ!」

 脇腹を斬り裂かれた。

「どうしたアベル! 威勢がいいのは口だけかっ?」

 ラーバンの強みは盾術にある。
 半身を覆うほど大きく分厚い聖盾で、巧みに相手の攻撃を防ぎ、的確にカウンターを決めてくる。

「ちぃ……!」

 斬りつけられた傷がズキンと痛む。
 その疼きとともに、胸の奥底からどす黒い悪意が湧き出てきた。
 俺の魂を闇色に染め上げようと誘惑してくる。

 しかしまだ、それを許すわけにはいかない。
 この誘惑に負け、魂を完全に魔王に侵食されてしまえば、俺は自我を失い一匹の獣と化すだろう。
 そうなれば、あとは破壊の権化と化すだけだ。

 だがまだ俺は復讐を遂げていない。
 目の前のラーバンを含め、あと3人。
 すべての悪鬼を地獄送りにするまで、俺は自分を保ち続けなければならない。
 魔王の力に、身を委ねるわけにはいかない。

「ほらほら、どうしたアベル! 手も足も出ないようだなぁ!」
「ぐぅ……! 調子に乗るなよラーバン!」

 ラーバンの防御は鉄壁だ。
 だが実の所、攻撃面についてはさほどではない。
 こいつは俺を一撃で屠るような、威力のある攻撃は繰り出せないのだ。

 ならばと考える。
 このままでは埒が明かない。
 現状のままでは、俺のほうが消耗していく。

 ……捨て身の一撃を食らわせ、形勢を逆転させる。

 それしかあるまい。
 激しく剣を打ち合わせながら、機会を伺う。

「しつこいやつめ! さっさと倒れろ!」

 いくら傷つけられても倒れない俺に、ラーバンが業を煮やす。
 剣を大きく振り被り、強引に斬り掛かってきた。

 ――ここだ!

 単純な剣の威力であれば、やつより俺のほうが上。
 下から剣を打ち合わせて、跳ね上げる。
 そうしてがら空きになった懐に、渾身の一撃をお見舞いしてやる!

「死ねええええええええっ! アベルぅううう!」
「地獄に堕ちろ! ラァアアア、バァアアアン!」

 ラーバンの打ち下ろした剣と、俺が掬い上げるように迎撃した剣がぶつかり合う。

「……くくく! このっ、間抜けぇ……!」

 聖騎士が嗤った。
 やつの手にした剣に力が注ぎ込まれ、淡く輝きを放つ。

「なにぃ!? この光は!?」

 これはまるで、神剣ミーミルのような――!?

「残念だったなぁ! アベル!」

 ラーバンが手にした剣が、まるで熱したバターでも切るように、俺の剣の刃を斬り裂いていく。

 剣の勢いは止まらない。
 そのまま俺の肩から脇腹にかけてを、滑るように斬りつけていく。

「ぐあああああああああああああああああっ!?」

 鮮血が噴き出した。

「くはは! お前の負けだ、アベルぅ!」

 大きく口を開いた刀傷が、焼けるように熱をもつ。
 意識が朦朧としてきた。

「ほぅら! とどめだぁあああ!」

 ラーバンが淡く光る剣を突き出した。
 切っ先が、俺の腹部を貫き通す。

「ごふっ!? かはぁっ……!?」

 大量の血を吐血する。
 暗幕が垂れたように、視界が暗くなっていく。

「が、がふっ……」

 聖騎士ラーバンが俺を嘲笑う。
 敗れた俺は、血の海に崩れ落ち、意識を失った。
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