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アベル06 回想03 慟哭
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僕と古龍アウロラの特訓が始まった。
アウロラの施す特訓は無茶苦茶だった。
いわく、習うより慣れろ。
とにかく神剣ミーミルをぶん回して、1匹でも多くの魔物を狩る。
小手先の技術など二の次三の次。
そんなものに拘るくらいなら、少しでも神剣の力を引き出すことに慣れろと、まぁそういうことらしい。
たしかに理屈では納得できる部分はあるけど、気持ち的には頷けない。
なにせただの鍛冶師だった僕が、毎日毎日魔物と戦わされるのである。
正気の沙汰とは思えない。
「ほれアベル。手頃な獲物を捕まえてきたぞ?」
人化した彼女が、今日も自分より遥かに大きな獲物を引きずってきた。
僕の前に放り投げられる。
哀れな獲物は熊型の魔物だった。
凶暴性が高く、両手がいつも返り血で赤く染まっていることから、ブラッドベアなんて呼ばれているやつだ。
この辺りで一番危険な魔物である。
「グルルルゥ……!」
「ちょ、ちょっと待って!」
アウロラに乱暴に扱われたブラッドベアは、気が立っていた。
興奮して牙を剥き、口から泡を吹きながら、僕に向かって襲い掛かってくる。
「わ、わ!? こっち来るなよ!」
理不尽だと思う。
アウロラのほうに行けばいいのに!
「逃げるでない! 貴様ならこの程度の魔物、どうということもなかろう!」
「そ、そんなわけないよ!」
「神剣の声を聞くのじゃ!」
こうなっては、逃げ回っていても仕方がない。
心の中で神剣ミーミルに語りかける。
『アベル。わたくしに意識を集中してください』
言われた通りにしてみる。
すると剣と感覚を共有するかのような、不思議な感覚があることに気付いた。
「あ、あれ? なんだか、これって……」
いけそうな気がする。
少なくとも、目の前のこの魔物には、負ける気がしない。
「グアアアアアアアアッ!」
ブラッドベアは、丸太のような腕を滅多矢鱈と振り回してくる。
その懐に潜り込んで、軽く剣を振り抜いた。
魔物がふたつに引き裂かれる。
血飛沫を撒き散らしながら、魔物の巨体が血の海に沈んだ。
「よぅし! それでいいのじゃ!」
「え? え? い、いまのなに?」
神剣の力を目の当たりにして、呆然としてしまう。
しばらくの間、僕はなにが起きたのか、まったく理解出来なかった。
アウロラとの訓練は続く。
彼女の連れてくる魔物は、日増しに凶悪になっていった。
この間なんて、レッサードラゴンを引きずってきたくらいだ。
こんな魔物はこの辺りにはいないはずだ。
一体どこから連れてくるんだか。
「ねぇ、レッサードラゴンって、アウロラの仲間じゃないの?」
「む? このような魔物と妾を一緒にするでない」
「そういうことなら倒しちゃうけど……」
神剣と意識を同化させて、レッサードラゴンを屠る。
最近は魔物を倒すのにも随分と慣れてきた。
日々の無茶な特訓の成果と言えよう。
とは言え、特訓ばかりしているわけにはいかない。
僕だって生活しなきゃいけないからだ。
仕事はしばらく休むとしても、家事は休めない。
けれどもアウロラは、炊事洗濯掃除が壊滅的に出来なかった。
だから家事全般は、相変わらず僕の役目だ。
「そろそろ腹が減ってきたぞ。アベル、食事を用意せよ」
「はいはい。じゃあちょっと待っててね……」
家に帰って、手早く料理をする。
素材は特訓で倒した魔物の肉だ。
「はい、できたよ。ワイルドボアの岩塩焼き」
「うむ! 待っておったぞ!」
アウロラはよく食べる。
僕の用意したご飯を、いつも美味しそうに食べてくれる。
僕は両親の顔も知らない天涯孤独の身だ。
僕を拾って鍛冶を教えてくれた親方も、随分前に亡くなっている。
だからずっと、こうして誰かと一緒に食事をすることはなかった。
「どうしたのじゃアベル? 食べぬのなら、妾がもらってやるぞ?」
声を掛けられて、意識が戻される。
少しぼーっとしていたようだ。
「ほれ、その肉を寄越せ」
「だ、だめだよ。これは僕の分だから!」
「なんじゃ、けち臭いやつめ」
アウロラから皿を庇いながら、ご飯をかき込んでいく。
彼女とふたりで食べる料理は、なんだかこれまでよりも、美味しく思えた。
今日も今日とて特訓は続く。
もう僕はこんな毎日にも、すっかり慣れてきていた。
どんな魔物でもどんと来いという感じだ。
「さて。では今日の特訓じゃが……」
「あれ? 今日は魔物は連れてないの?」
いつもなら細腕で、自分の何倍も大きな獲物を引きずってくるのに。
「アベル。貴様も随分と強くなってきた」
「そ、そうかなぁ?」
「そうなのじゃ。そろそろ相手になる魔物もいなくなってきた。……だからだな」
アウロラの体が膨らんでいく。
少しも経たず、目の前に古龍の真っ白な巨躯が現れた。
「だから、今日の相手は、この妾じゃ!」
「え゛!? えええええええええっ!?」
アウロラが鉤爪を振り下ろしてくる。
間一髪それを躱しながら僕は抗議の声をあげた。
「む、無茶苦茶だよ!?」
「安心せい! 手加減はしてやる!」
アウロラが太い尻尾を振り回す。
「か、敵うわけないじゃないかーっ!!」
「ええい、しのごの言わずにかかってくるのじゃ! 男だろう!」
僕はけちょんけちょんに叩きのめされた。
アウロラと暮らした日々は楽しかった。
彼女はさまざな魅力に溢れていた。
例えば悪戯好きな性格だ。
アウロラは時折裸で寝具に潜りこんできて僕を驚かせては、にやにやと笑っていた。
初めて彼女に出会ったときの僕の醜態が、よほどお気に召したらしい。
ほかにもキリリとした外見に反して、案外ずぼらな性格だったりして、雑用なんかはいつも僕任せ。
満腹になるとすぐウトウトして眠ってしまったり、かと思うと急に「良い訓練を思いついた!」なんて言い出しては僕を振り回す。
毎日がはちゃめちゃで、でも僕は嬉しかった。
ずっと彼女と一緒にいたいと、そう思った。
「どうじゃアベル? 自信はついたか?」
アウロラが問いかけてくる。
僕は以前、自信がないからと言って、彼女に請われた魔王討伐への協力要請を断ったことがある。
「えっと……」
じっくりと考えてみた。
相手は魔王だ。
自信なんてものはやはり持てない。
それでも……。
「……うん。……僕も、きみと一緒に戦うよ」
アウロラと一緒にいたい。
本当の理由を隠したままそう応えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気付くと、暗闇のなかにいた。
無限の闇を、どこまでも堕ちていくような感覚。
頬を濡らす感触がある。
これは……涙だろうか。
なんだか、幸せな夢を見ていた気がする。
とても……。
とても幸せな、夢を。
ドクンと胸の奥で、なにかが蠢いた。
「……ぅ……ぁ……」
試しに声を出そうとしてみたけど、喉が乾き、舌がひりついてうまく出せない。
薄く目を開いてみた。
涙で潤み、ぼやけながらも、視界が開けていく。
(ここは……)
ここは一体どこだろうか?
僕はいままで、なにをして?
頭のなかに靄がかかっているみたいだ。
けれどもなんとか記憶をさらってみる。
(たしか僕は、アウロラやみんなと魔王を討伐して、それから……)
それから、野営の準備をしていたら、モンテグラハに麻痺の魔法を……。
――ッ!?
記憶のふたが開いた。
襲ってきた裏切り者たち。
殴られて動かなくなったマーリィ。
僕を庇って組み敷かれ、犯されたアウロラ。
「ぁ、ぁ……」
また胸の奥で、ドクンとなにかが木霊した。
すべてを思い出すとともに、脳裏に裏切り者4人の嘲笑が響き渡る。
「か、かはっ!」
肺の空気を吐き出した。
そのままヒューヒューと呼吸をする。
「あ、あいつら……。あの地獄の悪鬼どもは……?」
ぼやけた視界のまま、顔を上げた。
あたりは薄暗く、見通しが悪い。
「……は!? そ、それより、アウロラだ。アウロラは!?」
日の出の頃なのだろうか。
地平から顔をだし始めた太陽が、明けの空を幻想的な色に染め上げていく。
ようやく見通しが効き始めた周囲を、キョロキョロと見回す。
すると逆光になってよく見えないけれど、古龍の姿になったアウロラが、少し離れた場所に倒れていることに気付いた。
彼女がいることに、ほっと胸を撫で下ろしつつ、這いながら近づいていく。
「……アウロラ。大変な目にあったね」
少しずつ、彼女に近づいていく。
「でも大丈夫。もう魔王も倒したんだ。だから一緒に辺境の集落に帰ろう? 約束しただろ? 全部終わったら初めてきみと出会ったあの場所で、ずっと一緒に……」
彼女からの返事はない。
「アウロラ……?」
不審に感じた僕は、うまく動かない体で地面を這いずりながら、彼女へ近寄っていく。
やがてその姿がはっきりと見えてきた。
「………………………………え?」
アウロラは息絶えていた。
美しかった純白の鱗が剥がされ、真っ赤になった地肌が剥き出しになっている。
「……………………………………」
強靭な爪や牙が抜かれていた。
頭が真っ白になる。
「………………………………ぁぁ」
横倒しにされた体は滅多刺しにされ、心臓が抉り取られている。
失われた彼女の心臓の代わりをするかのように、僕の胸の奥でなにかが激しく脈打ち始めた。
「……………………ぁ、……ぁあ」
透き通った碧い瞳はくり抜かれ、落ち窪んだ眼窩が、僕を見つめていた。
虚ろな瞳で彼女を見つめ返す。
「…………ぁ、……ぁあああああ」
古龍アウロラ・ベル。
彼女との幸せな想い出が、頭に浮かんでは消えていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!!」
魂を引き裂くような慟哭が響き渡る。
僕の愛した誇り高き龍。
アウロラは陵辱の限りを尽くされ、無残な死体を地に晒していた。
アウロラの施す特訓は無茶苦茶だった。
いわく、習うより慣れろ。
とにかく神剣ミーミルをぶん回して、1匹でも多くの魔物を狩る。
小手先の技術など二の次三の次。
そんなものに拘るくらいなら、少しでも神剣の力を引き出すことに慣れろと、まぁそういうことらしい。
たしかに理屈では納得できる部分はあるけど、気持ち的には頷けない。
なにせただの鍛冶師だった僕が、毎日毎日魔物と戦わされるのである。
正気の沙汰とは思えない。
「ほれアベル。手頃な獲物を捕まえてきたぞ?」
人化した彼女が、今日も自分より遥かに大きな獲物を引きずってきた。
僕の前に放り投げられる。
哀れな獲物は熊型の魔物だった。
凶暴性が高く、両手がいつも返り血で赤く染まっていることから、ブラッドベアなんて呼ばれているやつだ。
この辺りで一番危険な魔物である。
「グルルルゥ……!」
「ちょ、ちょっと待って!」
アウロラに乱暴に扱われたブラッドベアは、気が立っていた。
興奮して牙を剥き、口から泡を吹きながら、僕に向かって襲い掛かってくる。
「わ、わ!? こっち来るなよ!」
理不尽だと思う。
アウロラのほうに行けばいいのに!
「逃げるでない! 貴様ならこの程度の魔物、どうということもなかろう!」
「そ、そんなわけないよ!」
「神剣の声を聞くのじゃ!」
こうなっては、逃げ回っていても仕方がない。
心の中で神剣ミーミルに語りかける。
『アベル。わたくしに意識を集中してください』
言われた通りにしてみる。
すると剣と感覚を共有するかのような、不思議な感覚があることに気付いた。
「あ、あれ? なんだか、これって……」
いけそうな気がする。
少なくとも、目の前のこの魔物には、負ける気がしない。
「グアアアアアアアアッ!」
ブラッドベアは、丸太のような腕を滅多矢鱈と振り回してくる。
その懐に潜り込んで、軽く剣を振り抜いた。
魔物がふたつに引き裂かれる。
血飛沫を撒き散らしながら、魔物の巨体が血の海に沈んだ。
「よぅし! それでいいのじゃ!」
「え? え? い、いまのなに?」
神剣の力を目の当たりにして、呆然としてしまう。
しばらくの間、僕はなにが起きたのか、まったく理解出来なかった。
アウロラとの訓練は続く。
彼女の連れてくる魔物は、日増しに凶悪になっていった。
この間なんて、レッサードラゴンを引きずってきたくらいだ。
こんな魔物はこの辺りにはいないはずだ。
一体どこから連れてくるんだか。
「ねぇ、レッサードラゴンって、アウロラの仲間じゃないの?」
「む? このような魔物と妾を一緒にするでない」
「そういうことなら倒しちゃうけど……」
神剣と意識を同化させて、レッサードラゴンを屠る。
最近は魔物を倒すのにも随分と慣れてきた。
日々の無茶な特訓の成果と言えよう。
とは言え、特訓ばかりしているわけにはいかない。
僕だって生活しなきゃいけないからだ。
仕事はしばらく休むとしても、家事は休めない。
けれどもアウロラは、炊事洗濯掃除が壊滅的に出来なかった。
だから家事全般は、相変わらず僕の役目だ。
「そろそろ腹が減ってきたぞ。アベル、食事を用意せよ」
「はいはい。じゃあちょっと待っててね……」
家に帰って、手早く料理をする。
素材は特訓で倒した魔物の肉だ。
「はい、できたよ。ワイルドボアの岩塩焼き」
「うむ! 待っておったぞ!」
アウロラはよく食べる。
僕の用意したご飯を、いつも美味しそうに食べてくれる。
僕は両親の顔も知らない天涯孤独の身だ。
僕を拾って鍛冶を教えてくれた親方も、随分前に亡くなっている。
だからずっと、こうして誰かと一緒に食事をすることはなかった。
「どうしたのじゃアベル? 食べぬのなら、妾がもらってやるぞ?」
声を掛けられて、意識が戻される。
少しぼーっとしていたようだ。
「ほれ、その肉を寄越せ」
「だ、だめだよ。これは僕の分だから!」
「なんじゃ、けち臭いやつめ」
アウロラから皿を庇いながら、ご飯をかき込んでいく。
彼女とふたりで食べる料理は、なんだかこれまでよりも、美味しく思えた。
今日も今日とて特訓は続く。
もう僕はこんな毎日にも、すっかり慣れてきていた。
どんな魔物でもどんと来いという感じだ。
「さて。では今日の特訓じゃが……」
「あれ? 今日は魔物は連れてないの?」
いつもなら細腕で、自分の何倍も大きな獲物を引きずってくるのに。
「アベル。貴様も随分と強くなってきた」
「そ、そうかなぁ?」
「そうなのじゃ。そろそろ相手になる魔物もいなくなってきた。……だからだな」
アウロラの体が膨らんでいく。
少しも経たず、目の前に古龍の真っ白な巨躯が現れた。
「だから、今日の相手は、この妾じゃ!」
「え゛!? えええええええええっ!?」
アウロラが鉤爪を振り下ろしてくる。
間一髪それを躱しながら僕は抗議の声をあげた。
「む、無茶苦茶だよ!?」
「安心せい! 手加減はしてやる!」
アウロラが太い尻尾を振り回す。
「か、敵うわけないじゃないかーっ!!」
「ええい、しのごの言わずにかかってくるのじゃ! 男だろう!」
僕はけちょんけちょんに叩きのめされた。
アウロラと暮らした日々は楽しかった。
彼女はさまざな魅力に溢れていた。
例えば悪戯好きな性格だ。
アウロラは時折裸で寝具に潜りこんできて僕を驚かせては、にやにやと笑っていた。
初めて彼女に出会ったときの僕の醜態が、よほどお気に召したらしい。
ほかにもキリリとした外見に反して、案外ずぼらな性格だったりして、雑用なんかはいつも僕任せ。
満腹になるとすぐウトウトして眠ってしまったり、かと思うと急に「良い訓練を思いついた!」なんて言い出しては僕を振り回す。
毎日がはちゃめちゃで、でも僕は嬉しかった。
ずっと彼女と一緒にいたいと、そう思った。
「どうじゃアベル? 自信はついたか?」
アウロラが問いかけてくる。
僕は以前、自信がないからと言って、彼女に請われた魔王討伐への協力要請を断ったことがある。
「えっと……」
じっくりと考えてみた。
相手は魔王だ。
自信なんてものはやはり持てない。
それでも……。
「……うん。……僕も、きみと一緒に戦うよ」
アウロラと一緒にいたい。
本当の理由を隠したままそう応えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気付くと、暗闇のなかにいた。
無限の闇を、どこまでも堕ちていくような感覚。
頬を濡らす感触がある。
これは……涙だろうか。
なんだか、幸せな夢を見ていた気がする。
とても……。
とても幸せな、夢を。
ドクンと胸の奥で、なにかが蠢いた。
「……ぅ……ぁ……」
試しに声を出そうとしてみたけど、喉が乾き、舌がひりついてうまく出せない。
薄く目を開いてみた。
涙で潤み、ぼやけながらも、視界が開けていく。
(ここは……)
ここは一体どこだろうか?
僕はいままで、なにをして?
頭のなかに靄がかかっているみたいだ。
けれどもなんとか記憶をさらってみる。
(たしか僕は、アウロラやみんなと魔王を討伐して、それから……)
それから、野営の準備をしていたら、モンテグラハに麻痺の魔法を……。
――ッ!?
記憶のふたが開いた。
襲ってきた裏切り者たち。
殴られて動かなくなったマーリィ。
僕を庇って組み敷かれ、犯されたアウロラ。
「ぁ、ぁ……」
また胸の奥で、ドクンとなにかが木霊した。
すべてを思い出すとともに、脳裏に裏切り者4人の嘲笑が響き渡る。
「か、かはっ!」
肺の空気を吐き出した。
そのままヒューヒューと呼吸をする。
「あ、あいつら……。あの地獄の悪鬼どもは……?」
ぼやけた視界のまま、顔を上げた。
あたりは薄暗く、見通しが悪い。
「……は!? そ、それより、アウロラだ。アウロラは!?」
日の出の頃なのだろうか。
地平から顔をだし始めた太陽が、明けの空を幻想的な色に染め上げていく。
ようやく見通しが効き始めた周囲を、キョロキョロと見回す。
すると逆光になってよく見えないけれど、古龍の姿になったアウロラが、少し離れた場所に倒れていることに気付いた。
彼女がいることに、ほっと胸を撫で下ろしつつ、這いながら近づいていく。
「……アウロラ。大変な目にあったね」
少しずつ、彼女に近づいていく。
「でも大丈夫。もう魔王も倒したんだ。だから一緒に辺境の集落に帰ろう? 約束しただろ? 全部終わったら初めてきみと出会ったあの場所で、ずっと一緒に……」
彼女からの返事はない。
「アウロラ……?」
不審に感じた僕は、うまく動かない体で地面を這いずりながら、彼女へ近寄っていく。
やがてその姿がはっきりと見えてきた。
「………………………………え?」
アウロラは息絶えていた。
美しかった純白の鱗が剥がされ、真っ赤になった地肌が剥き出しになっている。
「……………………………………」
強靭な爪や牙が抜かれていた。
頭が真っ白になる。
「………………………………ぁぁ」
横倒しにされた体は滅多刺しにされ、心臓が抉り取られている。
失われた彼女の心臓の代わりをするかのように、僕の胸の奥でなにかが激しく脈打ち始めた。
「……………………ぁ、……ぁあ」
透き通った碧い瞳はくり抜かれ、落ち窪んだ眼窩が、僕を見つめていた。
虚ろな瞳で彼女を見つめ返す。
「…………ぁ、……ぁあああああ」
古龍アウロラ・ベル。
彼女との幸せな想い出が、頭に浮かんでは消えていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!!」
魂を引き裂くような慟哭が響き渡る。
僕の愛した誇り高き龍。
アウロラは陵辱の限りを尽くされ、無残な死体を地に晒していた。
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