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……大丈夫。

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(アリス視点)

 窓から光が差し込んでくる。

 梅雨どきには珍しく、今朝の空模様は晴れ。

「……ん。
 もう朝……。
 起きなきゃ」

 ベッドから起き出したわたしは、制服に着替え、ドレッサーに腰を下ろした。

 鏡に映った自分の姿を見つめる。

 金の髪と赤みがかった黒い瞳が、三面鏡のなかからわたしを見返してくる。

「……大丈夫。
 大輔くんに掛けられた誤解は、きっとわたしが解いてみせます」

 そう。

 彼は誤解されているだけなのだ。

 本当の大輔くんは乱暴者なんかではない。

 むしろその逆で、大雑把に見えて実は細やかな気遣いのできる優しい男子なんだと思う。

「……大丈夫。
 わたしはちゃんとやれるから……」

 わたしは鏡のなかの自分を見つめ、決意を確認する。

 そうしていると、ふと足元に微かな気配を感じた。

 視線を移すと白猫のマリアがちょこんとお座りをして、わたしを見上げていた。

「どうしたの、マリア?」

 そういえば、この子猫もわたしと一緒だった。

 大輔くんに温もりを与えてもらった仲間だ。

「ニャア」

「……応援してくれるの?
 ふふ。
 ありがとう」

 大輔くんはもう十分わたしを助けてくれた。

 でもいつまでも彼に守られてばかりではいけない。

 これからはたとえ困難があっても、お互いを支え合えるように関係になりたい。

 わたしはそんな風に思いながら、朝の身支度を始めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 朝の学校は、体育館へと移動する生徒の喧騒に包まれていた。

 今日、全校集会があるのだ。

 そのことは昨日のクラスルームで事前に告知されていた。

「ねぇ。
 全校集会なんて珍しいね。
 なんの話なんだろう?」

「んー。
 わかんない!」

 女子生徒たちの会話が聞こえてきた。

 このタイミングでの集会で話す内容なんて、ひとつしかない。

 ……きっと大輔くんのことだ。

 あの2度目の暴力沙汰は、まだ一部の生徒しかしらない。

 けれどもこの集会で、全校生徒の知るところになるのだろう。

 そうすればますます誤解が広まってしまう。

「……だめ。
 そんな風にはさせないから……」

 俯き加減になったわたしは、下唇をキュッと噛みながら、雑談をする生徒たちに紛れて体育館に向けて移動した。

 ◇

 生徒たちが体育館に集まった。

 ガヤガヤと騒いでいる。

 しばらくすると併設された壇上に、校長先生が上がった。

 雑談に興じていた生徒たちが、自然と前を向き始める。

 ほどなくして全校生徒が静まる。

 それを待っていた校長先生が軽やかに口を開いた。

「生徒のみなさん。
 おはよう」

 集まった生徒たちからちらほらと、おはようございますが返される。

「新しい学年になって、2ヶ月と少し。
 もうクラスには慣れましたか?
 この間みなさん、どう過ごしてきたでしょうか。
 勉強に。
 部活動に。
 きっと熱心に取り組んで、有意義な学生生活を送ってくれているものと、私は信じております」

 よくある挨拶の口上を述べてから、校長先生は一旦言葉を切った。

 壇上からわたしたちを見回してから、今度は重たそうに口を開く。

「……さて。
 本題に入りましょう。
 静粛にしながら聞いてください。
 みなさんが真面目で健全な学生生活を送る一方で、残念ながらそうではない生徒もいます。
 ……先日。
 我が校の校内で暴行事件が発生しました」

 静かに話を聞いていた生徒たちが、騒つきだした。

「まったく……。
 遺憾なことです。
 しかもその加害生徒は、これで入学してから2度目の暴行事件を起こしたことになります」

 動揺が広がっていく。

 隣り合った生徒たちが、小声でヒソヒソと話し始める。

「……ね、ね。
 暴行事件だって……!
 加害生徒とか言ってる」

「誰のことだろうね。
 ……ん?
 でもなんか聞いたことがあるような……」

「お前ら知らねえの?
 北川だよ。
 2年の北川大輔が、またやらかしやがったらしいぜ!」

 どんどん噂が広まっていく。

「なんでもボコられたのは野球部のやつらしい。
 いきなり因縁をつけられて、滅茶苦茶に殴られたんだってよ。
 酷え話だよな」

 ある男子生徒が、吐き捨てるようにそう言った。

「……うわ、最悪だな」

「私、怖い……。
 その北川くんって、いまどうしてるの?」

 ある女子生徒は、大輔くんの名を口にしながら怯えを露わにした。

「あ、俺知ってる。
 無期停学だってさ」

「そっかぁ。
 ちょっとホッとしたけど、出来れば退学になってくれないかなぁ」

「だよなぁ。
 だって2度目だぜ?
 停学とか学校側も処分が甘すぎるんだよ。
 同じ学校に北川なんかがいると思うと、嫌になるな」

 瞬く間に広がっていく一方的な噂話を耳にして、歯噛みする。

 悔しくて、悔しくて……。

 わたしは胸の前で小さく拳を握った。

 ◇

「――以上です。
 みなさんはくれぐれも注意して、我が校の生徒らしく規律を守り、節度を持った学生生活を……」

 校長先生の長話が終わろうとしている。

 わたしは大きく息を吸い込んで、震える足を一歩踏み出した。

 列を離れて歩み出す。

「あっ。
 アリスちゃん?
 どこいくの?」

「トイレ?」

 少し前に仲良くなったクラスの女子たちが、声を掛けてくる。

 そういえば、この女子たちと打ち解けることができたのも、大輔くんが屋上での昼食にみんなを連れてきてくれたからだ。

「……行ってきます。
 いまから、大輔くんの誤解を解いてきますので」

「はぇ?」

 呆けた返事をするクラスメートを尻目に、わたしは歩いていく。

 ……大丈夫。

 きっとできる。

 決意なら今朝、ドレッサーの前で済ませてきた。

 校長先生が壇上から降りた。

 生徒の集団から歩みでたわたしは、震える脚を動かしながら、なに食わぬ顔で歩き続ける。

 途中、すれ違った校長先生が、不思議そうな表情でこちらを流しみた。

 わたしは会釈を返してから、自然な態度で入れ替わりに壇上に上がった。

 注目が集まる。

 心臓がどくんどくんと早鐘を打っている。

 ……大丈夫。

 わたしならできる。

 意を決して口を開いた。

「……2年A組の西澄アリスといいます」

 壇上からは、ぽかんとしながらわたしを眺める教師や生徒の顔がよく見えた。

 大きく深呼吸をすると、足の震えがようやく止まった。

「みなさん。
 聞いてもらいたいことがあるのです。
 さきほどの校長先生のお話にあった、暴行事件を起こした生徒……。
 北川大輔くんと、わたしのお話です」
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