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体育祭・後編

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 体育祭、午後の部が始まった。

 大玉転がし。

 クラス全員参加の綱引きや玉入れ。

 それに盛り上がりをみせた騎馬戦。

 プログラムは問題なく進み、やがて最後の種目であるクラス対抗リレーの順番がやってきた。

 ◇

「次の競技は、クラス対抗リレーです。
 出場する選手はグラウンドに集合して下さい」

 放送部のアナウンスが青空の下に響き渡る。

「さてと……。
 んじゃ、行きますかねぇ」

 俺は最終種目であるこのリレーのアンカーだ。

 グラウンドの隅の集合場所まで向かっていると、アリスが俺のそばまで小走りで駆け寄ってきた。

 雫のやつも一緒である。

「よう、お前ら。
 ふたり揃ってどうした」

「大輔くん。
 怪我をしないように気をつけて下さい」

「お兄ちゃん、がんばってね。
 でも、がんばりすぎて転んじゃだめだよ」

「あんがとよ。
 まぁほどほどに走って、楽しんでくるわ」

「はい。
 応援しています」

「わたしも!
 明希や拓海たちと一緒に応援してるからね!」

 アリスと雫が、雑談を交わしながら去っていく。

「……そうそう、アリスさん。
 知ってますか?
 お兄ちゃん、ああ見えて凄く足が速いんですよ」

「そうなのですか。
 でも意外ではないです」

「お兄ちゃんは昔っから、運動神経がよくて……」

 ふたりが来た道を戻っていくのを見送ってから、俺は改めてリレーの集合場所へと足を運んだ。

 ◇

 集合場所へとやってきた。

 リレーは第1から第4までの4人の走者で走ることになっていて、100m、200m、300m、400mとあとになるほど少しずつ距離が伸び、4人で計1000mを走るスウェーデンリレー方式が採用されていた。

 俺はアンカーだから、つまり400mを走ることになる訳だ。

 ぶっちゃけ全力で走るには長すぎる距離だし、ほどほどにがんばることとしよう。

 集まった出場選手たちが、わいわいと騒いでいる。

 そんななかに、じっと俺を睨んでいるひとりの生徒を見つけた。

 ……野球部の田中大翔ひろとだ。

 列の並び順からして、どうやらこいつは第3走者らしい。

 俺のひとつ前である。

 というかこいつ、D組だったのか。

 田中は俺と目が合うと、列を外れて近寄ってきた。

「北川ぁ。
 お前がE組のアンカーなのか?
 というかお前、帰宅部だろ。
 運動もろくすっぽしてないだろうに、400mも走り切れるのかぁ?
 ははっ。
 ぜぇぜぇ息を切らしながらゴールとか、見苦しい真似は勘弁だぞ?」

「……いきなりなんだ、てめぇはよ。
 影が薄すぎて、いまのいままで気付きもしなかったわ。
 名前なんつったっけ?」

「北川……。
 喧嘩売ってんのかよ……」

「そりゃあ、てめぇだろうが。
 正直俺ぁ、お前にはムカついてんだ。
 てめぇが喧嘩売ってくんなら、いつでも買って……」

 いや、ちょっと待て。

 以前時宗のやつに、田中とのことは任せておけと釘を刺されている。

 また暴力沙汰を起こして今度は退学にでもなったら、アリスが悲しむだろうと。

 ……ここは抑えよう。

 俺は湧き上がる怒りをぐっと堪えて、目の前のいけ好かない男を睨みつけた。

 ばちばちと視線に火花を散らす。

「……ちっ」

 田中が目を逸らして、列に戻っていった。

 その後ろ姿を睨みつけながら、俺は先ほどの考えを改める。

 ――ほどほどにがんばるのはやめだ。

 全力疾走で走り抜けて、この馬鹿に吠え面をかかせてやる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「位置について!
 よぉい……。
 スタート!」

 号令とともに、バトンを握った第1走者たちが一斉に飛び出した。

 まず先頭に立ったのは田中のクラスであるD組だ。

 次いでB組。

 俺のクラスのE組は3番手である。

「D組が先頭のまま、いま第2走者にバトンが渡りました!
 第2走は200メートル。
 どのクラスもがんばって!
 見物のみなさん、どうぞ応援をお願いします!」

 放送部がアナウンスで盛り上げる。

 リレーは最終種目ということもあり、注目度が高い。

「おっと!
 いまE組がB組をかわして、2番手に躍り出た!
 先頭との差はわずかだ。
 ここで先頭のD組、第3走者にバトンタッチです!」

 D組の田中にバトンが渡った。

 現在の順位はD組、E組、B組、A組、C組の順番になっていて、我らがE組は2番手。

 だがうちのクラスの第3走者は陸上部の男で、脚が速い。

 先頭を走る田中をぐんぐんと追い上げていく。

 ◇

「第4走者のみなさぁん。
 そろそろトラックで準備してくださーい」

 俺は進行役に促されて、スタートラインに立つ。

 その間もE組の陸上部員がD組を猛追していた。

 田中を抜いて先頭に躍り出るのも、もう時間の問題だろう。

 しかし、そのとき問題が発生した。

「あっと⁉︎
 接触!
 接触しました!
 白熱し過ぎたのか、D組第3走者の田中大翔くん。
 追い上げてきたE組第3走者の、矢田健一くんと接触してしまいましたぁ!」

 わっと歓声があがる。

 田中がE組の走者を妨害したのだ。

 接触されたうちのクラスの走者が、当たった拍子にバトンを手放してしまった。

「あの野郎……」

 ぎりぎりと歯ぎしりをする。

 当然、妨害はルール違反だ。

 陸上の大会なんかだったら、当たりにいったほうが失格になるのだろう。

 しかしこれは体育祭のリレー。

 故意に妨害したのだと見做されなければ、失格にはならない。

「リレーは続行です!
 2番手だったE組。
 バトンを拾っている間に、次々と抜かれていく!
 一方、先頭のD組は、いま、最終走者にバトンタッチ!」

 ◇

 走り終えた田中が、俺のそばを横切る。

「はぁ、はぁ……。
 ざまぁみろよ、北川ぁ。
 お前のクラスのやつにぶちかましてやったぜ。
 ははっ。
 お前は西澄が見ている前で、最下位で情けなくゴールしろ」

 田中は嘲笑いながら、待機の列に戻っていく。

「……くそ野郎が」

 メラメラと俺の闘志に火がついた。

 そうこうしていると、ようやくうちのクラスの第3走者が俺のもとまで走ってきた。

「ご、ごめん、北川くん!
 はぁ、はぁ。
 バトン、落としてしまって!」

「謝る必要なんざねぇよ。
 よく走った。
 ……あとは任せとけ」

 バトンを受け取った。

 うちのクラスは現在最下位だ。

 だが見ていろ。

 俺は脚に力を込めて、思いっきり大地を蹴った。

 爆発的な勢いで飛び出す。

「いま最終走者の北川大輔くんにバトンが渡った!
 距離は400メートル。
 最後尾からのスタートです。
 はたして、ここから逆転なるか!」

 一歩、また一歩。

 大きく脚を踏み出し、力強く大地を蹴りながら、猛烈な勢いで走っていく。

 こんなに全力で走るのは、生まれて初めてかもしれない。

「うらぁああ!
 舐めてんじゃねぇぞ!」

 猛禽類が風を切って飛ぶように、もの凄い速度で前を走る走者を追い上げていく。

「は、はやい!
 E組の北川大輔くんっ。
 めちゃくちゃ速いぞ!
 いまB組をかわして、4番手に――!
 い、いやC組も抜いて3番手に躍り出た!
 速い、速い!
 ごぼう抜きだぁー!!!!」

 グラウンドが歓声に包まれる。

「ま、またひとり抜いたぞ!
 北川くん、2番手!
 圧倒的なスピードです!
 だが第4走は400メートルの長丁場。
 こんな走り方で、最後までもつのでしょうか⁉︎」

 その声に後押しされるように、俺は前だけを向いて全力でひた走る――

 ◇

 心臓がばくばくとうるさく脈打つ。

 肺が破裂しそうだ。

「す、凄まじい追い上げです!
 北川大輔くん。
 いま、先頭を走るD組のすぐうしろについたぁ!」

 ようやく先頭を捉えた。

 だが疲労が蓄積して、徐々に脚が回らなくなってきた。

 限界が近い。

「あっと⁉︎
 ここで北川くん、ペースが落ちた!
 D組との差がまた広がっていくぞ。
 さすがに無理が祟ったかぁ⁉︎」

 身体が重い。

 さっきまではなんでもなかった空気の抵抗が、まるでヘドロみたいに走る俺に纏わりついてくる。

「はぁっ、はぁっ!
 くっそ……。
 あと少しだってのによぉ!」

 脚が回らない。

 少しずつD組走者の背中が遠ざかっていく。

 限界を感じた、そのとき――

「大輔くん!
 もう少しですっ。
 がんばって……!」

 必死に俺を応援するアリスの姿が目に映った。

 いつもの無表情ではない。

 懸命な様子で、声を上げている。

 まったく、アリスのやつ。

 声、張り上げるの苦手だろうに……。

 ◇

 不思議と脚に力が入った。

 大地を蹴るとぐんっと、身体が前に飛び出す。

「ああ!
 E組の北川大輔くん!
 ここで再びスピードアップ」

 さっきまでの重くるしさが嘘のようだ。

 漲る力を脚にこめて、全力で駆け抜けていく。

「凄い凄い!
 猛烈な勢いで先頭を追い上げていくぞ!
 だがゴールまでの距離はあとわずか。
 逆転なるか!」

 いける。

 確信していた。

 俺はもう、あのふざけた野郎に吠え面をかかせることなんて、どうでもよくなっていた。

 ただアリスに……。

 惚れた女の前でかっこつけるためだけに、全力で大地を蹴る。

「あ……!
 ああ!
 いま!
 いまかわした!
 北川くん、先頭!
 先頭に踊りだしたー!!!!」

 目の前の背中を追い抜くと、視界が開けた。

 行く手を遮るものはもう、なにもない。

「1着だ!
 北川大輔くん!
 最下位から見事なごぼう抜きをみせ、1着でゴールテープを切りましたぁ!」

 グラウンドを歓声が包み込む。

 ようやく立ち止まって、息を切らせながら振り返ると、アリスが俺をみつめて嬉しそうに笑っていた。
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