上 下
29 / 52

体育祭・中編1

しおりを挟む
 午前のプログラムがつつがなく進んでいく。

 俺は1年のときは停学を食らった関係で、体育祭は見学になった。

 だからこうして実際に体育祭に参加するのは初めてなのだが、我が校の校風なのか、生徒たちはみんな積極的に競技に取り組んで、盛り上がっている。

「次の競技は、借り物競争女子の部になります。
 出場する生徒は、グラウンドに集合して下さい」

 アナウンスが響く。

 これはさっきみなみ先輩に紹介された、放送部の如月先輩の声だろうか。

「じゃあ行ってくるねー」

「早苗ちゃん、がんばって!」

 うちのクラスからも選手が集合場所へと向かった。

 たしか借り物競争はアリスが出場する種目だ。

 グラウンドの隅の集合場所を眺めてみると、A組の赤のゼッケンを身につけた彼女と目があった。

 握りこぶしを少し前に突き出して、応援する。

 するとアリスはこくりと頷いてから、小さくガッツポーズをしてみせた。

 やる気は十分らしい。

 そういえば前にもすこし考えたことがあったが、アリスって運動神経のほどはどうなのだろうか。

 ◇

「これより、2年生女子による借り物競争をはじめます。
 選手のみなさん。
 がんばってください!
 父兄の皆様がたも、応援よろしくお願いします!」

 走者がスタートラインに並ぶ。

 やはり遠目にもアリスが目立っている。

 生徒たちは言うに及ばず、参観に来た父兄の間でも彼女の注目度は抜群に高い。

「位置について……。
 スタート!」

 号令の下、A組からE組までの5人の2年生女子が一斉に走り出した。

 真っ先に先頭に躍り出たのは、うちのクラスであるE組の女子だった。

 さきほど、早苗ちゃんと呼ばれて送り出された彼女である。

「おお⁉︎
 うちの女子、めっちゃ速えな!」

 早苗ちゃんと後続との差はぐんぐん広がっていく。

 そして最後尾はアリスだった。

 彼女は走り出してまだ幾らも経っていないというのに、もうあごをあげて息を切らせ、ひぃひぃ言いながら走っている。

「お、おお……。
 アリスのやつ、めっちゃ遅いなぁ……」

 目をキュッと瞑って必死に走る姿が、なんだか小動物を連想させて可愛い。

 でもどうやらアリスは、運動が苦手だったようだ。

「2年E組はやい!
 これははやい!
 後続を置いてきぼりにして、もうクジまで到着しましたー!」

 うちのクラスの早苗ちゃんが、スタートラインから百メートル先にある借り物くじの場所に、いの一番にたどり着いた。

 大きな箱に手を突っ込んで、ごそごそしている。

「E組の夕凪早苗選手。
 いまクジを引きました!
 内容はいったいなんでしょうか?
 よく見えるように、胸に貼ってくださーい!」

 アナウンスに促されて、E組女子が今しがた引いたクジをゼッケンに貼った。

 そこには極太油性マジックの文字で、『銀縁ぎんぶちメガネのひと』と書かれている。

 早苗ちゃんがキョロキョロと周囲を見回す。

 彼女は視線の先にイケメン眼鏡である財前時宗の姿を見つけると、そちらのほうへと走って行った。

 ◇

 ところでうちの体育祭の借り物競争には、少しだけ特殊なルールがある。

 くじを引いた選手は、借り物の中身が周囲の人間にもよく見えるように、ゼッケンに貼らなければいけないのである。

「2年A組、西澄アリス選手。
 最後尾でいまクジまで到着しました!
 ほかの選手たちは、もうすでに借り物を探しに行っているぞ!
 西澄選手、ここから挽回なるか?」

 アリスが抽選箱に手を入れた。

 びりとは言え、アリスの美しい金髪ブロンドと妖精のように可憐な容姿は、人の目を惹きつけてやまない。

「おっと。
 いま西澄選手がくじを引いた!
 その内容は、なな、なんと――⁉︎」

 アリスがクジをゼッケンに貼り付けた。

 そこにはよく見える大きな文字で『大切なひと』と書かれてある。

「大切なひと!
 西澄選手の借り物は、なんと『大切なひと』だー!」

 ギャラリーがどよめく。

 グラウンドのそこかしこで、いま彼女が引いたくじについて噂し合っている。

 気づくとアリスが俺を見ていた。

 視線が交差するなり彼女はこくりと頷いて、真っ直ぐにこちらに向かって走ってくる。

「西澄選手、走り出した!
 判断がはやい!
 この大勢の観客のなかから、いまの一瞬で『大切なひと』を見つけだしたというのでしょうか!」

 アナウンスの間にも、アリスはぐんぐんとこちらに近づいてくる。

「お、おいおい。
 アリスのやつ……。
 ……ったく、しょうがねえなぁ」

 E組の観覧場所から一歩前に歩みだした俺のもとに、アリスがたどり着いた。

「はぁ、はぁっ……。
 ……んっ。
 大輔くん!
 一緒に来てください」

「おうっ。
 んじゃあ、行くか!」

 アリスと手を取り合って走り出す。

 駆け出した俺たちの姿に、グラウンドに詰めかけた全員が、わっと歓声を上げた。

 ◇

「おおっと、西澄選手!
 大切なひとにE組の男子を選んだ!
 まさか!
 まさかの展開です!
 いま手を引いて走りだしたぞ!
 会場は大盛り上がりだ!
 というかあの男子はっ⁉︎
 き、北川くんです!
 2年E組、北川大輔くんを連れて、西澄アリス選手、ゴールに向かって走っていきます!」

 アリスに手を引かれて走る。

 いまならまだ誰もゴールしていない。

 時宗を連れ出そうとしていたうちのクラスの早苗ちゃんは、A組女子たちの妨害にあって手間取っているようだ。

「西澄選手!
 これは1着でゴールなるか。
 ゴールに向けて、一直線に走っていくぞ!
 ああっと、だがしかし!
 ここで思わぬ伏兵が現れたっ。
 C組女子、山中幸子選手だ!
 借り物のハンカチを持って、A組西澄アリス選手を猛追していく!」

 追い上げてきたC組女子の借り物はハンカチ。

 走るのに邪魔にならない有利さも相まって、ぐんぐんと追い上げてくる。

 このままだと抜かれそうなペースだ。

「なぁ、アリス!」

 走りながら、後ろから彼女に話しかける。

「はぁっ。
 はぁっ。
 な、なんですか、大輔くん!」

「どうせ取るなら、一等賞がいいよなぁ!」

 返事も聞かずに、ぐんっと加速した。

 アリスの前に踊りだし、逆に彼女の手を引いて力強く駆けだす。

「きゃ⁉︎」

「おう!
 転ばないように気をつけろよ。
 いくぜー!」

「は、はいっ!」

 ぐんぐんと速度を上げる。

 繋いだ手のひらにアリスの温もりを感じながら、グラウンドのど真ん中を、真っ直ぐに突っ切っていく。

 俺とアリスは、追い上げてきたC組の選手を徐々に引き離し始めた。

「ああっと!
 ここでA組がスピードアップ!
 はやい!
 これははやい!
 風を切るように颯爽と走り抜け、いま!
 1着でゴールイン!」

 全校生徒と父兄たちが、ふたたび歓声に湧いた。

 俺はアリスと手を繋いだまま足を止め、息を弾ませる彼女と見つめあった。

「ははっ。
 俺たちが一番だぜ。
 楽しかったな、アリス!」

「はぁ、はぁっ。
 は、はい。
 楽しかったです、大輔くんっ」

 アリスは額から汗を流し肩で息をしながら、けれども心底楽しそうに笑ってみせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妊娠中、息子の告発によって夫の浮気を知ったので、息子とともにざまぁすることにいたしました

奏音 美都
恋愛
アストリアーノ子爵夫人である私、メロディーは妊娠中の静養のためマナーハウスに滞在しておりました。 そんなさなか、息子のロレントの告発により、夫、メンフィスの不貞を知ることとなったのです。 え、自宅に浮気相手を招いた? 息子に浮気現場を見られた、ですって……!? 覚悟はよろしいですか、旦那様?

【完結】欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

浮気癖夫が妻に浮気された話。

伊月 慧
恋愛
 浮気癖夫の和樹は結婚しているにも拘わらず、朝帰りは日常的。  そんな和樹がまた女の元へ行っていた日、なんと妻の香織は家に男を連れ込んだ。その男は和樹の会社の先輩であり、香織の元カレでーー。

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?

BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。 成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!

処理中です...