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いつもの屋上。膝枕とたわいない雑談

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「ふぃー、ご馳走さん!
 あー、食った食った……」

 俺はくちくなった腹を、手のひらでさする。

「お粗末さまでした」

 アリスが空になった弁当箱を手繰たぐり寄せ、丁寧な手つきでゆっくりと片付け始めた。

「お粗末なんてこたぁ、まったくねぇよ。
 すげえ美味かったぜ!」

「ふふ。
 ありがとうございます。
 大輔くんが喜んでくれると、がんばった甲斐があります」

 今日のおかずは鶏の唐揚げ。

 アリスが言うには、これも雫からレシピを教わったらしく、弁当用に冷めても美味しいように工夫した料理なんだそうだ。

 コツは3度に分けて少しずつ揚げ、合間合間で肉を休ませることなんだとか。

 それにプラスして、揚げる直前に調味液を揉み込むことで、冷めても損なわれないジューシーさを実現しているらしい。

 ここ最近で、アリスの料理の腕は、お菓子作りにも負けないくらいメキメキと上達していた。

「あー。
 美味くて食い過ぎた。
 よっと……」

 大の字に寝っ転がる。

 ここは屋上だから、こうして寝そべりながら青い空を見上げると、視界を遮るものがひとつもなくて気持ちいい。

 ついでに柔らかなそよ風がさわさわと頬をさらっていって、実に爽快な気分である。

「大輔くん。
 食べてすぐに横になると、牛になります」

「牛、上等じゃねえか。
 アリスも寝転がってみろよ。
 気持ちいいぞー」

「もうっ。
 大輔くんは、仕方がないですね。
 ……ん」

 アリスがキョロキョロする。

 屋上には俺たちと同じように昼食を摂り終えた生徒たちがちらほらいて、みんな雑談に興じている。

「……ん、と」

 ほんのりと頬を赤らめたアリスが、俺のほうに寄ってきて、顔の隣に横座りをした。

 そのまま彼女は俺の後頭部に手を添えて、頭を持ち上げる。

「ア、アリス?」

「じ、じっとしていてください」

 見上げると、アリスは顔を真っ赤にしていた。

 俺はなにも言わず、彼女のなすがままになる。

 俺の頭にしっかりと手を回したアリスは、そのまま後頭部を太ももまで持っていってから、今度はゆっくりと回した手を離した。

 頭の後ろ側が、ふにゅっとして柔らかな感触に沈み込む。

「ひ、膝枕です。
 こうすると彼が喜んだって、クラスの女子が言ってましたから。
 で、でも……。
 なんだか少し、恥ずかしいですね」

「お、おう……」

 俺は突然の彼女の行動に照れてしまって、うまく言葉を返せない。

 ドクン、ドクンと、心臓の鼓動が大きく脈打つ。

 きっとアリスも同じだろう。

 ふたりして顔を赤くして押し黙った俺たちを、唖然とした表情で周りの生徒たちが眺めていた。

 ◇

 ようやく気持ちが落ち着いてきた。

 慣れてくればこの膝枕というものは、実にいいものだ。

 まぁ多少恥ずかしいのが難点ではあるが、幸せな気持ちになれることはまず間違いない。

 アリスにこれを吹き込んだ、A組女子に感謝である。

 俺はアリスの柔らかな太ももに頭を預けながら、いつものように午後の授業までの時間を彼女と雑談して過ごす。

 ところで、いまは5月の第2週だ。

 俺たちの通う都立天光寺高校では、体育祭は5月の3週目に行われる。

 だから雑談の内容も、必然的に体育祭の話になっていった。

「アリスは体育祭、なんの種目にでるか決まったのか?」

「はい。
 A組は立候補のあった競技以外はくじで決めることになったのですが、わたしは借り物競争になりました」

「そっかそっか」

「大輔くんは、どの種目に出場するのですか?」

「俺ぁリレーのアンカーになっちまったよ。
 あんまり目立つのは好きじゃねえんだが、まぁ決まっちまったもんは仕方ない。
 頑張ってみるとするわ」

 青空を見上げようと、膝枕の位置を調整する。

「……ぁんっ。
 だ、大輔くん。
 じっとして下さい……」

 アリスが小さく吐息をはいた。

「わ、悪りぃ!」

 身動みじろぎをやめて、空を見上げる。

 ふと思った。

 そういえばアリスって趣味は読書とか映画鑑賞って話だったけど、運動神経はどんな感じなんだろう。

 体育祭とか好きなのかな?

 そんなことをぼーっと考えていると、アリスがぼそっと呟いた。

「……昔から、こういう学校のイベントは好きではありませんでした。
 わたしには友だちもいませんし、両親が観に来てくれるなんてこともありませんでしたから。
 でも今年は少し、体育祭が楽しみです」

「……そっか。
 クラスのやつらとは、あれからも、うまくやれてんのか?」

「はい。
 みなさん最近は、前よりずっと親しく接してくれています。
 そういえば、こんなことがありました。
 体育祭では、クラスごとに仮装して入場しますよね。
 それをわたしの名前にちなんで、不思議の国のアリスにしようって話も出ていました」

「おう!
 そりゃあいいじゃねぇか」

「い、嫌です。
 だってそうしたら、きっとわたしがアリス役になってしまいます」

 想像してみる。

 アリスは生来の美しいブロンドヘアで、道行く誰もが振り返る、超がつくほどの美少女だ。

 そんな彼女が白いフリルとエプロンのついた青いワンピースを着て、白うさぎやチェシャ猫やハートの女王に扮したクラスメートたちと行進をする。

 たいへん見映えがするように思えた。

「もったいねぇなぁ。
 そいつぁ、絶対盛り上がるってのによ。
 で、結局A組は、不思議の国のアリスの仮装はやらないことに決まったのか?」

「それが……。
 わたしは一度断ったのですが、クラスのみなさんが妙に盛り上がってしまって……」

「まぁ、そうだろうなぁ」

 アリスがアリスの仮装をしたら、ハマるに決まっている。

 誰だって見てみたいと思うだろう。

「だ、大輔くんは……」

 気付けばアリスがもじもじしていた。

 くにくにと動く太ももが俺の首筋に当たって、少しばかりこそばゆい。

 彼女は視線を横にそらせて、少し顔を赤くしながら、つんつんと人差し指を突き合わせている。

「……ん?
 どうしたんだ、アリス」

「だ、大輔くんは、わたしがアリスの仮装をしたら、嬉しいですか?」

「ああ。
 もちろん嬉しいぞ」

「そ、そうですか……」

 それきり会話が途絶えた。

 またしばらくアリスの膝枕で、まったりした静寂を楽しむ。

「そういえばさ。
 さっき両親が、学校イベントに来てくれたことがないつってたな」

「はい。
 そうです」

「じゃあ体育祭とか、イベントのときの飯はどうしてたんだ?
 ああいうのって、父兄や友だちなんかと食うだろ」

「……食べずに、目立たないよう隅っこで座っていました」

「そっか……」

 不憫なことだ。

 きっと彼女はこういう疎外感の積み重ねで、他人との壁を作るようになっていったんだろう。

 だがいまは違う。

 アリスには俺がいる。

 というよりも、俺がアリスと一緒にいたい。

 太ももから頭を離して、ばっと起き上がった。

「きゃ。
 だ、大輔くん?」

「なぁ、アリス!
 今度の体育祭んときは、俺と飯ぃ食おうぜ。
 あ、そうだ。
 体育祭は土曜日開催だし、うちのやつらも呼ぶとするか!
 きっと頼めば雫あたりが、すげえ重箱弁当とか作ってくれるに違いねぇ」

 アリスが俺の提案に目をぱちくりさせた。

 しばらく驚いた顔をみせてから、やがて彼女はゆっくりと微笑みはじめる。

「……はい。
 今度の体育祭、楽しみですね」

「おう!
 じゃあ決まりだな!」

 話がまとまったところで、ちょうど昼休憩の終わりを告げる予鈴がなった。

「ふぁぁ。
 なんか飯食って膝枕されてたら、眠くなってきちまったな……。
 午後の授業は寝て過ごすとするか」

「だめですよ、大輔くん。
 体育祭が終わったら、すぐに一学期の中間テストなんですから、ちゃんと勉強をしないといけません」

「へい、へい。
 アリスは真面目だねぇ」

「もうっ。
 大輔くんは」

 たわいのない会話を交わしながら、俺たちは屋上を後にした。
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