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天使の歌声
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本日の授業もすべて終わり、帰宅部の俺はアリスと一緒に放課後の校内を下校していた。
「なあアリス。
今日時間があるなら、うちに寄ってかねぇか?
妹や弟たちが、そろそろまたお前を連れてこいってうるさいんだよ」
「はい。
ではお邪魔します。
わたしもみなさんにお会いしたいので」
「おう!
あいつらも喜ぶわ」
雑談を交わしながら、下校する生徒たちに紛れて帰路を歩く。
いま正門を通り過ぎた。
そしてちょうど学外へと足を踏み出したときに、背後から声をかけられた。
「待ってー!
はぁ、はぁ」
遠くからの声に振り返ると、駆け寄ってくる人影が見えた。
すらりとしたモデル体型の美人。
軽くウェーブのかかった黒髪を揺らしながら走ってくるのは、雪野みなみ先輩だ。
「ふぃー。
やっと追いついた!
遠目にふたりが帰っていくのが見えたから、急いで追いかけてきたのよぉ。
……っえい!」
先輩は駆け寄ってくるなり、アリスに飛びついた。
身体を密着させて、頬をすりすりし始める。
「んー!
アリスちゃんは今日も可愛いわねぇ!
みなみお姉さん、もうメロメロよぉ」
いきなり抱きつかれて揉みくちゃにされたアリスは、いつもながらの無表情だ。
だが俺にはわかる。
いまほんのわずかに顔をしかめた。
これはアリス的にはちょっと迷惑だと思っているときの表情だ。
「よう、みなみ先輩。
って、とりあえずアリスから離れろ」
アリスから先輩を、ていっと引き剥がす。
するとアリスはすかさず動き、そそくさと俺の背後に隠れてしまった。
「あっ⁉︎
なにするのよ大輔くん。
ああ……。
あたしのエンジェル天使ちゃんが……」
「……わたしは天使ではありません。
人間です。
こんにちは、雪野先輩」
背中に隠れたアリスが、ひょこりと顔だけだしてお辞儀をした。
隠れながらもこうしてちゃんと挨拶するあたり、アリスは律儀な性格をしていると思う。
「それで先輩。
いま追いかけてきたつってたけど、なんの用だ?」
「あ、それなんだけどね!
ねぇねぇ、あなたたちぃ。
このあと時間ある?」
「いや、今日は俺ん家にアリスを招いて――」
「もちろんあるでしょ?
あるわよね。
じゃあちょっとこれから遊びにいきましょうよ!」
みなみ先輩は、俺の話なんて聞いちゃいない。
楽しそうにあーだこーだと呟きながら、遊びの計画を立てている。
こうして結局、強引に押し切られた俺たちは、繁華街までくりだして先輩と遊んで帰ることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カラオケ店にやってきた。
ちょうどいま、みなみ先輩がマイクを握りしめて歌っている。
ここに来たのは、先輩の希望だ。
なんでも彼女は歌うことが好きらしい。
防音された狭いカラオケルームに入るなり、みなみ先輩は手慣れた様子でリモコンのパネルにタッチして、立て続けに曲を入れた。
「~~~~♪」
ノリノリな歌声に耳を傾ける。
ぶっちゃけうまい。
みなみ先輩の選曲は最新のヒットチャートに載るようなポップスから、洋楽、アニメソングまで様々だ。
ときに軽やかで朗らかに。
ときにしっとり控えめに。
ひと通りの歌を披露した彼女は、ようやく満足げに息をついて、マイクを置いた。
◇
「いやぁ、歌った歌ったぁ!
大輔くん。
あたしの歌どうだった?」
「……いや、びっくりしたっすよ。
先輩めっちゃうまいな!
これ、歌手になれるんじゃねぇか?」
「んふふー♡
それはちょっと褒め過ぎよぉ。
でも、ありがとっ」
しかし本当うまかった。
ソファに座ってじっと聴いていたアリスも、無表情ながら心なしか驚いているように思える。
「うっし!
じゃあ次は俺の番な」
曲を入れ、イントロが流れるのと同時にマイクを持って立ち上がる。
選んだ曲は『がまん坂』。
じいちゃんが好んで聴いている演歌で、とある人気時代劇の主題歌にもなった歌だ。
「大輔くん。
がんばってください」
アリスが真剣な表情で応援してくる。
とはいえカラオケで1曲披露するくらい、がんばるもなにもないのだが、俺は素直にアリスに頷いてから歌い出した。
◇
「ふぅ……」
魂をこめて熱唱した。
小さく息をはいてから、マイクをテーブルにコトンと置く。
……やはり演歌はいい。
このわずか数分の曲のなかに、男子たるものの生き様がぎゅっと濃縮されて詰まっている気がする。
「大輔くぅん。
君ってけっこう、歌うまかったのねぇ。
ばっちりコブシが効いてわよ!
ね、アリスちゃん」
「はい。
力強い歌声で、素敵です。
うっとりしました」
「まぁ選曲は、現役高校生にしてはちょっとアレだったけどね。
あははっ」
感想を述べあう彼女たちの間に戻り、ソファに座ってからアリスの手元のリモコンを覗きこむ。
「次はアリスの番だぞ。
歌う曲はもう決まったか?」
「それが、まだ決まっていません」
「歌うのが嫌って訳じゃないのよね?」
「はい。
歌ったことはありませんが、特に嫌ではないです。
ただなにを歌えばいいのかわかりません」
アリスが操作パネルをポチポチと押している。
「……あと、操作方法もわかりません」
「おう。
んじゃ、俺と一緒に選ぶとしようか。
このリモコンは、例えばここをこうしてだなぁ」
履歴画面を開いて画面を上下にスライドさせる。
「あっ。
いまの曲……」
「ん?
なんか気になる曲があったか?」
「はい。
これです」
アリスが指差した曲の題名は『カントリーロード』だった。
もとは望郷の念を歌ったアメリカのカントリーミュージックで、たくさんのミュージシャンにカバーされてきた名曲中の名曲である。
「これにします。
えっと、ここにタッチすればいいのですか?」
「そうだぞ。
ほら、マイク」
「ありがとうございます」
イントロが流れだす。
アリスは背筋を伸ばして立ち上がり、両手でマイクを握った。
◇
「~~~~♪」
澄んだ歌声が響き渡る。
「お、おい、アリス⁉︎」
俺はすぐさま彼女の美しい声に引き込まれた。
「え⁉︎
ちょ、ちょっと、アリスちゃん?」
「~~~~♪」
ノスタルジックなメロディに、アリスの透明感のある優しい歌声が重なる。
「な、なにこれ。
う、うま過ぎないかしら……」
胸にすぅっと歌声が染み込んでくるような、不思議な感覚。
柔らかな歌声が室内に満ちていく。
やがてみなみ先輩も口を閉じ、俺と一緒に彼女の綺麗な歌声に耳を傾けはじめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カラオケルームを出た。
先輩とはさっき駅で別れた。
いま俺とアリスは、当初の予定通り俺ん家へと向かっている最中だ。
「なぁ、アリス。
カラオケはどうだった?」
「楽しかったです。
ああして歌うのって、気持ちがよいものなのですね」
「そっか。
しかしなんだ。
お前って、歌うまかったんだなぁ。
みなみ先輩なんて『天使の歌声だ!』って、うるさかったじゃねえか。
あはは」
「そうなのでしょうか。
自分ではよくわかりません」
あれからアリスは、何曲も連続で先輩に歌を歌わされていた。
まったく、仕方のない先輩だ。
まぉ耳が幸せだからって、止めずに一緒に聴いていた俺も同罪ではあるのだが。
「あ、そうだ。
うちのやつらにも、アリスの歌を聴かせてやってくれよ」
「それは構いません。
ですが伴奏なしだと少し恥ずかしいです」
「ふむ。
それもそうか。
じゃあ今度、みんなでまたカラオケに行こうぜ!
そこで聴かせてやってくれ」
アリスが無言でこくりと頷く。
俺たちはそれからもあーだこーだと盛り上がりながら、肩を並べて家路を歩いた。
「なあアリス。
今日時間があるなら、うちに寄ってかねぇか?
妹や弟たちが、そろそろまたお前を連れてこいってうるさいんだよ」
「はい。
ではお邪魔します。
わたしもみなさんにお会いしたいので」
「おう!
あいつらも喜ぶわ」
雑談を交わしながら、下校する生徒たちに紛れて帰路を歩く。
いま正門を通り過ぎた。
そしてちょうど学外へと足を踏み出したときに、背後から声をかけられた。
「待ってー!
はぁ、はぁ」
遠くからの声に振り返ると、駆け寄ってくる人影が見えた。
すらりとしたモデル体型の美人。
軽くウェーブのかかった黒髪を揺らしながら走ってくるのは、雪野みなみ先輩だ。
「ふぃー。
やっと追いついた!
遠目にふたりが帰っていくのが見えたから、急いで追いかけてきたのよぉ。
……っえい!」
先輩は駆け寄ってくるなり、アリスに飛びついた。
身体を密着させて、頬をすりすりし始める。
「んー!
アリスちゃんは今日も可愛いわねぇ!
みなみお姉さん、もうメロメロよぉ」
いきなり抱きつかれて揉みくちゃにされたアリスは、いつもながらの無表情だ。
だが俺にはわかる。
いまほんのわずかに顔をしかめた。
これはアリス的にはちょっと迷惑だと思っているときの表情だ。
「よう、みなみ先輩。
って、とりあえずアリスから離れろ」
アリスから先輩を、ていっと引き剥がす。
するとアリスはすかさず動き、そそくさと俺の背後に隠れてしまった。
「あっ⁉︎
なにするのよ大輔くん。
ああ……。
あたしのエンジェル天使ちゃんが……」
「……わたしは天使ではありません。
人間です。
こんにちは、雪野先輩」
背中に隠れたアリスが、ひょこりと顔だけだしてお辞儀をした。
隠れながらもこうしてちゃんと挨拶するあたり、アリスは律儀な性格をしていると思う。
「それで先輩。
いま追いかけてきたつってたけど、なんの用だ?」
「あ、それなんだけどね!
ねぇねぇ、あなたたちぃ。
このあと時間ある?」
「いや、今日は俺ん家にアリスを招いて――」
「もちろんあるでしょ?
あるわよね。
じゃあちょっとこれから遊びにいきましょうよ!」
みなみ先輩は、俺の話なんて聞いちゃいない。
楽しそうにあーだこーだと呟きながら、遊びの計画を立てている。
こうして結局、強引に押し切られた俺たちは、繁華街までくりだして先輩と遊んで帰ることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カラオケ店にやってきた。
ちょうどいま、みなみ先輩がマイクを握りしめて歌っている。
ここに来たのは、先輩の希望だ。
なんでも彼女は歌うことが好きらしい。
防音された狭いカラオケルームに入るなり、みなみ先輩は手慣れた様子でリモコンのパネルにタッチして、立て続けに曲を入れた。
「~~~~♪」
ノリノリな歌声に耳を傾ける。
ぶっちゃけうまい。
みなみ先輩の選曲は最新のヒットチャートに載るようなポップスから、洋楽、アニメソングまで様々だ。
ときに軽やかで朗らかに。
ときにしっとり控えめに。
ひと通りの歌を披露した彼女は、ようやく満足げに息をついて、マイクを置いた。
◇
「いやぁ、歌った歌ったぁ!
大輔くん。
あたしの歌どうだった?」
「……いや、びっくりしたっすよ。
先輩めっちゃうまいな!
これ、歌手になれるんじゃねぇか?」
「んふふー♡
それはちょっと褒め過ぎよぉ。
でも、ありがとっ」
しかし本当うまかった。
ソファに座ってじっと聴いていたアリスも、無表情ながら心なしか驚いているように思える。
「うっし!
じゃあ次は俺の番な」
曲を入れ、イントロが流れるのと同時にマイクを持って立ち上がる。
選んだ曲は『がまん坂』。
じいちゃんが好んで聴いている演歌で、とある人気時代劇の主題歌にもなった歌だ。
「大輔くん。
がんばってください」
アリスが真剣な表情で応援してくる。
とはいえカラオケで1曲披露するくらい、がんばるもなにもないのだが、俺は素直にアリスに頷いてから歌い出した。
◇
「ふぅ……」
魂をこめて熱唱した。
小さく息をはいてから、マイクをテーブルにコトンと置く。
……やはり演歌はいい。
このわずか数分の曲のなかに、男子たるものの生き様がぎゅっと濃縮されて詰まっている気がする。
「大輔くぅん。
君ってけっこう、歌うまかったのねぇ。
ばっちりコブシが効いてわよ!
ね、アリスちゃん」
「はい。
力強い歌声で、素敵です。
うっとりしました」
「まぁ選曲は、現役高校生にしてはちょっとアレだったけどね。
あははっ」
感想を述べあう彼女たちの間に戻り、ソファに座ってからアリスの手元のリモコンを覗きこむ。
「次はアリスの番だぞ。
歌う曲はもう決まったか?」
「それが、まだ決まっていません」
「歌うのが嫌って訳じゃないのよね?」
「はい。
歌ったことはありませんが、特に嫌ではないです。
ただなにを歌えばいいのかわかりません」
アリスが操作パネルをポチポチと押している。
「……あと、操作方法もわかりません」
「おう。
んじゃ、俺と一緒に選ぶとしようか。
このリモコンは、例えばここをこうしてだなぁ」
履歴画面を開いて画面を上下にスライドさせる。
「あっ。
いまの曲……」
「ん?
なんか気になる曲があったか?」
「はい。
これです」
アリスが指差した曲の題名は『カントリーロード』だった。
もとは望郷の念を歌ったアメリカのカントリーミュージックで、たくさんのミュージシャンにカバーされてきた名曲中の名曲である。
「これにします。
えっと、ここにタッチすればいいのですか?」
「そうだぞ。
ほら、マイク」
「ありがとうございます」
イントロが流れだす。
アリスは背筋を伸ばして立ち上がり、両手でマイクを握った。
◇
「~~~~♪」
澄んだ歌声が響き渡る。
「お、おい、アリス⁉︎」
俺はすぐさま彼女の美しい声に引き込まれた。
「え⁉︎
ちょ、ちょっと、アリスちゃん?」
「~~~~♪」
ノスタルジックなメロディに、アリスの透明感のある優しい歌声が重なる。
「な、なにこれ。
う、うま過ぎないかしら……」
胸にすぅっと歌声が染み込んでくるような、不思議な感覚。
柔らかな歌声が室内に満ちていく。
やがてみなみ先輩も口を閉じ、俺と一緒に彼女の綺麗な歌声に耳を傾けはじめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カラオケルームを出た。
先輩とはさっき駅で別れた。
いま俺とアリスは、当初の予定通り俺ん家へと向かっている最中だ。
「なぁ、アリス。
カラオケはどうだった?」
「楽しかったです。
ああして歌うのって、気持ちがよいものなのですね」
「そっか。
しかしなんだ。
お前って、歌うまかったんだなぁ。
みなみ先輩なんて『天使の歌声だ!』って、うるさかったじゃねえか。
あはは」
「そうなのでしょうか。
自分ではよくわかりません」
あれからアリスは、何曲も連続で先輩に歌を歌わされていた。
まったく、仕方のない先輩だ。
まぉ耳が幸せだからって、止めずに一緒に聴いていた俺も同罪ではあるのだが。
「あ、そうだ。
うちのやつらにも、アリスの歌を聴かせてやってくれよ」
「それは構いません。
ですが伴奏なしだと少し恥ずかしいです」
「ふむ。
それもそうか。
じゃあ今度、みんなでまたカラオケに行こうぜ!
そこで聴かせてやってくれ」
アリスが無言でこくりと頷く。
俺たちはそれからもあーだこーだと盛り上がりながら、肩を並べて家路を歩いた。
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