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猫画像と顔文字

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 夜中。

 自分の部屋でゴロゴロしていると、スマートフォンがピコンとなった。

 どうやらまた、アリスからのメッセージが届いたようだ。

 彼女はここ数日、おはようとおやすみなさいのメッセージを欠かさずに投げてくる。

 だが今回はそれとは違って、ただの雑談だった。

『大輔くん、こんばんは。
 添付の画像を見てください。
 マリアです(*´꒳`*)』

 サムネイル表示をタップする。

 彼女からのメッセージには、あの白い子猫が楽しそうにおもちゃで遊んでいる画像が添付されていた。

『こんばんは。
 こいつも結構でかくなってきたなー』

『体重もぐんぐん増えています。
 もう2キロ近くもあるんですよヽ(゜ー゜*ヽ)(ノ*゜ー゜)ノ』

『そりゃすげぇな。
 しかしアリス。
 いつの間に、メッセージに画像を添付する方法なんて憶えたんだ?』

 自慢ではないが、俺もアリスも高校生にあるまじきほどの、相当な機械音痴だ。

 初めの頃は、メッセージを投げ合うだけでも四苦八苦していたのである。

『クラスの女子のみなさんに、やりかたを教えていただきました( ^ω^ )』

『そうか。
 仲良くやってるみたいだな』

 先日学校の屋上で、A組の女子たち3人を交えて和気藹々わきあいあいと昼食を摂った。

 アリスが言うには、あれからクラスのほかの女子たちも、授業の合間の休憩時間なんかにちょくちょく話しかけてくるようになったらしい。

 交友関係が広がって、大変良いことだと思う。

 特に彼女の場合は、一回500円のあの変な噂もある。

 だから本当のアリスはこんなに純粋で、噂されるような変なやつじゃないんだってことを、俺はみんなに知ってもらいたいと考えていた。

『……ところで、アリス』

『はい。
 なんですか、大輔くん(๑>◡<๑)』

『さっきから気になっていたんだが……。
 その顔文字はなんだ?』

『これもクラスのみなさんに教えてもらいました(≧∀≦)
 なんでもこのようにして文末に顔文字をつけると、相手に好意が伝わりやすいのだそうです(^_-)-☆』

 なるほど。

 ホントにアリスは、クラスメートと仲良くやれているようだ。

 嬉しくなってくる。

 だが、この顔文字は少々鬱陶しい。

『伝わっていますか?\(//∇//)\』

『……つまり、アリスは俺に好意を伝えようとしてくれているわけか?』

『そうです(//∇//)』

『……そうか。
 あんがとよ。
 でも、俺とのやり取りでは顔文字は禁止だ』

『……?
 なぜですか?ヾ(゜0゜*)ノ』

『気持ちはありがてぇんだがな。
 とにかく、禁止だ』

 返信メッセージが、少しの間途切れる。

 しばらくすると、またピコンとメッセージが着信した。

『……わかりました。
 実はわたしも、少々無理をしていました』

『だろ?
 やっぱりこっちのほうが落ち着くわ。
 それはそうと、アリス。
 クラスのやつらと話すの、楽しいか?』

『はい。
 とてもよくして頂いていますし、みなさん良いかたですから』

『そっか。
 ならこれからは、クラスのやつらと昼飯を食うか?』

 ここ最近、俺は毎日のようにアリスを誘って昼の時間を一緒に過ごしていた。

 だが彼女の交友関係を思えば、俺は少し遠慮したほうがいいのかもしれない。

『……いえ。
 お昼はいままで通り、大輔くんと一緒がいいです』

『それでいいのか?』

『はい。
 クラスのみなさんが仲良くしてくれて嬉しいという気持ちは、たしかにありますが、大輔くんは特別ですから』

 アリスにとって俺は特別……。

 なんだか嬉しくなってくる。

 俺も男だし、好きな女子からそう言われると悪い気はしない。

『わかった。
 じゃあ、昼はいままで通り、ふたりでのんびりしようぜ』

『はい。
 よろしくお願いします。
 あ、そろそろ就寝の時間です。
 それでは大輔くん。
 おやすみなさい』

『おう。
 おやすみ!』

 スマートフォンを枕元に置く。

 アリスとのやりとりで幸せな気分になったまま、俺は布団に身を横たえた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌日の朝。

 ホームルーム前の教室で、担任教師がくるのをぼんやりしながら待っていると、時宗が俺の席までやってきた。

「おはよう、大輔」

「おう、時宗。
 おはよう。
 どうしたんだ?」

「話がある。
 ちょっと廊下に出れるか?」

 ホームルーム開始までまだ10分ほどある。

 俺は頷いてから、時宗に続いて教室を出た。

 朝の廊下は、登校してくる生徒たちでガヤガヤとうるさい。

 少し離れた場所まで歩いていくと、時宗がおもむろに話し出した。

「まえに調べると話していた、西澄の噂についてだが……」

 あの話か。

「……なにかわかったのか?」

 俺は表情を引き締めて、話の続きを促した。

「うむ。
 あの噂の出所は野球部だ。
 田中大翔ひろとという名の、俺たちと同じ2年の男子が中心になって、噂を広めている」

 田中大翔。

 以前、アリスとのデートの最中に絡んできたあいつだろう。

「……なんでその田中って野郎は、そんなくだらねぇ噂を広めてるんだ?」

「それについても調べはついてある。
 くだんの田中という男は、1年の頃に西澄に告白して断られている。
 その逆恨みだ。
 あと、どうやら田中は、西澄を呼び出して『噂を広められたくなければ、俺と付き合え』と彼女を脅したことがあるらしい」

「……ふぅん。
 アリスを脅迫ねぇ」

 不意に脳裏に浮かぶ。

 得意げな顔で放課後の教室から出てきた田中と、泣いていたアリス。

「……いい度胸じゃねぇか」

 胸の奥に真っ赤な火が灯る。

 凶暴な表情になり始めた俺をみて、時宗が眉をしかめた。

「おい大輔。
 なにをするつもりだ?」

「なぁに。
 大したこっちゃねえ。
 その田中とか言うのに、因果応報ってもんを身をもって味わわせてやろうかと思ってな」

「……はぁ。
 まったく、お前ときたら……」

 時宗が呆れたとばかりにため息をついた。

「短慮もほどほどにしておけ。
 お前は以前に一度、理由はどうあれ暴力事件で停学処分を受けているだろう。
 ここでまた暴利沙汰を起こしたらどうなる。
 下手をすれば退学だ。
 それを西澄が、喜ぶとでも思っているのか?」

「…………むぅ」

「まったく……。
 お前が先にどこかから情報を掴んで暴走する前に、いそいで釘を刺しにきてよかったよ」

 ホームルーム開始前の、予鈴のチャイムが鳴った。

「この件はしばらく俺に預けろ。
 いいな?
 悪いようにはしないから、大輔は大人しくしておけ」

「……ちっ。
 わぁったよ」

 俺がしぶしぶ了承するのを確認してから、時宗はA組へと戻っていった。
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