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興奮した先輩と怯えるアリス

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 時刻はちょうど昼どきだ。

 せっかくだしみんなには、うちで昼飯を食べていってもらおう。

 一足先に玄関に踏み込む。

「……あれ?
 じいちゃんの草履がねぇな」

「おじいちゃんなら、ふらっと出かけていったよ。
 お昼はいらないって」

「そっか。
 親父は今日も仕事でいねぇし、ふたりとも気楽にできていいかもしんねぇな。
 とりあえず上がってくれ」

 振り返ってみなみ先輩と時宗に声を掛けた。

「はぁい。
 お邪魔しまーす」

「ああ。
 邪魔しよう」

 何気にこのふたりが俺ん家に遊びにくるのは、これが初めてだ。

 時宗はうちに来てもいつもと変わらず超然としたままだが、先輩は物珍しげに我が家を見回している。

「ふぅーん。
 歴史を思わせる和のお家って感じねぇ。
 ふふっ。
 大輔くんっぽい。
 なんだか素敵ねっ」

「歴史っつーか、古いだけだな。
 取りあえずみんな、こっち来てくれ」

 玄関口からぞろぞろと居間に移動した。

 ◇

 居間で大人数でガヤガヤしていると、2階から明希と拓海が連れ立って降りてきた。

「お帰り、大輔にぃ。
 あれ?
 って、誰⁉︎
 このイケメン眼鏡のひと、大輔にぃの友だち⁈
 ふわぁ……。
 すっごいかっこいい!」

「うぉー!
 にぃちゃんがまた、別嬪のねぇちゃんを連れてきた!
 なんでにぃちゃんばかりモテやがる!
 いったいどうなってんだ!」

 うるさいふたりが増えて、居間は更に騒がしくなる。

 ふと気がつくと、アリスが俺の背中に隠れてこそこそしていた。

 なんか小動物みたいで可愛い。

 でも、なんで隠れてるんだろう。

「とりあえずお前ら、静まれ!
 まとめて紹介するぞ。
 こっちは俺の妹と弟たちで、端から北川家長女の雫、次女の明希、末っ子の拓海。
 そんでこっちは俺のダチで、ひとつ上の雪野みなみ先輩に、同い年の財前時宗だ」

 ひと息に紹介してしまう。

 みんなも互いに頭を下げあって自己紹介を始めた。

 あとはさっきから、俺の背後に隠れたままのこいつなんだが……。

「アリス。
 ほら、隠れてないで自己紹介しねぇと。
 時宗は同じクラスだから知ってるよな」

「……はい」

「じゃあこっち。
 俺のダチで、雪野みなみ先輩だ。
 いいひとだぞ」

「はぁ、はぁ……。
 雪野みなみよぉ。
 ア、アリスちゃん、よろしくねぇ。
 はぁ、はぁ……」

 背中に隠れたアリスがビクッと震えた。

「どうしたんだよ、アリス。
 自己紹介しかえさねぇと」

「……怖い。
 その女のひと、目が怖いです。
 尋常な目ではありません」

「……ん?
 なに言ってんだ。
 先輩がそんなわけ――」

 ふと見ると、みなみ先輩は鼻息を荒くして酷く興奮していた。

 両手をわきわきさせながら身を乗り出し、俺の背後に隠れたアリスを凝視している。

「う、うぉ⁉︎
 せ、先輩どうしたってんだよ!
 目がっ。
 目が怖えぞ!」

「はぁ、はぁ……!
 ア、アリスちゃぁん。
 こ、こんな可愛い子が、この世に存在したなんて……!
 奇跡的な美少女!
 ギュッて抱きしめて、全身くまなく撫で回したくなるわぁ」

 先輩は完全におかしくなっていた。

 こんな彼女を見るのは俺も初めてだ。

 醸し出す変態っぽい雰囲気に、軽く引き気味になる。

「ね、ねぇ大輔くん。
 アリスちゃんをこっちに渡してくれないかしら?
 へ、変なことはしないから。
 うふ……。
 うふふふふふ……」

「――ひぅ⁉︎」

 アリスが怯えて縮こまった。

 後ろから俺の服の裾を掴んで、ぶるぶると震えている。

「こ、怖いです」

「だ、だめだ!
 アリスは渡せねぇ。
 いまの先輩、なんかおかしくなっちまってんぞ!
 目を覚ませ!」

「はぁ、はぁ……。
 おかしい?
 このあたしの、どこがおかしいっていうの?
 あたしは至って普通よぉ。
 さ、アリスちゃんをこっちに渡しなさい」

 こいつはやべぇ……。

 先輩から怪しげな匂いがぷんぷん漂ってきやがる。

「だ、大輔くん……!
 怖い。
 怖いです!」

 キュッと二の腕を掴まれる。

 俺はアリスを庇いつつ、背後を振り返って頷いた。

「大丈夫だ。
 安心しろ、アリス」

「は、はい」

 ふたたび前を振り向く。

 するともうそこには、みなみ先輩の姿はなかった。

「――はっ⁉︎
 いつの間に消えた!
 せ、先輩は……⁈」

「きゃあ!」

 背後から悲鳴があがった。

 わずかな隙をついてあっという間に移動していたみなみ先輩が、アリスに抱きついていた。

「はぁ、はぁ……!
 アリスちゃぁん。
 ほっぺた、ぷにぷにぃ。
 はぁ!
 はぁ!
 か、かか、髪の毛、さらさらぁ♡」

「やめっ!
 やめてください……!」
 いやっ。
 大輔くんっ。
 大輔くぅん!」

「ちょ⁉︎
 なにやってんだ先輩!」

 なんとかしてアリスから先輩を引き剥がす。

 引き離されたあとも先輩は、鼻息を荒くしたままだ。

 弄ばれてしまったアリスは細い体を両腕で抱きしめて、ぶるぶると震えていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 顔合わせも終わり、みなみ先輩と時宗は帰っていった。

 先輩はずっとアリスを狙い続けていたが、俺の必死のガードが功を奏し、あの後は先輩がアリスに抱きつけることはなかった。

 まったく……。

 先輩にあんな変態的な一面があったとは、想像もしなかった。

 これは今後、少し警戒するべきかもしれない。

 ◇

 そういえばあの後、みんなで昼飯を食べた。

 メニューは肉じゃがで、雫の指導を受けてアリスが作ったらしい。

 味のほうは、なかなかのものだった。

 雫もアリスならきっと、すぐに料理がうまくなると太鼓判を押していた。

 ほかに変わったことと言えば、明希が瞳をハート型にしながら時宗にべったりとくっついていたことくらいか。

 時宗のやつはイケメンだから明希が熱をあげるのも頷けるが、明希と仲の良い拓海は、ずっと面白くなさそうにしていた。

 あとでちょいと、フォローしておいてやろう。

 ◇

「おう、アリス。
 隣いいか?」

 縁側に座り、ゆっくりとお茶を飲んでいるアリスに声を掛ける。

「はい。
 どうぞ」

「あんがとよ」

 隣に腰掛け、俺も茶を啜る。

「なんだか今日はバタバタしちまったなぁ。
 悪りぃな」

「……いえ。
 やっぱり今日も楽しかったです」

「先輩のあれも?」

「……ぅ」

 アリスが言葉に詰まった。

 しかしこほんと咳払いをして、彼女は話を続ける。

「雪野先輩も、です。
 たしかにすこし苦手なところはありますが、きっとあの方は悪いひとではありませんから」

「そっか。
 そう言ってもらえると助かる。
 先輩も、時宗も、俺の大事なダチだからよ」

 アリスが無言でこくりと頷いた。

 なんとなく会話が途切れる。

 俺も口を噤んで、ただ縁側でのんびりする。

 さっきまでのような騒がしいのもいいけれど、こういう静かな時間も、これはこれでいいものだ。

 アリスの隣で茶を啜りながら、俺はそんなことを思った。
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