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北川家の食卓

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 西澄を連れて家に帰ってくると、玄関の前で明希とばったり出くわした。

「よう。
 ただいま」

「あ、お帰り大輔にぃ。
 うんしょっと」

「なんだ、重そうな買い物袋だな。
 なにを買ってきたんだ?
 貸せよ、持ってやる」

「ありがと。
 雫ねぇに頼まれて、そこのスーパーまでハンバーグ用のソースとか、色々買い……に……」

 俺に袋を手渡してきた明希が、背後に控えていた西澄の存在に気づいた。

 ぽかんと口を開けて、彼女を見つめている。

「……妖精さん?」

「なんだそりゃ。
 こっちは俺の友だちで西澄ってんだ。
 今日はうちで一緒に晩飯でもと思って、誘ってきたんだよ」

 後ろの西澄を振り返り、妹を紹介する。

「こいつは北川明希ってんだ。
 中学にあがったばっかの、下の妹だ」

「……こんばんは。
 西澄アリスです」

 西澄がペコリと頭を下げると、途端に明希はあわあわと慌て始めた。

「う、うわっ。
 喋った!」

「いや、そりゃ喋るだろう」

「あわ……、あわわわわ……。
 た、大変だ。
 大輔にぃが……。
 大輔にぃが、女のひと連れてきたぁ!
 それも妖精みたいに綺麗な女のひとぉ」

 明希はバタバタと走って、家のなかに消えていった。

「あっ、おいコラ!
 ちゃんとお前も挨拶しねぇか!
 待て明希!」

 呼び止めようと声を張り上げるも、もう遅い。

「ちっ、明希のやつ。
 礼儀がなってねぇ……。
 なんか、すまねぇな、西澄」

 もう一度背後を振り返って、ガシガシと頭を掻く。

 彼女はとくに気にした様子もなく、無表情でこくりと頷いてくれた。

「んじゃあ気を取り直して……。
 ようこそ、西澄。
 ここが俺ん家だ。
 さ、上がってくれ」

 ガラガラっと玄関の引き戸を開けて、彼女を家のなかへと案内する。

 すると廊下の奥からバタバタと足音が聞こえてきて、末の弟の拓海が現れた。

「うぉお!
 にいちゃんがエルフを連れてきたって、本当か⁉︎
 って、マジだ!
 すげぇ!」

 拓海は急に現れたかと思うと、急にぴたっと動きを止めた。

 西澄を指差して、わなわなと震えている。

「……はぁ?
 エルフってなんだ?
 つか訳わかんねぇこと言うんじゃねーよ。
 それより拓海、ちゃんと挨拶しろ。
 こっちが俺の友だちの――」

「……天使!
 にいちゃんが、天使を連れてきたぁ!
 すげぇ!」

 叫びながら拓海はドタドタと足音を立てて、奥に引っ込んだ。

「だから待て!
 拓海、このチビ!」

 少しすると、拓海は今度は明希と一緒に、玄関まで戻ってきた。

「アッキー、よく見てみろって!
 天使さまだ!」

「ちっがうわよ!
 ほんとバカね、拓海は。
 このひとは妖精さんよ!
 エルフよ!
 それもただのエルフじゃないわ……。
 きっとハイエルフとか、エンシェントエルフとか、そういう凄いやつ!」

「はぁ⁉︎
 そっちこそバカじゃないのか?
 どうみても天使さまじゃんか!
 それか女神さま!」

 我が弟妹たちは今日も騒がしい。

 西澄を指差しながらぎゃあぎゃあと騒ぐふたりを見守っていると、廊下の奥から今度は雫が顔を出した。

「もうっ。
 明希、拓海。
 ふたりともあんまり騒いだら、ご近所さんに迷惑になるでしょう」

 雫は割烹着を着て、おたまを手に持っている。

 どうやらまだ料理中だったようだ。

「あ、お兄ちゃん。
 おかえりなさい。
 それで、さっき電話で連れてくるって言ってたお友だちの……ひと、は……」

 西澄の存在に気づいた雫が、言葉を途切れさせる。

 その反応がいまさっきの明希とそっくりで、やっぱりこいつら姉妹なんだなぁとか、俺は妙に納得してしまった。

「おう、ただいま。
 んでこっちが、電話しておいた俺の友だちだ」

「……西澄アリスです」

 西澄が丁寧に頭を下げる。

「……あ。
 こ、これは、どうも。
 わ、わたし、北川雫です。
 中学3年生です」

 雫はぽかんとしながらも、きちんとお辞儀をして、挨拶を返した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 今日の夕飯は雫特製の手ごねハンバーグだ。

 食卓のある居間には、じいちゃんもいる。

 じいちゃんと西澄の顔合わせは、ついさっき済ませた。

「みんなぁ。
 お夕飯並べていくから、座ってねー」

 和室の居間の大きな座卓に、俺たち家族と西澄の計6人で座る。

 残念ながら、親父は今日も仕事でいない。

「……はい、お兄ちゃん。
 これ、お兄ちゃんのハンバーグね」

 雫から皿が差し出された。

「えっと……。
 に、西澄さんもどうぞ。
 こっちのお皿です」

 西澄が雫から料理を受け取るのを眺めてから、自分の皿に目を落とす。

 だが、どうにもおかしい。

「……おい、雫。
 なんで俺のハンバーグだけ、みんなより小せえんだよ?」

「……気のせいじゃない?」

「いや、これどう見ても気のせいとか言うレベルじゃねぇだろ!
 半分サイズじゃねぇか。
 テメェのと変えやがれ!」

「いやっ!」

 なぜか嫌がらせをしてきた雫と言い争っていると、隣に座っている西澄に袖を引かれた。

「……北川さん、北川さん」

「お、おう。
 なんだ?」

「どうぞ。
 わたしのと交換しましょう」

 自分のハンバーグを俺に差し出してきた彼女をみて、雫が焦り始めた。

 ちなみに西澄のハンバーグは俺のと違って、普通のサイズである。

「あ、待って!
 西澄さんはそれ食べてください。
 お兄ちゃんのぶんは、大丈夫ですからっ」

 西澄はこくりと頷いてから、皿を引っ込める。

「明希、拓海。
 お皿出しなさい。
 ちょっとずつハンバーグわけて」

「えー、やだよぉ。
 雫ねぇのをあげればいいじゃん」

「死守!
 おれのハンバーグは、誰にも渡さない。
 だって、おれのだかんな!」

 相変わらず我が家の食卓は、食べる前から大騒ぎだ。

 俺はじっとみんなを眺めている西澄に、ため息混じりに話しかけた。

「……なんか悪りぃな。
 騒がしくてよ」

「……いえ。
 悪くありません。
 むしろ、なんだか楽しいです。
 いつもこんな感じなのですか?」

「まぁ、だいたいこんな感じだな。
 それより、楽しい?」

「はい。
 楽しいです。
 だって、家でのご飯はいつも音がなくて、寂しいだけですから……」

「……そっか」

 西澄は目を細めて、賑やかな俺の家族を眺めている。

 なんとなく俺も一緒に騒ぎを眺めた。

 たしかにここには、寂しさなんて微塵もなかった。

「あっはっは!
 元気があっていいじゃねぇか」

 いままで黙ってみんなを眺めていたじいちゃんが、急に笑いだした。

「でも今日はお客もいるんだ。
 オメェら、そろそろ落ち着かねぇか」

 騒がしかった弟妹たちがようやく静まる。

「じゃあ飯にするか。
 ほれ、大輔。
 お前には俺のハンバーグをわけてやらぁ」

「おう。
 悪りぃな、じいちゃん。
 じゃあ腹も減ったし、もう食おうぜ。
 いただきます」

「いただきまぁ――」

「へへ!
 アッキーのハンバーグ、いっただきぃ!」

「こら!
 拓海っ」

 またすぐに食卓が騒がしくなる。

「はぁぁ……。
 しょうがねぇやつらだ。
 少しも落ち着いてらんねぇのか。
 悪りぃな、西澄。
 こいつらのことは気にせず、お前も食ってくれ」

 西澄がこくりと頷き返してくる。

 彼女は小さく「いただきます」と呟いてから、晩飯に手をつけ始めた。
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