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ファミレス会議

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 正門にやってきた。

 だが少しはやく着いてしまったようで、まだみなみ先輩や時宗の姿は見えない。

 門にもたれかかり、帰宅部の生徒たちをぼーっと眺める。

「ん?
 あいつは……」

 帰路につく学生たちのなかに、目立つ金髪を見つけた。

 西澄アリスだ。

「おう、西澄。
 いま帰りか?」

「……そうですが、なにか用でしょうか?」
  
 返事はあるものの、相変わらず反応がそっけない。

「いや、姿が見えたから声を掛けただけで、特に用はねぇんだ。
 あ、そうだ。
 あのバカ猫は元気にしてるか。
 あいつ放浪癖があるみたいだし、またいなくなったりしてないか?」

「大丈夫です。
 それにバカ猫じゃなくてマリアです。
 賢いです」

「そっか」

「そうです」

 またすぐに会話が終わってしまった。

 俺たちはふたりして沈黙してしまい、どうにも間が持たない。

「……それでは」

「あ、ああ。
 気をつけて帰れよ」

 西澄は軽く会釈だけして帰っていった。

「んー、会話が弾まん。
 こんなんで、あいつを笑顔にできるのかねぇ」

 遠くなっていく彼女の背中を見送りながら、俺は小さくため息をついた。

 ◇

 ほどなくすると、正門にみなみ先輩がやってきた。

「お待たせー。
 ごめんね。
 ホームルームが長引いちゃって。
 ……あら?
 大輔くんだけ?
 財前くんは?」

「まだ来てないっすよ。
 でも多分、もうすぐ来るんじゃねぇかなぁ」

 さっき、帰っていった西澄は時宗と同じ2年A組だ。

 ならA組のホームルームは終わっている。

 まぁ時宗のことだから、きっと教師に用事でも頼まれているのだろう。

「そっかぁ。
 じゃあ、ちょっと待ちましょうか。
 ……よいしょ」

 すぐ隣に先輩が並んで、俺と同じように校門脇の塀にもられかかった。

 やたらと距離が近い。

 二の腕が触れそうなくらい寄り添いあった俺たちを、帰宅していく生徒がジロジロと眺めていく。

「ちょっと先輩。
 近いって。
 みんな見てるじゃねぇか」

「別にいいじゃない」

「よかねぇよ。
 俺はともかく、先輩に変な噂が立ったらどうすんだ」

「んー?
 変な噂って、どんな噂ぁ?
 あたしは別に構わないけどなぁ。
 むしろ嬉しいくらい。
 大輔くんは、あたしと噂されるの嫌なわけ?」

 みなみ先輩は上体を屈め、下から俺の顔を見上げてきた。

 からかうような上目遣いだ。

 制服の胸元から、彼女の白い鎖骨がちらりと覗く。

「い、嫌っつーか。
 俺は先輩のことを思ってだなぁ」

 ぶっきらぼうに言い放ちながら、視線を逸らした。

 もしかするといま俺は、少しばかり頬が赤くなっているかもしれない。

 逸らした視線の向こうに、時宗の姿が見えた。

「お、時宗だ。
 あいつ、ようやくきやがった」

「……ちぇ。
 もう来ちゃったかぁ。
 あと少し大輔くんをからかっていたかったなぁ」

「……先輩、あんた。
 やっぱり俺で遊んでやがったのか」

「あははっ。
 バレちゃった?
 ごめん、ごめん」

 まったく悪びれた様子もなく、先輩は悪戯っぽく笑っている。

「すまん。
 待たせたな、ふたりとも」

 3人揃った俺たちはファミレスへと向かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ファミレスの6人掛けテーブル席に座る。

 店員さんがオーダーを取りにやってきた。

「ご注文、お決まりでしょうかぁ?」

「あたし、フォンダンショコラとドリンクバー。
 ふたりはどうする?」

 自慢ではないが、友人のいない俺は普段ファミレスなんかに来ることはない。

 だからこういうとき、なにを頼めばいいのか知らない。

「俺ぁ先輩に任せるわ」

「なら俺もそうしよう」

 時宗も俺に続く。

「じゃあ、ふたりにもドリンクバーと……。
 あと、山盛りポテトフライください」

「かしこまりましたぁ」

 店員さんが去っていく。

 俺たちはドリンクバーで飲み物を入れてから、また席に戻ってきた。

 ◇

「さて。
 じゃあ今日の本題に入りましょう」

 先輩が口火を切った。

「結論から言うわ。
 その西澄アリスちゃんって子。
 きっと寂しがり屋なんだと思う」

「……寂しがり?
 むしろ俺には、あいつが自分から一人になろうとしてる風に見えるが。
 なぁ。
 時宗だってそう思うだろ?」

「たしかに。
 クラスでの西澄は、自分から誰かに話しかけたことは一度もない。
 自らすすんで、みんなとの間に壁を作っているように思える」

「それは彼女が、他人との接し方を知らないからよ」

 そんなものなのだろうか。

 俺にはよくわからない。

「で、先輩。
 結局、俺はどうすればいいんだ?」

「えっと……。
 大輔くんはたしか、つい最近、彼女の家にあがったことがあるのよね」

「ああ。
 少し前に邪魔した。
 でっかいだけで、冷たくてがらんどうみたいな家だったよ」

「なら無理にでも理由をつけて、これからも彼女の家に押しかけなさい。
 話が弾まなくても、一緒にいるだけでいいの。
 そうすればきっと、自然とアリスちゃんの孤独感は癒されていくはずだから」

 そんなものなのだろうか。

 やはり俺にはいまいちピンとこないが、先輩の言うことだしきっと正しいのだろう。

 曖昧にうなずく。

「あと、アリスちゃんの話で気になることって言うと、『一回500円』の噂ね……」

「ああ、その噂か。
 俺もお願いしたことがあるよ」

 みなみ先輩が、ジト目で俺を流し見てきた。

「……まさか、変なお願いはしていないわよね?」

「す、するわけねぇだろ!
 猫探しの手伝いと、一緒に昼飯を食ってくれるように頼んだだけだし!」

「……一緒にお昼ぅ?」

 先輩はいぶかしげな眼差しを俺に向けたままだ。

 彼女は美人だし、こうして見られると、いかがわしい事などなくても胸がドキドキしてしまう。

 しばらく俺を眺めていた先輩が、ふぅとため息を吐いてから視線を外した。

  
「……まぁいいわ。
 ところでこの噂って、なにか発端があるのかしら?
 悪意に満ちた噂よね。
 聞く限りのアリスちゃんの性格だと、これはきっと根も葉もない噂だと思う。
 彼女も相当傷ついているはずだわ」

 先輩の言葉にハッとした。

 俺は今まで噂を根拠に、安易な考えで西澄に願いごとをしてきたが、もしかして知らないうちに彼女を傷付けてしまったのだろうか。

 思わず眉をしかめる。

 自省する俺を眺めて、みなみ先輩の瞳が優しく細まった。

 いままで黙って話を聞いていた時宗が、口を開く。

「たしか1年の頃にはもう、噂されていたな。
 よし。
 出所については、俺のほうで調べてみよう」

「ああ。
 手間をかけさせて悪りぃけど、頼むよ」

 時宗が頷いた。

 これで大体の方針は決まりだ。

 集まってくれたふたりに礼を言ってから、この場は解散となった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大輔たちが帰ったあとのファミレスに、雪野みなみが残っていた。

「またなにかあれば相談しにこい」

 そう言って、笑顔で後輩男子たちを送り出した彼女は、ひとりになってからようやく微笑みの仮面を脱ぎすてる。

 沈痛な面持ちで、深くソファの背もたれにもたれ掛かり、細く長く、息を吐き出した。

「……ふぅぅ。
 あ~ぁ、失恋しちゃったかぁ……」

 みなみは大輔に想いを寄せていた。

 大輔はまだはっきりと自覚していないみたいだが、あれはきっと恋である。

 そしてその想いは自分には向けられていない。

 大輔が恋に落ちた相手は、西澄アリスとかいう自分とは別の誰かだった。

「よりにもよって、あたしに恋愛相談を持ってくるなんて……。
 大輔くんも酷いわよねぇ」

 思わず愚痴が口をつく。

 みなみは大輔が好きだ。

 彼に助けられてから、ずっとみなみは大輔のことを見てきた。

「まぁ、大輔くんを悲しませたくないし、相談にはきっちりのりますけどね。
 でも……。
 はぁぁ……」

 思わずテーブルに突っ伏した。

 しばらくそうしていじけていた彼女は、やがて突然元気を取り戻してから身体を起こした。

「いや、まだよ!
 諦めるな、あたし!
 応援は本気でする。
 でも……。
 それでもうまくいかなかったときは、あたしが大輔くんを慰めてあげるのよ……!」
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