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第一話 南の島で年下の彼と再会しました。

第一話⑩②

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 BAR南風ぱいかじを訪れた翌日。
 私は少し浮かれ気分でそわそわしていた。
 だって今日は、喜友名くんに観光案内をしてもらえることになったのだ。

 時刻は朝の9時半。
 旅先ゆえに数少ない衣装の中から精一杯の組み合わせを選んでおしゃれをした私は、宿泊先のホテルの一階ロビーでソファに浅く腰掛けている。
 ここで彼を待っているのである。
 落ち着かないまま、何度もコンパクトミラーを開いては、小さな鏡に映った自分と睨めっこする。

「えっと、おかしな所はないよね?」

 髪や顔を入念にチェック。
 うん、大丈夫。
 早起きしてちゃんと時間をかけて準備した甲斐あって、お化粧も髪もバッチリである。

「うん。オッケー」

 エントランスの外を眺めると、ちょうど一台のSUV車が入ってくるのが見えた。
 運転席にいるのは喜友名くんだ。

「き、来た……!」

 なんだか顔が赤くなる。
 というのも観光案内とはいえ私は男の人と二人きりで出掛けるなんて初めてだから、多少ドキドキしてしまうのは仕方がないだろう。
 喜友名くんの横顔を遠くから眺めながら、ひっそりと高鳴る胸を手のひらで押さえる。

「お、落ち着けー。落ち着くのようた! 別にデートって訳じゃないんだし」

 すぅはぁと幾度か深呼吸をしてから気持ちを落ち着ける。
 そうしてようやく普段通りの自分を装えるようになってから、私は腰をあげ、彼を追いかけて駐車場へと向かった。

 ◇

 外に出ると空から暑く眩い光が降り注いできた。
 心地の良い陽気だ。
 すぐ目の前に彼の車が止まっている。

「おはよう、喜友名くん!」

 私はトテテと小走りで駆け寄り、車から降りてきたばかりの喜友名くんに声を掛けた。
 私を見つけた彼が柔らかく微笑む。

「先輩、おはようございます。ロビーに居てくれたら迎えに行ったのに。……あ、もしかして待たせちゃいました?」
「ううん、ぜんぜん待ってないよ。大丈夫ー」

 本当はロビーで三十分ほど前から待っていた。
 けれども約束の時間より早くから彼を待っていたのは私の勝手なのだから、そんなことは伝えない。

「そっか。なら良かったです。それで先輩、今日の行き先なんですけど、まだ決めてませんでしたよね。俺、昨日帰ってからいくつか候補を考えてきました」
「そうなんだ。ありがとう」
「どういたしまして。それで候補はですね――」

 喜友名くんが石垣島の有名な景勝地である川平湾や、島北端にある灯台までのドライブなんかを提案してくれる。
 彼と一緒ならどこも楽しそうだ。

「他にはそうですね。鍾乳洞観光とかもできますよ。あ、それにこの辺りなら、やいま村なんかもあるな」
「やいま村? それはどこかの集落だったりするの?」
「いえ、そういう名前のテーマパークです。たしか正式名称は『石垣島やいま村』だったかな? 園内にリスザルと触れ合えるスポットがあったり、マングローブの森とかがあって、観光客のひとには中々評判良いみたいですよ」
「へぇ、楽しそうなところだね」
「でしょう? まぁ実は俺も中に入ったことはないんですけどね」
「そうなんだ? ふふふ。でもそういうことってあるよねぇ」

 地元で有名な観光スポットに、当の地元民が訪れたことがないなんてよくある話だ。
 かくいう私だって、スカイツリーにのぼったことはないし、浅草の雷門だって見たことがない。
 まぁ東京タワーなら、子供の頃に社会科見学で行ったことがあるんだけどね。

「うん。じゃあ、そのやいま村にしようよ。だって喜友名くんも行ったことないんでしょ? それなら案内してもらうだけじゃなくて、ふたりで一緒に楽しめると思うし!」

 喜友名くんが私を見て微笑む。

「ええ、わかりました。俺も楽しみです。それじゃあ乗って下さい」

 車のドアを開けてくれた彼にエスコートされるまま、私は助手席へと乗り込んだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 市街地のホテルから進むこと数十分。
 窓の外の遠くに綺麗な湾が見えてきた。
 夏の石垣島の強い日差しを反射して、揺らめく水面がキラキラと輝いている。

「……ふわぁ、綺麗……」
「あれは『名蔵湾』ですね。石垣島で一番大きな湾なんですよ。やいま村もあの辺りですね。湾にあるマングローブの森での散策路なんかもありますから、後で一緒に行ってみましょうか」
「マングローブの森かぁ。うん、いいね! 行ってみたい。……ところで、マングローブってどんな樹だっけ?」

 尋ねると運転中の喜友名くんが前を向いたまま答えてくれる。
 私はその横顔を眺める。

「マングローブは特定の樹の名前じゃないですよ。海水が入り混じった河口の辺りに生える亜熱帯植物の総称です」
「あ、そうだったんだ?」
「根っこが特徴的で面白い形をした樹が多いですよ。……そうだな、例えばタコの足を想像してみて下さい」

 タコの足か。
 言われた通りに、何本もの足がくねくねしている姿を思い浮かべてみる。

「想像しました? そのタコの足が根っこで、根っこごと河口の水に浸かりながら幹本体を支えている。そんな樹がいくつも群生しているのがマングローブの森なんです」
「あ、私それ知ってるかも。テレビで観たことあるよ」

 でも映像や写真なんかでは知っていても、実物をこの目で見たことはない。
 そんなある意味で珍妙な樹を間近に眺め、森と河の湿った空気を肌で感じながら散策するのはどんな気分なのだろうか。
 きっと新鮮な感覚に違いない。
 私はまたひとつ楽しみが増えたことに胸を躍らせた。

 ◇

「先輩、着きましたよ」

 やいま村のエントランスは、名蔵湾を一望できる見晴らしの良い丘にあった。

「俺、車止めてくるんで先に降りてて下さい」
「はぁい」

 助手席から車外に出ると、湾の方角から磯の香りを孕んだ風が吹き付けてきた。
 それがなんとも心地よい。

「んんー、いい風」

 胸いっぱいに空気を吸い込み、靡く髪を手のひらで押さえて、全身で風を感じる。
 そうしていると駐車場から喜友名くんが戻ってきた。

「お待たせしました。それじゃあ行きましょうか」
「うん!」

 一歩前を歩く彼について施設に入る。
 たくさんの商品が並べられた土産物スペースを通り抜けた奥にある券売機で、チケットを購入する。

「はい入場チケット、これ先輩の分です」
「ありがと。えっと、いくらかな?」

 お財布を取り出そうとバッグを開けると、喜友名くんが私を制してきた。

「待って先輩。えっと、今日は俺の奢りにさせて下さい」
「はぇ? どうして? そんなの悪いし自分の分くらい自分で出すけど……」

 いやむしろ私は案内してもらってるのだから、彼の分の費用も持つべきかもしれない。
 そう伝えようとすると――

「い、いや、だって今日は先輩と俺の初めてのデートな訳だし、それなら俺が出すのが筋かなって」
「――ふぇ⁉︎」

 いま喜友名くん、なんて言った⁉︎
 デート⁉︎
 デートって言った!
 聞き違いじゃないよね?
 突然の言葉に、私はびっくりして固まってしまう。

「こんな考え方、古臭いですかね? 宵町先輩は先輩で俺は年下の後輩だけど、でも俺にもやっぱり、少しは先輩にかっこつけたいって気持ちもあって……」

 ポカンと口を開けたまま、頭の中でさっきの言葉を反芻する。

「って、先輩? どうしたんですか?」

 デート……デート……。
 喜友名くんと、デート……。

「先輩? せんぱーい」

 彼が私の目の前で手を振っている。

「……んん? 反応がない。ホントにどうしたんですか?」

 急に固まってしまった私を心配したのか、彼が顔と顔を近づけてきた。
 覗きこんでくる。
 距離が近い。
 吐息が掛かりそうなほど、すごく近い。

「――ッ⁉︎」

 私はハッとなってその場を飛び退いた。

「あ、動いた」

 喜友名くんがホッと安堵の息を吐いてから背筋を伸ばす。
 私は上背のある彼の顔をまともに見上げることが出来ず、俯きながら斜め後ろを向いてもじもじした。
 きっと顔は真っ赤になっている。
 耳まで赤くなっていたらどうしよう。

「どうしたんですか、先輩。いきなり固まっちゃうから驚きましたよ」
「ご、ごめんなさい。って、そそ、それよりっ!」

 つい大声を張り上げてしまった。
 喜友名くんが私を眺めてキョトンとしている。

「そ、それより喜友名くん! い、いま、デデデ、デートって……!」
「え、あ、はい。デートがどうしましたか? いま俺たちデートしてますよね?」
「くぅぅ……」

 反射的に否定しようとするも踏みとどまった。
 いや客観的に見たら確かにこれはデート以外の何物でもない。
 とはいえ私はただ、親切な彼に観光案内をしてもらっているつもりだったのだ。
 それが実はデートだったなんて!

「先輩? せんぱぁーい。さっきから様子がおかしいですよ? 気分が悪いなら少し休んで――」
「だ、大丈夫だから!」

 また大きな声を出してしまった。
 でも俯いてしまって顔を上げられない。
 だっていまの私、恥ずかし過ぎて絶対おかしな表情をしている。
 そんな顔、彼に見せられない。
 俯いたままクルリとその場で反転して、背を向ける。

「ほ、ほんとに大丈夫だから! それより、さっきからちょっと暑いね? ……はぁ、あっつい……」
「え? そうですか? 外は暑いけどここは結構冷房が効いてて涼しいと思いますけど」
「くぅ……! そうかもしれないけど……!」

 なんと言えば良いのか分からなくなった私は、誤魔化すみたいに歩き出した。

「ほ、ほら。もう行こう!」
「あ、待って下さい。一緒に行きましょう」

 喜友名くんが早足で追いかけてくる。
 そうして私は照れ隠しで彼に背を向けたまま、やいま村の入場ゲートへと向かった。
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