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第24話 眠れない身体

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 ────まったく。ちょっと無理し過ぎなんじゃないの、君ってやつは……?


 誰かの声が聞こえる。

 聞き覚えもなく、まったく馴染みもないが……なぜなのだろう、どこか懐かしい声色であるような気がする。


 ────簡単に、くたばってもらったら困るよ?これでも、君に託したんだからさ。


 届かせようとして届かなくて……いつの間にか、それは永久に等しい刻の中に忘れて……思い出すことすら出来なくなる。

 それが、宿命だと……そう聞かされた時には、受け入れることを覚悟していた。


 ────もう少しだけ、時間が欲しい。だから、それまでの間……あの子のこと、よろしく頼むよ。


 なんだか、とても近くに……とても遠いようで懐かしい、誰かの気配を感じる。

 かつて置き去りにしてきた記憶と情景を手繰り寄せるように……暗闇の中、目の前に在る温もりを持つ存在へ、ゆっくりと手を伸ばした。求めるモノが何かも分からず、ただ己の中にある本能だけで、その感触を確かめるように触れたモノは……。

「────ひゃっ……!しっ、死神さん……!?」

 動揺するような甲高い声を耳にして、薄らと目を開く。そこには……俺の手で成すがままに頬を撫でられながらも、抵抗することもなく、顔を紅潮させて縮こまる少女の姿があった。

 サラサラで触り心地の良い髪が手の甲を撫で、色白く柔らかい頬は指先に吸い付くかのような感触……速く乱れた息遣いは直に手に当たり、相当緊張しているのがよく分かる。
 
「……リューリ?」
「……は、ぅっ……あ、あのっ……これは、いつまで……」
「あ、あぁ、すまない……それより、どうしてここに……?マシャルはどうした……?」
「えっと、それは……」

 すると、ベッド横の椅子に腰掛けているリューリは、少しだけ困ったような表情を浮かべてから、肩越しに自分の後ろへと目をやる。その視線の先にあるソファの背後には、その高い耳だけ出して身を隠しているヨシコの姿があった。

「……どうした?」
「うぅっ、見ないでくださいませ……あの護士の下劣女に不覚にも顔面を殴られて腫れてしまったんですわぁ……こんな無様な姿、我が愛しの主様には見せられません……コゥンっ」
「そんな隠すほどの腫れじゃなかったと思いますよ、ヨシコさん……?」
「従者が無様な姿を晒しては主様の威厳に泥を塗るも同然!ひとえに私の力不足が招いた失態のせいで、我が愛しの主様を落胆させるなど言語道断ですわッ!うぅぅ、主様……こんなにも不甲斐ないわたくしを、どうかお許しください……」
「私としては、そのお返しで、身体が吹き飛ぶくらい思いっ切り顔面を蹴っ飛ばされていたマシャルさんの方が心配ですけれど……」
(ソレ、絶対に死ぬヤツじゃね?)
 
 二人の話によると、俺の事情を知ったリューリがギルドに向かおうとしたところで、当然ながらマシャルと一悶着があったという。街道であるにも関わらず、ヨシコとマシャルが本気の大喧嘩をしてしまい、相当の騒ぎになったらしい。その騒ぎに乗じて逃げ出し、マシャルは置き去りにしてきたというが……むしろ、病院送りにされたのかと、一抹の不安が残る。
 
「それはともかく……死神さん、一体何があったんですか?」
「そうですわっ!突然目の前で倒られた時は心臓が止まるかと思いましたものっ!どうか詳しい説明を願います!」

 二人がそう言って、ベッドに座る俺に詰め寄ってくる。鬼気迫った表情を見せる彼女たちに思わず気圧されてしまい、取り敢えず二人を宥めていると……。

「おやおや~。どうやら、いい加減に限界が近づいているようでございますね~、ご主人様?ンン~」
「……」

 バタンッと殴り込みに来た暴力集団ばりの勢いで寝室の扉を開き、メイド服のハタが陽気なステップを踏みながら入場してきた。

 何故だろう……あの楽しい雰囲気、無性にイラつくのだが……。

「ハタさん……?どういう、ことですか……?」
「『神』の名を持つ者は、世界から嫌われる傾向にあるのでございますよ、リューリ様。まぁ、いうなれば……無理をし過ぎた、ってヤツでございます。彼が、これ以上無茶が重ねれば……まぁ、最悪の場合────一生目覚めなくなるかも知れませんね」
「「!?」」

 人間とは、朝から夜にかけて活動し、夜から朝にかけて睡眠を取る。そうした中で『死神』という姿は、人が寝静まった夜時間に覚醒し、その真価を発揮する。

 つまり、『死神』の役職を持つ人間は、その性質上、一日の間に十分な睡眠時間を確保することは無い。その間に、死神の絶大な力を乱用し続ければ、身体の消耗ばかりが進み……いずれは意識が限界を迎え、最終的には、永遠に近い眠りに落ちていってしまうのだ。

「……『眠れない身体』……」
「……ハタ様。まだ、重要なことを話していませんわ。主様の限界が近付いているとするならば……それは、具体的にどれくらいになるのですの……?」

 深く思考を巡らせている様子で難しい顔を浮かべるヨシコが、ハタに問い掛けると、彼女は相変わらず軽い口調で平然とこう答えた。

「ん~~、体感的に言えば~……あと一回、ってところだな」
「あと、一回……?」
「そうだ。恐らく、あと一回だけ大きな力を使ってしまえば、それで限界だ。その後は独りでに眠りに陥るだろうが……そうなった場合、次に目覚めるのはいつになるか分からない。十年先か?百年先か?もしくは……永遠に眠ったままかもな?まぁ、決定打になったのは恐らく昨日の……」
「もう良いだろう、ハタ。余計なことを喋ったところで、どうにかなるわけじゃない」
「余計なことって……なにもそんな言い方をしなくても……!」

 ハタの言葉を遮った俺の言葉を更に遮り、何が気に食わなかったのか、リューリは少し怒った様子でこちらを睨み付けてきた。

 対して俺も、此度の軽率な行動を戒めるように彼女を睨み返し、叱責の言葉を投げ掛ける。

「そもそも、お前は何故ここに来た?今が大切な時期だということは、お前もよく分かっているだろう?」
「そ、それは、分かっています……だけど、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて、何だというんだ?折角掴み取った機会を、わざわざドブに捨てるつもりか?」

 彼女の長い忍耐と血の滲むような努力で戦い続けてきた『皇選』……それを、俺個人の問題に首を突っ込んで無駄にしてもらいたくない。心の中でそんなことを考えながら、何としてでも彼女をこの場から突き放そうと言葉を尽くしていた……その時だ。

 次に彼女が、目を大きく見開いて言い放った小さな一言が……俺のその場しのぎの安直な言葉を黙らせた。

「────なんで、庇ってくれるんですか……?」
「……!」
「おかしいじゃないですか……最初、私はあなたのことを殺そうとしたんですよ……?それなのに……あなたは、マリアの時も、爆弾魔の時も、そして今この時も……私のことを、庇ってくれている……」
(……マズイ)
「ずっと、疑問だったんです……本当なら、あなたは憎むべき人である筈なのに……私は、そんな気になれないどころか……必要以上に、あなたのことを知っている気がする……」
(……嘘だろ……?まさか、“バレた”……!?)
「答えて下さい、死神さん。あなたって、もしかして……」

 リューリが、何らかの確信を持った様子で、俺の顔を睨み付けた……その時だった。

「────ッッ大ッッ変ッッスゥゥゥゥッ!!」
「きゃぁっ!?」

 地平線の向こう側にまで響き渡りそうな大声と共に、窓が粉砕し、大柄な護士の男……エルトンが寝室に突入してきたのだ。

「死神ィィッ!ここで会ったが百年目ッス!!ちょっと話をゴブッ!?ブベヘッ!?ギャフゥゥッ!!?」

 不法侵入も同然な突然の来訪に、屋敷の住人たちが即座に対処に移る。

 俺は手元の本を投げつけ、ヨシコは魔術で伸ばした尻尾で顔面を殴り付け、ハタはその腹に跳び蹴りを喰らわせた。

「窓から入ってくるな」
「主様の寝床に土足で踏み入るなど、万死に値しますわ」
「窓の修理代、護士の本部に請求しとくな~」
「ちょっとッ!!出会い頭に暴行とか普通に酷くないッスか!?折角危機を知らせに来てあげたのに……何で来てるッスか俺ェェェェッ!?」

 知るか!

 心の中でそう叫びながらも、ふと、以前にこの屋敷で彼が陥っていた状況を思い出し、恐る恐るハタの方へと視線を向ける。

「……ハタ、お前まさか……」
「心配すんな、洗脳済みだ」

 そう言いながら例の飴を咥え、ニヤリと嗤っていた。

 あまりにも恐ろしいので詳細は省くが、要は、何らかの危機が迫った時に術者の元に報告するように、と洗脳されていたのだろう。

「ってあァァァッ!?リューリさんが本当に居たッスッ!!と、ということは……こりゃ、マジでヤバいッスよ……!?」
「あ、あの……?」
「あんたら用心するッス!!今、この屋敷の正面側を────護士たちが取り囲んでいるッスゥゥゥゥッ!!」

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