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第23話 答え持たぬ人形

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 その日、あの居眠り常習犯の長光圭志が、珍しくも早理教室改めイェレ教室に顔を出さなかった。

 最近は居眠りをする頻度が増えてきて、体調面に不安を感じてきた頃合いではあったのだが……いよいよ、本格的に身体を壊してしまったのだろうか。だとしたら、友達としてお見舞いに行ってあげたい気持ちもあったが……そもそも、これまで彼の住まいを聞いたことがなかったので、訪ねることも出来ないのがもどかしい。

「ねぇ。あなたは何故、子皇になりたいの?」
「え?」

 いつもの帰宅路で、後ろを付いて歩く護衛のマシャル=ドゥデンヘッダーが不意にそう尋ねてきた。

「シオドーラ=マキオンの意志を継ぎたいからだと、あなたはそう話していたわね。別に、それは構わないわ。だけど……そこには、あなたの意志があると言えるのかしら?」
「私の、意志ですか……?」
「私からすれば、あなたはシオドーラの意のままに動く操り人形にしか見えない。だからこそ、知ってみたくなったの。あなたの中から彼女が消えた時……果たして、あなたに何が残るのかを」

 意地悪な人だ。

 今や思い出すのも怖かったシオとの一件を、こんなにも平然と、私の心情を探る材料として引き合いに出してくるだなんて……冷酷にも程がある。

 まるで心臓を鷲掴みにされたような、恐怖にも似た衝撃を受け、思わず声を上げようとした、その時だ。

 遠くの方から、聞き覚えのある叫び声が微かに聞こえてきた。

「今の声……!」

 瞬間、マシャルに確認を取るまでもなく、声の聞こえてきた大通りへと走り出す。いつもと時間は異なるが、確かあの辺りには……毎日のように小物配布をしている澤真澄が居た筈だ。

 現場に駆けつけると、地べたに尻もちをついて震える彼を、数人の柄の悪い男たちが武器を手にして取り囲んでいるのが見えた。

 私とマシャルは、男たちの間に割って入り、澤を庇うようにして立ち塞がる。

「リュ、リューリさん……!?」
「こんな堂々と暴力行為を働くということは……こいつら全員、『悪性持ち』かしら?」
「辞めてください。無闇に暴力を振るって、なんの意味があるというんですか」

 しかし、彼らは一言も答えない。

 代わりに口角を上げて不気味にニヤついてみせると、なんの脈絡もなく、武器を振り上げて襲い掛かってきた。

「ひぃっ!?」
「……ふーっ」

 背後で澤の悲鳴が響く最中、私は神経を落ち着かせて、正面から迫ってくる男を見据える。

 あの時、死神から教えられたイメージ通りに……気力を自分の手に集中させて……突き出した手のひらから、一気に押し出す!

 直後、目の前にまで迫っていた男が、その衝撃で後方へ大きく吹き飛んだ。

「おぉ……っ!?」
「武術による気力の放出……意外に、戦う術は持っているのね」

 出来なかったらその時点で大怪我は免れなかっただろうが……自主練しておいて良かったぁ……。

 心の中で密かに安堵しつつ、周囲の男たちを警戒しながら、背後に立つマシャルへと先程の答えを投げ掛ける。 

「まだ……私は、答えを持っていません。何故皇選を戦うのか、何故子皇になりたいのか……ハッキリと答えることは、出来ません」
「……」
「ですが、必ず見つけます。私が、戦う意味を。私が、子皇になる意味を。その為にも……例え、大切な親友に忘れ去られようとも……私は、道半ばで呆然と立ち止まっている訳にはいかないんです……!」

 そんな私の答えに対してマシャルは、少しの沈黙を見せた後に私の隣に並び、短くハッキリとこう言い放った。

「中途半端」

 直後、地面を蹴って低空姿勢で駆け出し、あっという間に集団のど真ん中に割り込むと……その腕に、蛇がとぐろを巻いたような円形の『盾』らしきモノを顕現。

 マシャルは、それを防御としてではなく、目にも止まらない打撃技として繰り出していた。

 更に、装着した盾が淡い光を発し始めると……花開くようにとぐろが解け、まるで鞭のようにうねりを打ち、そのとてつもない威力で相対する男たちを次々と殴り飛ばしていく。

「うぉぉ……ッ!?」
「す、ご……っ」
「あなたが今、がむしゃらに進んでいるのは、茨の道よ。何の目的も無く進めば、鋭い棘に犯されてやがては死に絶えるわ。茨の道を進むには、傷つくのを覚悟してでもそれを素手でもぎ取りながら行くしかない」
「……何が、言いたいんですか……?」
「理想に辿り着くには、痛みや犠牲は付き物。あなたみたいに、何も切り捨てられず、未練を背負ってばかりだと……待っているのは、破滅だけよ」
「……っ!」

 そう言ってこちらを睨み付けてくるマシャルの瞳の奥には、猛烈な怒りのような感情が見て取れた。まるで世界を焼き尽くさんとばかりの激情を目の当たりにした私は、思わず気圧されそうになり、喉の奥で微かに悲鳴を漏らす。

 今にも逃げ出したくなりそうな気持ちを押し殺し、彼女の強烈な視線に相対していると……。

「リューリ様」
「あ……ヨシコさん……?」

 大通りの向こう側から、私に呼び掛けてきたヨシコ=ライトセットが、無表情でこちらに歩いてくる。

 全員の視線がヨシコへと向けられる中、彼女は私の目の前に立ち、耳元に顔を近付けてから……誰にも悟られないような声で、こう囁いてきたのだ。

「────主様が、屋敷にて倒れられましたわ」
「え……ッ!?」

 瞬間……走馬灯のように、私の脳裏に昨日の光景が蘇ってくる。

 あの時と、まったく同じ感覚だ。恐怖、絶望と、負の感情が胸の中を渦巻き、心の中で、痛いくらいにずっと叫んでいる。


 ────イヤだ、と。


 どうしてシオの時と同じ感情を、死神にも感じるのかは……よく、分からない。ただ、今にも身体が弾け飛びそうで……とにかく、ジッとしていられなかった。

 だが、ここにはまだマシャルの視線がある。彼女が居る限りは、無闇に死神に接触するわけにはいかない……だが……いいや……それでも……。

 激しく揺れ動いていた心情の中で、私は……。
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