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第11話 三人の候補者

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 今でも、よく覚えている……時に厳しく、時に優しく、私に沢山の言葉を投げ掛けてくれた早理教授。

 シオが居なくなり、『皇選』に立候補し、次第に孤立していった私のことを、まるで母親のように、いつもいつも気に掛けてくれていた人だ。

 そんな教授が……学生たちを庇って意識不明の重体、と聞いた瞬間、私は居てもたってもいられなくなって国立病院へと走り出していた。

 身体の痛みも忘れ、息苦しさも無視して、一秒でも早く教授の元へ……そうやって、病院に辿り着いた私は、直ぐに受付の人間に早理教授の所在を聞き、彼女の病室へと飛び込むのだった。

「────早理教授ッ!!」

 特別個室の広い空間の一角には、ベッドの上で点滴に繋がれて横たわり、浅い呼吸を繰り返す早理教授の弱々しい姿があった。

 遠目からすれば、まるで死んでしまったかのような状態に見えた為、思わず悲鳴が漏れ出そうになるが……それを言葉で制止したのは、傍の椅子に腰掛ける獣人の女性だった。

「────しッ。静かに。今は、眠っているだけですわ」

 女性の姿を見た瞬間、今一度、衝撃が全身を駆け巡る。

 スラリと長く美しい手足に、それと調律するかのような理想的な高身長、胸元には巨の字がつく程の膨らみ。透明感すらある白色の長髪に、縦に伸びた長い獣耳、臀部からは一本のふさふさな尻尾が生えている。

 ただ、その人物はただの獣人ではない。

 大庭園に属する者ならば誰でも知っている有名人であり、かの世界最高峰の熟練度を誇る、『ザ・ワン』の一人と言われる人物だったのだ。

「あなたは……『ヨシコ=ライトセット』さん……!?ど、どうして……?」
「あの時、わたくしは隣の教室で講義を受けていましたの。爆発の直後、直ぐに早理教室へ直行して、大怪我を負った教授を魔術で応急処置した後、直ぐにここまで連れてきましたわ」

 爆発事件発生は昨日のことだ。つまり彼女は、昨日から今日までずっと、早理教授に付き添っていてくれたということなのだろうか。

 これまであまり言葉を交わしたことも無かったし、周囲の人間に対する素っ気ない態度から、気難しい性格をしているのかと思っていたが……案外、面倒見がいい人物なのかも知れない。

「……ありがとうございます。それで……一体誰が、こんなことを……?」
「詳しくは何とも。現場には爆弾魔の死体は残っていなかったようですし、恐らく爆発の後に逃亡したと思われますわ」
「つまり、まだ生きている……?犯人の姿は見なかったんですか?」
「……それは……」

 ヨシコは、少しだけ言い淀むかのように、一瞬だけ言葉を切らして視線を逸らす。そこへ、彼女の言葉を遮るように病室の扉が勢いよく開き、一人の少年が中に飛び込んできた。

「────早理教授っ!」
「長光くん……!?」
「あなた方……ここは病室ですわ。あまりに煩くするようなら、即刻出ていって貰いますわよ?」
「あ、す、すみません……」

 ヨシコが呆れた様子で首を横に振りながら警告を投げ掛けると、その少年、長光圭志は罰が悪そうに縮こまってしまう。彼の様子を見る限り、どうやら早理教授の容態のことはつい先程まで知らなかった、という感じだが……。

「長光くんは無事だったんだね、良かった……」
「う、うん、実は昨日、何だか無性に体調が悪くて欠席していたから。それに、二日前にリューリさんと別れた後の記憶が曖昧で……何かあったんだっけなぁ……?」
「それは……もしかしたら、あまり思い出さなくていいかも知れない、ね……うん」
「……?」
「そ、それはそうと、ヨシコ=ライトセットさん。さっきの話なんですけれど……」
「────失礼する」

 また、私の言葉を遮って……長光くんとは別の男性が中に入ってきた。彼の姿を目の当たりにした私たちは、全員揃って目を丸くして固唾を飲む。

 今、この小さな病室の中で……信じられないことが起こっているからだ。

「え……!?あなた、は……!」
「早理優羽教授。貴女の勇敢なる行動が、早理教室の生徒たちを救った。次期子皇となる者として、貴女のことは誇りに思う」

 早理教授の脇に立ち、小さく会釈をしながら丁重な言葉を並べる男性。

 輝かしいまでの金髪に、細身のように見えて筋肉質な身体。背丈はヨシコには及ばない位だが、ピンと背筋が真っ直ぐに伸びた美しい姿勢から、彼女と同等、下手をすればそれよりも遥かに大きく見えてしまう。

 まるで、自身こそが上に立つ者である、という絶対的な品格さを滲み出す様は、この場に居る誰よりも『皇』の名に相応しいと言えるだろう。

 私たちが何となく声の掛け辛い彼の後ろ姿を眺めていると、呆れた様子でため息を吐いたヨシコが口火を切る。

「────『グウェナエル=ジード』。難儀なことですわね。まさかこんな所に……『皇選』の候補者が揃い踏みだなんて」
「ヨシコ=ライトセットに、リューリもいるのか。そっちの眠たそうな顔をした、ひ弱そうな男は何者だ?」
「ふぁ……えっ、俺……?」

 長光くんがビクッと肩を震わせて怯えるような声を上げるのを見て、私は咄嗟に彼を庇ってグウェナエルの前に進み出る。

「グウェナエルさん、彼の名前は長光圭志。私のクラスメイトです」
「つまり、同じ早理教室の学生、ということか……ふん、お気楽なものだ。肝心な時に欠席をして難を逃れた身でありながらな」
「……!なにが、言いたいんですか……?」
「分からんか?早理優羽教授が結果的に大怪我を負ったのは────リューリ、貴様のせいだと言っているのだ」
「な……っ!?」

 唐突に投げ掛けられた非難の言葉に、私は思わず顔を強張らせて声を漏らす。

 すると、そこでゆっくりと椅子から立ち上がったヨシコが、臆することもなく私とグウェナエルの間に割って入り、鋭い目付きと低い声でこう命令してきた。

「そこまでですわ、お二人とも。これ以上事を荒立てるようならば、表へ出なさい。長光さん、ここで少し教授を見ていて頂いてもよろしくて?」
「え、は、はぁ……それは、構いませんけど……リュ、リューリさん……?」

 長光くんは私へと心配そうな視線を向けてくる。

 私は、とてつもなく嫌な予感と重苦しい不安を押し殺しながら……私なら大丈夫、と小さく笑みを見せてから、ヨシコとグウェナエルと共に病室を後にするのだった。
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