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1.舞加の日常
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私は事務系のOLである。
名は久賀舞加。
今日も仕事で疲れた体で帰路についている。
金曜日で、仕事帰りにどこか寄ろうとしている人が多い中、
私は寄り道もせず家に帰る気だ。
先輩が今日のことで元気づけようと飲みに誘ってくれたが、
そんな気分には慣れずに、断ったのだ。
ダメだなぁ……
自分のイヤな部分が見えて凹んでしまう。
私は営業事務をしている。
今日も営業さんから頼まれていた書類作成に勤しんでいた。
午前は何事もなかったのだが、
午後になって、営業さんの1人が私に尋ねてきた。
「久賀さん、頼んでおいた書類は?」
「えっと少々お待ちください……はい、明日の午前には出来あがります」
明日の午後までにと頼まれていたもので、
修正と最終チェックが残っていて、この後取り掛かろうと思っていたのだ。
だが、そう答えた私に営業さんは怪訝な顔をした。
「え?明日の午前?俺、今日の午後までって頼んだよね?」
そう言われて血の気が引いた。
「え!?し、少々お待ちください……」
慌てて申請用紙の日付を確認しようとしたが、
それよりも先に営業さんが怒鳴ってきた。
「今日中に貰えないと困るんだけど!」
「えっと……」
怒鳴られたことで、委縮してしまって言葉が出ない。
そんな私にさらに営業さんが大きな声で言う。
「マジかよ?ちゃんとしてくれよ!?
あと1時間で欲しいんだけど、できないのか!?」
あと1時間。
仕事の早い戸波先輩ならできるかもしれないが、
仕事の遅い私では間に合いそうにない……
「あ、あの、私だと無理です……」
なので、他の方に頼めるか聞くので待ってほしいと言おうとしたら、
営業さんは侮蔑の目を私に向けた。
「ミスして仕事も早くできないとか……最悪だな」
その言葉に私は固まってしまった。
あ、まただ。
私を苛むあの声が聞こえる。
『どうして結加と同じにできないの!?』
この時、固まってしまった私を助けてくれたのは、
新人の時、私の教育係をしてくれた戸波先輩だった。
所用で席を外していたけど、営業さんが私に話しかけたちょっと後に
帰ってきたようだ。
「ちょっと失礼……なるほど。
この申請用紙には、期日は明日の午後になっていますが?」
「え!?」
戸波先輩が書類をあさり、申請用紙を確認して言うと、
営業さんが慌てだした。
それを横目に戸波先輩が私に尋ねる。
「久賀さん、これはまだ手を付けてないの?」
「い……いえ、大体はできています。あとは少し修正とチェックが残っています」
「そう。この量だと久賀さんには厳しいか……わかりました。
後は私が引き受けます」
私ににっこり微笑んでくれた。
その後、営業さんに向き合った戸波先輩からは冷気が漂っていた。
「そういうことで、あと1時間でお届けしますわ。
それにしても、申請用紙はちゃんと書いてくださいね?
間違って書かれるとこちらも困りますし、ねぇ?」
戸波先輩の迫力に、営業さんは小さくなって「すみませんでした」と謝って帰っていった。
「一体何様なのよ、あいつ!!」
営業さんが部屋から出ていった途端、戸波先輩が悪態をついた。
「最近うちの支店に来た奴らしいけど、早とちりで久賀さんを責めるだなんて、
お前の方こそ最悪だっての。……久賀さん、気にしちゃだめよ?」
「……はい、ありがとうございます」
戸波先輩は私の頭をなでなでしながら労わってくれて、
私の仕事を肩代わりしてくれた。
本当に優しくて仕事もできる頼れる先輩だ。
それに比べて私は……
落ち込んだ気分のまま、自宅前に辿り着いた。
カバンから鍵を出して開錠し、扉を開けた。
「ただいま」
1年前までは1人暮らしだったので、ただいまと言っても返事はなかった。
だけど、今は違う。
「にゃー」
「おかえり」と言っているように、部屋の中にいた黒ネコが鳴いた。
名は久賀舞加。
今日も仕事で疲れた体で帰路についている。
金曜日で、仕事帰りにどこか寄ろうとしている人が多い中、
私は寄り道もせず家に帰る気だ。
先輩が今日のことで元気づけようと飲みに誘ってくれたが、
そんな気分には慣れずに、断ったのだ。
ダメだなぁ……
自分のイヤな部分が見えて凹んでしまう。
私は営業事務をしている。
今日も営業さんから頼まれていた書類作成に勤しんでいた。
午前は何事もなかったのだが、
午後になって、営業さんの1人が私に尋ねてきた。
「久賀さん、頼んでおいた書類は?」
「えっと少々お待ちください……はい、明日の午前には出来あがります」
明日の午後までにと頼まれていたもので、
修正と最終チェックが残っていて、この後取り掛かろうと思っていたのだ。
だが、そう答えた私に営業さんは怪訝な顔をした。
「え?明日の午前?俺、今日の午後までって頼んだよね?」
そう言われて血の気が引いた。
「え!?し、少々お待ちください……」
慌てて申請用紙の日付を確認しようとしたが、
それよりも先に営業さんが怒鳴ってきた。
「今日中に貰えないと困るんだけど!」
「えっと……」
怒鳴られたことで、委縮してしまって言葉が出ない。
そんな私にさらに営業さんが大きな声で言う。
「マジかよ?ちゃんとしてくれよ!?
あと1時間で欲しいんだけど、できないのか!?」
あと1時間。
仕事の早い戸波先輩ならできるかもしれないが、
仕事の遅い私では間に合いそうにない……
「あ、あの、私だと無理です……」
なので、他の方に頼めるか聞くので待ってほしいと言おうとしたら、
営業さんは侮蔑の目を私に向けた。
「ミスして仕事も早くできないとか……最悪だな」
その言葉に私は固まってしまった。
あ、まただ。
私を苛むあの声が聞こえる。
『どうして結加と同じにできないの!?』
この時、固まってしまった私を助けてくれたのは、
新人の時、私の教育係をしてくれた戸波先輩だった。
所用で席を外していたけど、営業さんが私に話しかけたちょっと後に
帰ってきたようだ。
「ちょっと失礼……なるほど。
この申請用紙には、期日は明日の午後になっていますが?」
「え!?」
戸波先輩が書類をあさり、申請用紙を確認して言うと、
営業さんが慌てだした。
それを横目に戸波先輩が私に尋ねる。
「久賀さん、これはまだ手を付けてないの?」
「い……いえ、大体はできています。あとは少し修正とチェックが残っています」
「そう。この量だと久賀さんには厳しいか……わかりました。
後は私が引き受けます」
私ににっこり微笑んでくれた。
その後、営業さんに向き合った戸波先輩からは冷気が漂っていた。
「そういうことで、あと1時間でお届けしますわ。
それにしても、申請用紙はちゃんと書いてくださいね?
間違って書かれるとこちらも困りますし、ねぇ?」
戸波先輩の迫力に、営業さんは小さくなって「すみませんでした」と謝って帰っていった。
「一体何様なのよ、あいつ!!」
営業さんが部屋から出ていった途端、戸波先輩が悪態をついた。
「最近うちの支店に来た奴らしいけど、早とちりで久賀さんを責めるだなんて、
お前の方こそ最悪だっての。……久賀さん、気にしちゃだめよ?」
「……はい、ありがとうございます」
戸波先輩は私の頭をなでなでしながら労わってくれて、
私の仕事を肩代わりしてくれた。
本当に優しくて仕事もできる頼れる先輩だ。
それに比べて私は……
落ち込んだ気分のまま、自宅前に辿り着いた。
カバンから鍵を出して開錠し、扉を開けた。
「ただいま」
1年前までは1人暮らしだったので、ただいまと言っても返事はなかった。
だけど、今は違う。
「にゃー」
「おかえり」と言っているように、部屋の中にいた黒ネコが鳴いた。
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